これまでに、当方により単著で、あるいは共著にて出版され、インターネット上でも参照可能である、化学に関連した読み物を、ご紹介いたします。
1.「長崎県立長崎北陽台高等学校理数科課題研究化学班」, 化学と教育, 60(3), 113 (2012). 長崎県立長崎北陽台高等学校理数科課題研究化学班における化学分野の課題研究を紹介した内容である。およそ一年間にわたる指導の流れとして、ガイダンス、班編成・テーマ設定、発表会における研究発表などの活動が示されている。また、具体的な研究テーマとしては、「強磁場下における金属樹の析出」と「表面張力と中和反応で迷路を解こう!」の内容が挙げられており、理数科の枠を超えて対外的な研究発表へと進んだ事例として紹介されている。
https://doi.org/10.20665/kakyoshi.60.3_113 2.「表面張力で油滴を動かす条件 ~薬よ届け!! ~」, 化学と生物, 53(7), 483-485 (2015). 本研究は、日本農芸化学会2014年度大会(開催地: 明治大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表された。界面活性剤前駆体(ステアリン酸)を含む油滴を水面に浮かべ、塩基の水溶液を周囲に滴下することにより、ステアリン酸ナトリウムとなった界面活性剤を放出する油滴は、低いpH領域に向かって自ら進むという現象をドラッグデリバリーシステム(DDS)に応用することを目指した興味深い内容であり、「化学と生物」誌編集委員から高い評価を受けた。
https://doi.org/10.1271/kagakutoseibutsu.53.483 3.「探究活動としてのテルミット反応を利用した鉄-アルミニウム合金の製造について」, 日本科学教育学会年会論文集, 40, 419-420 (2016). テルミット反応で鉄-アルミニウム合金が作り出せるという仮説を設定し,生徒が教科書で学ぶ基礎化学的事項を活用しそれを証明していく探究活動である。アルミニウム量を通常の1.7倍にまで増やすと次第に生成物の質量は減少していき,それ以上となると逆に増加した。なお,生成物である鉄にアルミニウムが含まれることは,生成物を塩酸に溶かし,水酸化ナトリウム水溶液を過剰に加え,希塩酸を加えて水酸化アルミニウムが生成することで確認した。これらの結果から,鉄にアルミニウムが置き換わった合金様生成物,および内外にアルミニウムが積層・集合した生成物が生じるものと考察した。
https://doi.org/10.14935/jssep.40.0_419 4.「長崎県立高等学校で指導した生徒による化学課題研究―2008年から2016年までの教育実践-」, 生活大学研究, 3(1), 194-203 (2017). 2008年から2016年まで筆者が長崎県内において勤務した3つの長崎県立高等学校において実践した理数科課題研究指導や、自然科学部(部活動)などで指導した生徒化学課題研究の内容についてまとめた。筆者は、生徒一人ひとりの実態にあわせて研究テーマを設定し、粘り強く指導しながら探究を深め、対外的に目に見える成果を上げることを常に心がけ、生徒の自信と向上心を育む実践に取り組んできた。各校での実践から、生徒たちは研究を通じてさまざまな困難を克服しながら最終的には専門性の高い成果を上げた。
https://doi.org/10.19019/jiyu.3.1_94 5.「探究的な授業実践と金属樹を題材とした課題研究」, 化学と教育, 67(6), 254-257 (2019). 高等学校化学における授業実践の探究的な試みとして、マグネシウムと塩酸の反応で水素を発生させ、水素の物質量をどれだけ正確に求められるかを、ドルトンの分圧の法則を用いて実践した。金属樹を題材とした課題研究では、金属樹が回転運動する現象、次々にちぎれる現象について新規に見いだし、研究指導を通じて一定の成果を上げた。
https://doi.org/10.20665/kakyoshi.67.6_254 6.「『フェーリング液の還元』のこれまでとこれから」, 化学と教育, 67(8), 378-379 (2019). フェーリング液は、一般的な還元糖の検出・定量試薬として古くから使用されている。また、水溶液中に存在する銅(Ⅱ)錯体イオン種の構造を推定した報告も過去にいくつか知られている。しかし、長年にわたって異なる構造のイオン種が推定されており、混乱を招いていた。本稿では、強アルカリ水溶液中に溶解している化学種(フェーリング錯体)の構造を、電位差測定、紫外・可視吸収スペクトル測定、溶解度測定、結晶構造解析などにより、詳細が明らかにした研究を紹介する。
