#19[本の危機]白旗の少女、AI。未来に遺るモノは……?
桜の季節になりました。沖縄は来月には梅雨入り。早いですね。80年前、17歳の姉に手を引かれて、裸足で泥濘んだ戦禍の道を逃げ延びた、小さな女の子がいます。
調べずに、いきなり読み始めてほしい本
次世代に継ぐ物語。著者・比嘉富子さんによるノンフィクション『白旗の少女』(1989年)。読書感想文や、課題で読んだ人はいますか?
書き手として「いかに書かないか」を考えていました。経験のないことでも、いかに頭に映像を浮かび上がらせるかを。
私が残したいのは、史実とともに家族の在り方。人として生きる覚悟の持ち方と、高くかかげる志。
本は、他人の人生を体験できる貴重な存在
200ページの作品。大人なら30分もあれば大約は掴めるはず。ひとり読みなら小5くらい、読み聞かせなら低学年からでも読めるかもしれない。著者が6歳の時の話だから。
難しくても向き合って、親子で理解したいテーマのひとつ。
都会から、田舎から、本屋が消える時代
まちの教育水準が危うい。手の届く所に「常備本」として、ぜひ持っておきたい本。
短いので、読み流せばなんとなく頭に描ける。見逃したくないのは、人々の営みに垣間見る「知恵」。
昔の本は文章がよく練られている。
選択の余地なく「情報」を一方的に浴びせられる昨今。文章はやはり、紙で読みたい。本は押しつけない。本は語り、奏で、描き、ただそこに在る。
未来に生きる私たちに、
やさしく何を語りかけるのか。
現代は「見ない」ことが難しい。
心で血を流しながら語り、書き上げた著者への敬意。物語の鮮明さや、鬼気迫るシーンが放つ凄み。
自分の心の、どこが反応したのか。
事前情報の有無は、まるで違う感想を残す。
AI全盛の現代に、すべての人に重要なこと
著者のお父さまの言葉。
難しい言葉も、長文も、写真も映像もなくても、6歳の子にも分かる言葉で、娘に対する父。
人の多い所へ行けば敵の弾に当たる。
などどあれこれ言わず、著者の判断に委ねている。
その、子どもへの信頼が、想像力や応用、決めたことへの自信と責任感につながっている。
ひどいお仕置きと「命」を失う危機
農薬や機械、コンビニも冷凍食品もない時代に「種」を食べる愚かさ。子ども1人の浅はかな好奇心で、家族全員が飢える深刻さ。どれだけ恐ろしいことか。
現代の私たちは「食べ物がない」ことを、
どれだけ切実に頭に描けるだろう?
生きる危機感と覚悟を、本は伝えてくれる。
6歳の子は、お米を炊き、汁物を作れる
物語には火を使うシーンが出てくる。
煮炊きはおそらく竈。火の熱さ、痛さ、目に滲みる煙。想像してみてほしい。
今はマッチやライターが身近にない。タバコを吸わず、お仏壇もお線香も遠くなった。暖房もコンロも電気の時代。安全にはなった。
ただ、お洗濯物を畳む、ゴミを捨てるなどは家事ではなく「習慣」だ。ごはんとおみそ汁も同じ。
「自分の始末」をすることの原点ともいえる。
大人でも煮炊きや掃除は億劫。そのための便利な製品にあふれている現代。
生きている限り「食べる」ことからは逃れられない。
その営みに粛々と向き合うだけで、不快な感情は持たない。今日の自分を、シャンとする。
襟を正すような心持ちを、本は伝えてくれる。
ものごとを捉える目を持たせ、より添う存在
子どもはやがて巣立ち、職を手にし、自活する。一人で生きられる勇気と信念を持てるよう、より添う。
親とは、物を与え、溺愛し、自己憐憫に浸り、子どもによって自分の都合を満たすことなく、甘やかすのでも、子どもの機嫌をとるものでもない。
親でないと、叱れない。親だからこそ過ちは厳しく躾ける。現代ではこのお父さまの躾の仕方を、到底良しとはしにくいと考える人も多いと思う。
ただ、そこに生きることの本質がある。
この子を露頭に迷わせたり、人様を傷つけ、奪うことの無いよう自分の責任で育てる覚悟、この子が自分の子を持つようになったら、その子に継がせたいこと。
子どもの幸せを願う親の愛情が、そこにある。
言葉によるやさしさは、実体験から生まれる
目をかけ、手をかけ、言葉をかけてもらったら、今度は誰かに「恩送り」することで、運が開けていく。その感覚を実感し、伝えること。
自分は「運がいい」という無意識の思い込みが、
人を自然に前へと向かせ、人に自信をつけ、自らも成長できるのだと思う。
6歳の子が、自分が殺される、飢える状況にあっても、力弱い者や、道端の生き物に貴重な食べ物を分けながら歩むシーンがいくつもある。
慈しみの心を持ち、施しをする。いま、どれだけの人がそれをできているかな?
