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読書記録

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毎月末の読書記録のまとめです。
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ヨン・フォッセ『朝と夕』

ヨン・フォッセ『朝と夕』

2023年にノーベル文学賞を受賞したノルウェーの作家で、主に戯曲の分野で有名な方ですが、『朝と夕』は小説の形式です。昨年の受賞で一気に翻訳紹介が進み、2024年に本作含む4作品ほど出たと思います。

作者は1959年生まれ。その功績から同国の文豪イプセンの再来と呼ばれているそうです。「言葉で表せないものに声を与えた」という言葉をノーベル賞委員会が出しています。

ストーリー二部構成。共にフィヨルド

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読書記録(2024年 10月)

読書記録(2024年 10月)

振り返るとエッセイや小説を多く読んだ月になりました。読書の秋というプロパガンダに乗る気はありませんが、いくつか紹介します。

文芸書①ハン・ジョンウォン『旅と散策』

韓国の詩人のエッセイ。繊細で時にチクリと刺すような毒がある面白いエッセイ。時をおいて何度も読みたくなるような味わいがありますし、古今東西の詩が引用されていて、詩文学がよく分からない、詩情をくみ取るのが苦手という方にはその入門として最

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麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』

麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』

主人公は「労働(ホワイトカラー)」といった小説。シニカルな書き方はタワマン文学の著者らしいですが、Z世代や令和という枠を超えると思います。それなりにいい大学を出て東京で働いているサラリーマンという「階層」に刺さるもので、世代的に共感というものではありません。

ストーリー4章構成で、沼田という男だけはどこにも出てきますが、語り手、周りも年代もそれぞれ異なっています。

①平成28年 慶應の意識高い

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トーマス・ベルンハルト『石灰工場』

トーマス・ベルンハルト『石灰工場』

新訳が今年の夏に出ました。とりあえずベルンハルトのファンと言っていいくらいには読んできたので、待ち遠しかったです。

1970年発表。改行や章立てはなく延々と文章が続いていきますから、海外の文学作品に慣れている人以外にはやや難しいと思います。トーマス・マンの『魔の山』やカフカ、ムージルなど20世紀前半のドイツ文学が好きな人、現代ならハントケやウエルベックを多少読んだことがある人になら、刺さるものが

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読書記録(2024年 9月分)

読書記録(2024年 9月分)

もう読みたい本がないというわけではないのですが、少なくとも美術書や学術書は図録と海外の論文サイトを読むことで事足りてしまうと思う自分がいます。

文芸書①ポール・ヴァレリー『メランジェ』

フランスの詩人ヴァレリーが晩年に出したもの。創作というよりは編集の巧みさと面白さが光る点、ゴダールの映画みたいでした。詩・散文・自作の銅版画・アフォリズム・戯曲がばらばらに配置されていますし、50年前の若書きか

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読書記録(2024年 8月分)

読書記録(2024年 8月分)

とてもとても暑くて部屋に籠っていたこともあり、それなりに多く読んでいますが、再読が主なので新たに紹介するといったものは少ないかもしれません。

文芸書①ダヴィド・ディオップ『夜、すべての血は黒い』

 国際ブッカー賞受賞作。ディオップ氏はセネガル出身のフランス語作家。第一次大戦に参加したセネガル兵の狂気を一人称視点で濃密に描き切った、骨太の小説でした。今年訳されたものの中ではかなり評価しています。

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トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』

トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』

 アラン・ドロンが出演したことでも有名なヴィスコンティの映画『山猫』(1963)の原作小説。ドロン追悼記念で再読してみました。この小説自体も、イタリア最高の文学賞であるストレーガ賞を1959年に受賞しており、歴史的評価の高いものです。

 イタリアの書評サイトTuttolibriが行ったアンケートでは近代イタリア文学で1番の小説に選ばれ、2012年に行われた英Guardian紙の10の偉大な歴史小

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読書記録(2024年 7月分)

読書記録(2024年 7月分)

夏に何の情緒も存在しない、痛ましい時間が早く過ぎるよう祈るばかりです。部屋にいても夏バテの模様。

文芸書①B.チャトウィン P.セルー『パタゴニアふたたび』

英米を代表する旅行文学の大家が、アルゼンチン南部に広がるパタゴニアについて書いた文章を交互に配置する、蘊蓄の応酬というべき一冊。知識というものは活かす活かさない関係なく、それだけで面白くて魅力的なものだと思うのと同時に、旅が知識に変換され

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読書記録(2024年6月分)

読書記録(2024年6月分)

気圧の乱高下などひどい有様でしたが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。部屋に籠って本を読むというのは猛暑の回避策として伝統的に支持されてきたはずです(適当)

文芸書①九鬼周造随筆集

『いきの構造』などで知られる日本哲学の巨星ですが、随筆の名手であることは知りませんでした。内容は素朴な街歩きから高踏な舞楽についてまでありますが、あまり力んでいない端正な文章で面白かったです。論文と異なり、論理性の

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バーリンを読んで(リベラルについて)

バーリンを読んで(リベラルについて)

 ミシェル・ウェルベックが書いた『セロトニン』という小説は、それまでの彼が書いてきた過激な性描写や差別一歩手前の風刺は鳴りを潜め、負け続けるリベラル・インテリの様子を悲惨なまでに写し取っています。作風の変化が作家個人の問題に属するのか、それともドナルド・トランプらポピュリスト旋風の吹き荒れた2010年代後半の世相を反映しているかは分かりません。

 私はSNSを2020年代になってから始めたような

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読書記録(2024年5月分)

読書記録(2024年5月分)

大学院から離れられて時間の余裕ができたと思いきや、在学時よりも忙しくなっている自分に驚きました。少し違うジャンルの本を読んだかなという感じです。

文芸書①彬子女王『赤と青のガウン』

エッセイは「作者その人にしか書けない何か」が重要であり、そこが妙味だと思うのですが、その点でこのエッセイは彬子女王にしか書きえない逸品でした。とはいえ皇族ネタが面白いからというだけでなく、美術史を英国で専攻したとい

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読書記録(2024年4月分)

読書記録(2024年4月分)

読書記録を公開して一年経ちました。読みたい本が無くなりつつあるとはいえ、読んでいると自然と気になる本が新たに出てきますから、やはり書物は海のようだなと思います。

文芸書①アイザック・B・シンガー『モスカット一族』

詳しい感想はnoteで記事化していますが、久しぶりに数十人の登場人物が数十年を生きる大河小説を読んだなということで特別な印象を持ちました。ポーランド・ワルシャワのユダヤ人社会を克明に

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アイザック・B・シンガー『モスカット一族』

アイザック・B・シンガー『モスカット一族』

1950年に出版されたI.B.シンガーの長編小説『モスカット一族』(Isaac Bashevis Singer, 《The Family Moskat》大崎ふみ子訳) が今年日本語訳で読めるようになりました。その感想です。

シンガーはポーランド出身のアメリカ人作家で、ルーツであるポーランドのユダヤ系社会をテーマに、生涯イディッシュ語で書きました。1972年ノーベル文学賞受賞。

ストーリー20世

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読書記録(2024年 3月分)

読書記録(2024年 3月分)

諸々が過ぎ去ったため、時間がかなりとれたこともありたくさん読めました。その中でもよかったものを精選してみました。

文芸書①サミュエル・ベケット『モロイ』

第二次大戦後から1950年代がヨーロッパ文学の最後の輝きだと勝手に思っていますが、その時代に書かれた問題作。

なぜこの作品を読むのか、と理解する以前のよく分からないところでの感動がありました。文章を追っているものの、詩でもなくストーリーでも

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