https://doi.org/10.20665/kakyoshi.67.8_378 7.「磁場を金属樹の形状で可視化する探究型学習教材の開発」, 日本科学教育学会研究会研究報告, 34(3), 47-52 (2019). 電気分解中のCuSO₄水溶液において希土類磁石の磁場にさらされた銅樹では、2つの事象が発生した。一つは、陰極の周りに渦を巻きながら析出すること、もう一つは、手による振動を陰極にそっと加えると、電解中に陰極の周りで旋回しながら成長することである。これらの現象が探究的な教材となれば、中等教育の実践において、大きな価値があると考えられる。本報告では、溶液の濃度の違いにより、銅樹の形態が変化することを示した。低い濃度では十分な時間をかけて形状を変化させる必要があるが、高い濃度では水溶液中のイオンに作用するローレンツ力によって、強すぎる流れが発生し、崩れてしまった。
https://doi.org/10.14935/jsser.34.3_47 8.「ナトリウムフェノキシドと二酸化炭素の反応-反応機構をどう扱うべきか-」, 理科福岡, 51, 7-12 (2020). ナトリウムフェノキシドからサリチル酸ナトリウムが生成するコルベ・シュミット反応の反応機構について,フェノキシドイオンのベンゼン環のオルト位の炭素原子Cに二酸化炭素が直接求電子置換反応すると説明する文献は,槌間の報文,ウィキペディアおよびケム・ステーションの記事である。一方,田坂および嶋田による解説では,フェノキシドイオンの酸素原子Oのカルボキシル化が先行するものが示されている。コルベ・シュミット反応機構のDFT(密度汎関数法)計算を最初に行ったと主張するマルコビッチらの論文によると,二酸化炭素分子は弱い求電子剤であり,ベンゼン環内の炭素原子CではなくPh-ONaの酸素原子Oを求電子攻撃することで炭酸フェニルナトリウム塩複合体を生成するとしている。一方,このような炭酸塩様複合体は反応中間体ではない,と主張する小杉らの研究も存在する。サリチル酸の生成という高校の教科書記載の反応ではあるが,反応機構に関して複数の可能性が指摘されている現状を一つのきっかけとして,高校生に対して高校教員が有機反応機構を教えることが本当に望ましいか,この先教えるならどう教えるべきか,慎重に考えるべきではなかろうか。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.31305.35682 9.「分子構造ICT教材開発を志向したナトリウムフェノキシド類結晶構造の文献調査」, 日本科学教育学会研究会研究報告, 34(10), 23-28 (2020). 高等学校化学においてよく取り上げられるナトリウムフェノキシド(NaOPh)の結晶構造データを取得し、その単分子および結晶中三次元構造を調査した。NaOPhのみからなる純結晶はNa₂O₂四角形単位を含む(Na₂O₂)ₙラダー型ポリマー構造を有しており、ユニークな三次元構造を形成している。一方、水和物結晶であるNaOPh・H₂Oでは対イオンであるナトリウムイオンとともに水和されている様子が、さらにNaOPh・3H₂Oでは結晶水によりナトリウムイオン対が解離して水に溶解したかのような状態が、それぞれ確認できる。その他の溶媒和結晶の構造からも、溶媒和に伴う(Na₂O₂)ₙ構造の解離の様子が見られた。これら一連の流れを授業で効果的に展開することで、化学物質の構造や溶解現象を分子間相互作用と結び付けて生徒に理解させることが期待できる。
https://doi.org/10.14935/jsser.34.10_23 10.「酸化チタン(Ⅳ)ナノ粒子光触媒反応で風力利用した撹拌時の反応速度への効果」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 50(95), 81-84 (2020). 酸化チタン(IV)ナノ粒子と、手作りのプロペラで水溶液を攪拌する風力を用いて、光触媒による、有機化合物(メチレンブルー)の酸化反応を行った。その結果、溶液を攪拌する際の風の状態は、「中程度の風」よりも「弱い風」の方が反応を促進するという、予想外の結果が得られた。これまで中程度の力の風でかき混ぜても反応が促進されなかったのは、水溶液をかき混ぜるのに使った手作りのプロペラが、この条件では力を伝えるのに十分な力を持っていないからである、と考えられる。