現代はもっと冒険し「傷つきに」行くくらいで、ちょうどいいのかもしれない。
心情や事実、心の動き。
書かれていないことを、読む力。
想像する力。考える力。
物事を正しく捉え、解釈する力。
要約し、意見を持ち、発信する力。
想像し、思いやり、調和と慈しむこと。
芯を持ち、胆力で赦し、人に施すこと。
「どうしてそうしたのか?」
物語の単語、文節、一文、登場人物の、すべてに問いかけてみる。書かれていない、話の背景、事実、他の可能性について、興味を持って物語に広がる世界の広さを感じてほしい。
話す、描く、奏でる、書く……。
手段はその人の環境、望むものでいい。
50年近くを経ても残る映像と記憶
瞼に焼きつけておきたい瞬間。忘れたくない光景、離れがたい、命の、心の恩人。その想いを、やさしさを、どう綴ろう?
現代は、言葉の戦争時代。
大衆を煽り、弾薬を投下し、相手の醜聞を広め、歴史に残す。人間のすることは昔も今も、変わらない。堂々巡りに、歴史は繰り返す。
それでも、より善く生きることは諦めない。
より強く。
身命を賭して、守るべきもののために生きる。
何かを成し遂げたのでないなら尚更、
慈しむべきは、己ではないはずだ。
作家の出発点に最適な作品
私はこの本は、あらゆるジャンルの本の要素が詰まった、執筆の軸にできる作品だと思った。
本作は、ドキュメンタリー、自伝、小説、の要素があると思う。
本の構成
物語はまず、沖縄戦の概要から始まる。中表紙には地図とともに、著者の歩んだ経路が記されており、冒頭のあらすじで概況が記されている。前提知識を入れてから読むことができ、本編に入りやすい。
本編:章立てとページ配分
物語は現代のニューヨークから始まり、戦時中の幼かった著者の目線へと移る。
6章仕立て、4節区切りで栞を挟みやすい。
伝わるのだ。たった200ページでも。
押しつけも脅しもないのに、涙を誘う筆致。
やさしく、語るように、伝える方法はちゃんとある。
現代と言っても、もう既に35年も前のこと。登場人物が多いものの、日付や年齢、家族構成が書かれており、誰に何が起きたのか、時系列で事実を把握しやすい点は、ドキュメンタリーの要素が強い。
著者はとある人物と悲願の対面を果たすため渡米。冒頭では、はやる気持ちを抑え、かわいらしいユーモラスな一面が、迫る緊張感をほどよくほぐしてくれる。
そして、時代は終戦の年へ遷り、物語は6歳の女の子の苦難へと誘う。穏やかな暮らしと風景、戦況の悪化。果たして、少女の運命は……。
物語の王道的な流れが、映画のように引き込む。
著者の行動には、どうするとこうなる。だからこうする。という著者なりの理由、判断基準がある。
臨場感のある情景、心の動き、登場人物の一貫した信念が物語に深みを与え、言動の「つじつま」が、物語の正確性を確かなものにしている。
穏やかな沖縄の風景、命と健康
古い家の玄関、土間、板の間。家畜との暮らし、川原で遊ぶ兄弟。田舎でも見かけなくなってきた風景。幼くして亡くした母上との思い出。
実体験を伴う、苛烈な戦争を扱った物語の中に、沖縄の暮らしや風土、無邪気な子どもたちの遊びや、ご近所とのふれあいがさりげなく挿入されており、地の文の表現の豊かさとやわらかさが、語るように話しかけてくれているようで「目を傾け」たくなる。
昭和はもはや古代
いま、博物館には昭和の家屋の展示がある。でも実は、そのような家は世の中にまだまだたくさんある。
タワーマンションや太陽光発電、照明も煮炊きも、自動車までもが電気の時代。若い世代には貴重な、日本の古い暮らしの風景。ぜひ想像してみてほしい。
身近に高齢の方がいらしたら、尋ねてほしい。その知恵は消費や浪費とは違った、豊かさへのヒントになるはず。
戦争ものは残酷な描写が多く、それ自体がトラウマを引き起こすなどど言われて久しい。
苦手な人も多いと思うけど、そこは本。
子ども向けでもあり、本書は比較的「怖くない」と思うので、ぜひこの機会に、思い切って手にとってほしい。
おわりに
電源を切っても使える「知恵」を持つ
人間は身の丈以上には賢くなれないと思う。手の触れられない場所に「財産」を置き、わが身の内には一切合切なんにもない状態は避けたい。
でも万が一、ゼロになっても、書物があれば「知の復興」ができると思う。
戦争が主題であり、事実を元にした物語であることから、感想を述べるのは憚られたが、書物がなければ後世に伝えることすらできない。
著者の比嘉さんが、幼い頃に決死で掲げたこの「白旗」は、現代の私たちには降伏でも、身の安全の保障でもなく「志」を持つと決心することを、伝えてくれたようにも見えた。
苦しい記憶を明かしてくださった比嘉さんに、
心からの感謝と、畏敬の念を込めて。
100年先、今日うまれた子に、
何を遺そう……?
noteのみなさんも、ありがとうございました。
END
それでは、また次の記事でお会いしましょう!
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