読書記録(2024年 9月分)
もう読みたい本がないというわけではないのですが、少なくとも美術書や学術書は図録と海外の論文サイトを読むことで事足りてしまうと思う自分がいます。
文芸書
①ポール・ヴァレリー『メランジェ』
フランスの詩人ヴァレリーが晩年に出したもの。創作というよりは編集の巧みさと面白さが光る点、ゴダールの映画みたいでした。詩・散文・自作の銅版画・アフォリズム・戯曲がばらばらに配置されていますし、50年前の若書きから老年の作品まであるということで、まさに混淆です。
これほどバラバラでも同一作者のひとつの作品と呼べるのか、という問いかけも含むメタ文学の類ですし、師匠に当たるマラルメの求めた究極の本への彼なりのアンサーだったのかなと思いました。箴言も多くとても面白く読みました。
②横井也有『鶉衣』
18世紀日本の随筆ですが、無類の面白さでハマってしまいました。和漢の古典からの引用、蘊蓄に諧謔、そして洒脱な美文とあって、東アジア文化のいいところがてんこもりです。日本文学で面白いのは随筆だなと改めて思います。
このような態度や感性が文人だとすると、近代にはもはやいないですし、永井荷風や石川淳あたりも最後の文人と呼ぶ人はいますが、彼らは知識人であって文人なんかではないと、也有の伸びやかな書きぶりから分かります。
③田口犬男『聖フランチェスコの鳥』
2008年刊。西洋美術や文化との親和性を感じることもあって、私には興味深く響きました。ユーモラスであり、唸る言葉もあり、示したことが直截的なのも好印象でした。紀行詩が特に良いように思います。
④田口犬男『ハイドンな朝』
2021年刊。上に挙げた作品から12年の歳月が流れています。印象派など西洋美術への関りは変わらずですが、前作に比べてユーモアは鳴りを潜めてやや神秘主義に接近しています。とはいえこの二冊は正直なところ関心が一切ない現代詩においては、久々に読み返して楽しめたので、私が日本文学史の編纂者だったらこの詩人の名を入れたいと思います。
⑤エミリー・ディキンソン『Un Ciel Étrange』
アメリカの詩人エミリー・ディキンソンは詩集という形で出版したことがないため、各々の編者が目利きとして選んで、翻訳したものが並ぶのですが、本書は1884年のボストン滞在期の詩から選んでいます。
フランスの、詩を専門にしているEdition Unesから出ているもので、実に見事なチョイスとフランス語訳だなと感じました。英仏対訳なのでオリジナルも味わえます。
美術書・学術書
①濱口竜介『他なる映画と2』
1は読んでも読まなくてもいいですが、2は映画の短評やブレッソンの映画論についての話など、刺激的です。映画の分析というよりは映画をどう把握するかという指針として、とても価値のある本だと思います。いずれ、いや既に日本を代表する映画監督となっていますから、映画史的にも重要な仕事なのではと感じました。
というわけで、ほとんど読んでいません。海外に長期滞在をしていたからというのもありますが、読みたいと思える本がこの春くらいからほとんど見つかりません。文学はまだまだ面白そうなものがあり、これからも読んでいけると思うのですが、美術に関して言えば日本語で読めるいい本は大方読んだ気になっています。実際何呼んでもあまり書き抜きをするところが見つからないくらいですし、最新の話ならネットに載っているので本を頼ることもありません。
この読書紹介もおそらく今後は文芸が完全に中心となっていくと思います。