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.17804.94085 11.「高校生による化学研究における最近のテーマ:資源の再利用に注目して」, 日本科学教育学会年会論文集, 44, 259-260 (2020). 全国の高校生によって発表された最近の化学研究テーマは従来の枠組みの区分には収まらない多様なものが増加する傾向にある。高校化学で学ばれることになる新たな項目「化学が果たす役割」に適合しうる先端的なテーマがある一方で、プラスチック(合成高分子)の再利用をテーマとしたものはほとんど見当たらなかった。今後、挑戦し甲斐がある興味深い研究テーマになるかもしれない。
https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_259 12.「水のイオン積にまつわる誤解」, 化学と教育, 68(11), 499 (2020). 高等学校で学ばれているほとんどの化学の教科書において,水のイオン積は次のように示される。 『H₂O ⇄ H⁺ + OH⁻ K = [H⁺][OH⁻]/[H₂O] ここでKは平衡定数を表す。[H₂O]は水の電離で生じる[H⁺]や[OH⁻]に比べてかなり大きく(約55.6 mol/L),ほぼ一定であるとみなせるため,両辺に[H₂O]をかけるとK[H₂O] = [H⁺][OH-]と書くことができる。これを水のイオン積とよび,Kwで表す。[H⁺][OH⁻] = K[H₂O] = 定数 = Kw = 1.0×10⁻^14 (mol/L)²』 しかし熱力学的議論に照らすと上記の式は誤りを含んでおり,『K[H₂O] = Kw,すなわちK ≠ Kw』(←誤り)が正しいと誤解してしまう点で問題である。
https://doi.org/10.20665/kakyoshi.68.11_499 13.「ナトリウムエトキシド結晶構造データの教材としての可能性」, 令和2年度 日本理科教育学会関東支部大会発表論文集, 59, 69 (2020). 高校化学では、物質の性質を深く教えるために、いくつかの結晶構造が重要な役割を果たしている。しかし、有機化合物の結晶構造はあまり例がない。そのため、有機化合物の結晶構造データがあれば、高校化学において、生徒の興味を引くような新しい教材を開発することが期待できる。ナトリウムエトキシド(EtONa)の結晶構造では、ナトリウムイオンが正方平面格子を形成している。加えて、純粋なEtONa結晶のほかに、エタノール分子を溶媒として含むEtONa結晶構造も報告されている。ナトリウムイオン周りの酸素原子は、四面体構造を形成している。この2つの有機化合物の結晶構造は、溶媒分子の有無による、EtONa構造の違いを可視化するための新しい教材として、注目される。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.27871.27048 14.「強磁場下における銅樹析出反応の実験条件:ローレンツ力を可視化する教材としての検討」, 科学教育研究, 44(4), 321-327 (2020). 金属樹は,化学反応におけるローレンツ力を可視化するための有意義な教材となり得るが,そのための適切な実験条件は知られていない。そこで,磁場によって発生するローレンツ力によって金属樹が渦巻き状に析出する様子を効果的に可視化し,実践的な教材として利用するための実験を行った。なお,今回は印加電圧の大きさについて十分な検討がなされていないため,今後の検討課題とした。
https://doi.org/10.14935/jssej.44.321 15.「ヒドロニウムからオキソニウムへと変遷したH₃O⁺の名称」, 化学と教育, 69(6), 266 (2021). ある化合物にいくつもの名称があると混乱を招く。このため,日本化学会は IUPAC(国際純正・応用化学連合)勧告の内容を日本の化学者に伝え,正しい命名法を普及・啓発している。1970 年代に高校教科書は,H₃O⁺をヒドロニウムイオンからオキソニウムイオンとした。最近のIUPAC勧告では,わざわざ『ヒドロニウム hydroniumではない』と記されてもいる。よってヒドロニウムイオンではなくオキソニウムが H₃O⁺の正当な名称であって,我が国では表記が統一され,教育にも大変都合がよい状況となっている。
https://doi.org/10.20665/kakyoshi.69.6_266 16. 「EDTAの化学構造表記に見られる混乱―分子か双性イオンか」, 技術・教育研究論文誌, 28(1), 27-36 (2021). エチレンジアミン四酢酸(EDTA)は,分析化学の分野でよく知られているキレート配位子の一つで,産業界や分子生物学界などで広く使用され,私たちの生活を支えている。また、中和滴定の酸性試薬としても使用されている。化学構造上,EDTAは四塩基酸であるが,教科書によってはその表記が混乱しており,中性分子とする著者もいれば,双性イオンとする著者もいる。EDTAの適切な構造がはっきりしないので、発表されたいくつかの研究論文を調査した。ここでは、非イオン化分子やカルボン酸アンモニウム基を持つ双性イオンなど、固体および水溶液中でのEDTAの様々な構造案をめぐる歴史的な論争を、詳細に示す。1960年代に赤外分光分析に基づく構造がいくつか提案され、非イオン化EDTAの分子構造を示す初期の研究は、ほとんど覆された。ただ残念なことに、十分な文献への参照がないままに、EDTAは固体の中性分子であるという考えは残ってしまった。その後、X線結晶構造解析により、EDTAが固体中でも双性イオンとして存在することが確認され、一方、XPS解析により、EDTAの分子内には=N⁺H-型と=N-型の2種類の窒素原子が存在することが推測された。最近の研究では、溶液中のEDTAのダブル双性イオンの形態が見直されているが、分析化学の教科書の中には、非イオン化したEDTAの化学構造を「最初に戻った」かのように示しているものもある。このように、水溶液中のEDTA構造の解釈が難しい理由は、以下のように考えられている。(1)EDTA自体の水への溶解度が低いため、溶液中での赤外分光法による測定がかなり困難であったこと、(2)予期しない水素結合により、特定の赤外活性結合の周波数が変化する可能性があったこと、(3)固体中、溶液中を問わず、その状態について知られていなかったこと、(4)EDTAには赤外スペクトルの異なる2種類の結晶変態があることがほとんど知られていなかったこと、などである。今回の研究が、溶液中のEDTAの正確な構造を、文献に基づいて学生が簡単に知ることができるようになり、また、化学分析や技術を教えたり教育したりする人たちにとっても意義のある結果になることを、期待している。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.25433.33120 17.「水の濃度[H₂O]を含むものは平衡定数Kの式ではない」, 科学教育研究, 45(3), 364-366 (2021). 高校化学や大学の有機化学の教科書には,平衡定数の式に溶媒である水の濃度[H₂O]を含む根深い誤りが存在する。こうした誤りを含む個別大学入試の過去問や報文を調査し、海外の論文に掲載されている指摘を紹介した内容を報告する。こうした誤りが修正されずになお存在している現状について,科学教育に携わる人々の認識が広がっていくよう望む次第である。
https://doi.org/10.14935/jssej.45.364 18.「Kolbe-Schmitt反応機構の実験および理論的研究に関する総説:決着済みか,未解決か?」, 技術・教育研究論文誌 J. Technol. Educ., 28(2), 49-58 (2021). Kolbe-Schmitt反応は,芳香族ヒドロキシカルボン酸を工業的に生産するための合成プロセスとしてよく知られており,化学教育の場でも広く学習されている。この反応については,1世紀以上にわたっていくつかの機構的研究が行われてきたが,未だに解明されていないと考えられる。そこで筆者は,その提案された反応機構に焦点を当てて,実験・理論研究を含む文献を概観した。1957年には,5つの反応機構が検討された。すなわち,(1)芳香族核の金属化,(2)金属アリールカーボネートの中間体形成,(3)核の直接炭素化,(4)互変異性転位,(5)キレート形成と求電子置換の5つの機構である。その後,いくつかの錯体の中間体も提案され,X線結晶解析によって金属フェノキシド(反応物)とサリチル酸ナトリウム(生成物)の構造が明らかにされたが,反応機構の研究を進める上で,構造データは十分に活用されていなかったようである。最近,Kosugiらによる実験的研究(Org. Biomol. Chem., 1(5), 817-821 (2003))によると,直接カルボキシル化が起こるのであって、金属フェノキシドと二酸化炭素が結合した複合体は反応の中間体ではない,と主張されているが,理論計算はこの結論を支持していない。今後,Kolbe-Schmitt反応機構の研究で蓄積された知識を統合していくためには,技術開発や化学教育におけるさらなる努力が必要である。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.33192.79363 19.「フェノールフタレインの構造研究の歩み」, 技術・教育研究論文誌 J. Technol. Educ., 28(2), 65-75 (2021). フェノールフタレインは,化学教育や分析技術でよく使われる酸塩基指示薬の一つであり,コンクリートの炭酸化試験など,産業界でもさまざまな用途がある。これまで,異なるpH溶液中での構造変化は不明瞭であり,これを扱った総説は残念ながら存在しなかった。本稿では,その混乱を含めた歴史的経緯を紹介する。フェノールフタレインはH₂PPと呼ばれ,H⁺を解離してHPP⁻とPP²⁻を生成する二塩基酸である。HPP⁻はラクトン環の構造を持っており,おそらく環開したカルボキシレートでも存在するだろう。1940年代頃には,共鳴理論への誤解から,開環したHPP⁻が一般的に受け入れられていたが,1980年代以降は,複雑さを避けるためか,HPP⁻自体の表現は無視される傾向にあった。一方,1980年代以前は、PP²⁻は一貫して開環形でしか示されていなかった。しかし,その後,スルホフタレイン系色素に比べてラクトン環の強度が高いために,溶液中や固体中でPP²⁻の一部が閉環構造として存在することがわかってきた。PP²⁻にβ-シクロデキストリンと金属錯体を加えた包接化合物が報告されているが,そのX線結晶解析はいまだ報告されていない。ラクトンとしてのPP²⁻の考え方はまだ一般的には受け入れられていないようであるため、閉環形のPP²⁻が広く知られているクラスレート化学の研究と比較することが,有益である。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.16415.57764 20.「硫化水素イオンHS⁻の生成に注目する新たな教材の一事例」, 令和3年度 日本理科教育学会北海道支部大会発表論文集, 32, 16 (2021). 2017年3月告示の高等学校学習指導要領では,化学で学ぶ内容に,大項目「(5) 化学が果たす役割」が新たに設けられた。その具体的内容の一つに「金属やプラスチックなどの資源の再利用」が例として挙げられた。金属イオンの系統分析は,金属の再利用にも応用されることから,大学入試問題の題材に取り上げられてきた。硫化水素は金属イオンを沈殿させる物質として扱われるが,毒性があるため,中等教育現場で使用するにあたり,安全性を高めるためにさまざまな工夫が行われてきた。一方で、硫化水素が原因となっている環境問題については,筆者が知る限り,従来の化学教育ではほとんど取り上げられてこなかった。廃棄物処分場の硫化水素は,主に石膏ボードから発生し,悪臭の原因となり死亡事故にもつながったこともあり,その処理法が研究されており,水和した(水)酸化鉄(Ⅲ)による酸化で固定される過程で,硫化水素イオンHS-が重要な働きを担うという。こうした話題が化学教育実践の一助になれば幸いである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.31646.14407 21.「メチルオレンジの酸塩基平衡とアンモニウム-アゾニウム互変異性」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 52(98), 86-93 (2022). 水溶性アゾ染料の一つであるメチルオレンジ(MO)は、pH指示薬として有名で、化学系の中等・高等教育機関で広く使用されている。また、アゾ化合物は、繊維、紙、印刷、食品などの画像産業にも広く応用されている。本研究では、MOの化学構造に関する研究、MOのH⁺が付着する位置が不明であることを歴史的に述べ、酸性水溶液中での酸塩基反応、アンモニウム-アゾニウム互変異性を紫外可視分光法により扱った。さらに、水溶液中のMOとそのプロトン化種の構造を正確に知るために、共鳴理論と互変異性論の違いを誤解している分析化学の教科書の問題点を指摘し、MOとそのプロトン化種の構造について解説した。また、MOのX線結晶構造を示したことで、化学を学ぶ学生への教育にも役立つはずである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.21579.81445 22."The CCDC database of Crystal Structures of Tetraamminecopper (II) [Cu(NH₃)₄]²⁺: Complicated Geometry of a Well-Known Complex Ion", J. Korean Chem. Soc., 66(1), 61-66 (2022). テトラアンミン銅(II)イオンは[Cu(NH₃)₄]²⁺で表される配位数4の平面正方形の錯イオンである。一般化学や基礎無機化学でよく知られるが,教科書によっては異なる配位構造の表記も見られる。そこで筆者は,[Cu(NH₃)₄]²⁺からなる34化合物の結晶構造をケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)のデータベースから取得し,これらのデータを化学の学生や指導者が簡便に利用できるようにするために,[Cu(NH₃)₄]²⁺の配位数,銅(II)中心と配位原子間の距離の分布,さらに第五の配位子を有する錯体における構造(四角錐型か三方両錐型か)も詳細に示した。
https://doi.org/10.5012/jkcs.2022.66.1.61 23."Organic molecules visualizable by crystal data in introductory chemistry", Int. J. Chem. Math. Phys. 6(3), 18-27, 2022. チェックリストを作成することで、教授法について新たな知見が得られる可能性がある。そこで、中等化学教育で学ばれる有機化合物の結晶構造データをケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)のデータベースから収集した。その結果、室温で液体や気体のものはデータが少ないと予想されるのに対し、これらの有機化合物はほぼ全ての結晶データが揃っていることが判明した。この指標となるデータは、今後さらに研究を進める上での基礎となるものである。
http://dx.doi.org/10.22161/ijcmp.6.3.3 24.「アゾ染料の脱色・銅 (Ⅱ) 錯イオンの構造・有機反応機構」, 理科福岡, 52・53, 10-13 (2022). (1) アゾ化合物の合成反応と異なり,その脱色反応については反応機構が明示されていなかった。アゾ基は金属単体によってアミンに還元されることで脱色されることが,筆者の文献調査により判明した。(2) 銅(II)錯イオンは,4配位正方形以外に5配位四角錐や6配位八面体形をとることがある。インターネットで検索して得られる情報には不正確なものが散見されるため,注意が必要である。(3) サリチル酸の生成を示す反応機構が,実際に生じているのかどうかは必ずしも明確ではない。有機電子論で反応機構に触れる際は,このことに注意すべきである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.36679.30886 25.「マグネシウムおよびカルシウムなどのアルカリ土類金属-EDTA錯体の配位数と配位座数」, 日本科学教育学会研究会研究報告, 36(6), 59-64 (2022). 大学における分析化学実験では,配位数6のカルシウムイオンCa²⁺にエチレンジアミン四酢酸イオン(EDTAアニオン)が六座配位子としてキレートした錯体の化学構造が示されることが多い.しかし,そうした構造であることの根拠となる学術論文は引用されておらず,文献によっては異なる構造が示されている.そこで,本研究ではアルカリ土類金属イオンをキレート配位したEDTA錯体の結晶構造を報告した研究論文を文献調査によって体系化した.その結果,12種類の結晶構造のいずれもが配位数6の中心金属イオンにEDTAアニオンが六座配位子として配位した錯体ではなく,配位数が6より大きいものや,六配位座数未満のEDTAアニオン配位錯体が多いと判明した.また,溶存状態におけるCa-EDTA錯体であっても,必ずしも配位数6のCa²⁺にEDTAアニオンが六座配位子として配位しているとは限らないことを示す分光学的研究も見受けられた.従って,アルカリ土類金属-EDTAキレートの配位構造として誤解を招きかねない説明をすることは,なるべく避けるべきだろう.
https://doi.org/10.14935/jsser.36.6_59 26.「アルカリ金属-EDTA 錯体の配位数と配位座数における多様性」長崎大学大学院工学研究科研究報告, 52(99), 22-29 (2022). EDTA (Ethylenediaminetetraacetic acid) は H₄Y (ここではY⁴⁻) と略記されるキレート配位子で、様々な金属イオンを錯形成することができる。アルカリ金属イオンはEDTAとの安定定数が低いが、いくつかのアルカリ金属-EDTA錯体の合成と結晶構造が報告されている。ただし、その構造は多様で、一般に知られている六座Y⁴⁻で陽イオンの配位数(CN)6を有するEDTA錯体とは異なっている。例えば、リチウムEDTA錯体[Li₄(EDTA-4H)]では、Li⁺は三座のμ₁₂-Y⁴⁻でCNは4または5を有する。また、結晶構造が明らかになったナトリウム、カリウム、ルビジウムのEDTA錯体では、Na⁺、K⁺、Rb⁺が多座Y⁴⁻、HY³⁻、H₂Y²⁻で6より大きなCNを有するものもある。しかし、溶液中のアルカリ金属-EDTA錯体の構造を解明することは、まだ困難である。なぜなら、溶液中のEDTA錯体の構造は、結晶状態での構造と必ずしも一致しないからである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.16861.22244 27.「一部にユニークな結晶構造を有するアルミニウムをはじめとする土類金属-EDTA 錯体(概論)」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 52(99), 30-37 (2022). アルミニウム、ガリウム、インジウム、タリウムは3価の陽イオンを形成し、土類金属と呼ばれるが、タリウムだけは1価の陽イオンも安定に存在する。例えば、アルミニウム錯体は、材料工学や環境科学の分野で、工業的利用や毒性作用の解明のために研究されている。ここでは、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)によりキレートされた土類金属錯体の結晶構造について簡単に紹介し、知見を深め、今後の研究に役立てることを目的とする。文献調査の結果、Al-, Ga-, In-, Tl(III)-EDTA の結晶構造はそれぞれ6,14,6,2件報告されており、結晶状態ではAl³⁺, Ga³⁺は配位数6、In³⁺, Tl³⁺は配位数7であることがわかった。EDTAアニオンの配位数は、6錯体で六座だけでなく五座(4番目のカルボキシ基は非配位)であることがわかった。2つのAl³⁺が(μ-OH⁻)₂で架橋されたAl₂-EDTA二核錯体は、エチレンジアミン部位がユニークなシス型構造をとっており、他に類縁体がほとんどないように思われた。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.30282.99526 28.「ベール・ランベルト(Beer-Lambert)の法則?!」, Rev. Polarogr., 68(2), 101-103 (2022). 吸光光度法(分光光度法)は、化学種の濃度と光の吸収の強さが比例関係にあることを利用して定量する方法である。大学教育で一般的なこの方法は、電気化学測定と組み合わせた「分光電気化学手法」としても発展している。この方法でよく知られるのが「ランベルト・ベールの法則(Lambert-Beer law)」で、吸光度が溶液の厚さ(光路長)と濃度に比例することを示す。和文では「ランベルト・ベール」と表記されることが多いが、英文では「Beer-Lambert」と表記されることが一般的である。この不一致は、和文文献では「ランベルト・ベール」が定着しているため、名称変更が困難であることが一因である。教育現場では、この不一致を理解し、適切に対応することが重要である。
https://doi.org/10.5189/revpolarography.68.101 29.「高周期14族半金属元素-EDTAの結晶構造 -単核錯体から配位高分子まで-」, Jxiv, Preprint (2022). エチレンジアミン四酢酸(EDTA)の金属キレートは、通常、配位数(CN)が6で、ディスクリートな錯体として表される。一方、EDTAがキレートする重14族元素の陽イオン(重テトレル)は、単量体構造から配位高分子まで様々な結合様式をもつことがX線結晶構造解析から明らかにされてきた。その一部は総説で体系化されているが、重14族元素-EDTA錯体の全体像を明らかにすることはできていない。そこで、3つのGe(IV)-、2つのSn(II)-、5つのSn(IV)-、21個のPb(IV)-EDTA(CN 5-8) の異なる対イオンや(擬)ハロゲンとの重元素テトレル-EDTAキレート錯体の結晶構造を簡単にまとめ、その多様な結合様式を示すことにする。
http://dx.doi.org/10.51094/jxiv.205 30.「高周期15族元素(アンチモンおよびビスマス)-EDTAの構造」, Jxiv, Preprint (2022). ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)で公開されているデータをもとに、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)でキレートされた主要族金属錯体の結晶構造を検索した。ここでは、重15族元素のアンチモン(III)とビスマス(III)のEDTAキレート化合物の結晶構造をまとめた。22種類のSb-EDTA錯体はほとんどが配位数6で配位座数は六座である。47種類のBi-EDTA錯体は、配位数が6から9の範囲であり、ほとんどが配位数8であり、配位座数はすべて六座である。付録では、前回に引き続き、結晶状態の配位数8の水分子が配位したカルシウムおよびバリウム-EDTAアニオンについても概説した。
http://dx.doi.org/10.51094/jxiv.206 31.「後期第一系列遷移金属-EDTAキレートの比較構造解析」, Jxiv, Preprint (2022). ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)で公開されているデータに基づいて、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)でキレートされた後期第一系列遷移金属錯体の結晶構造を概説した。その結果、FeIII-EDTAが17種、FeII-EDTAが6種、CoIII-EDTAが21種、CoII-EDTAが14種、Ni-EDTAが13種、Cu-EDTAが22種、Zn-EDTAが6種の合計99種類の錯体の結晶構造が配位数5〜7を有することが判明した。多くは配位数が6であり(70/99)、これらのキレートの配位座数は四座、五座、六座である。分析化学では、典型的に学んだ六座配位子と配位数が6の錯体は、以前のレビューに続き、後期第一系列遷移金属-EDTA錯体の主要な化学種ではなく、わずか33例(約33%)であることが判明した。
http://dx.doi.org/10.51094/jxiv.211 32.「前期第一・第二・第三系列主遷移金属-EDTAキレートの構造比較:六座・6配位は主要化学種か?」, Jxiv, Preprint (2022). エチレンジアミン四酢酸(EDTA)でキレートされた前期第一系列、第二系列、第三系列主遷移金属錯体の結晶構造を調査し、よく知られた六座配位6配位(6&6)の化学種がメジャーかを明らかにした。前期第一系列遷移金属(Sc,Ti,V,Cr,Mn)-EDTAでは、28種類中、6&6種は3種しか見つからなかった。一方、第二系列主遷移金属-EDTAの50種類、第三系列主遷移金属-EDTAの15種類において、6&6種は見つからなかった。なお、後期第一系列遷移元素では、99種類中、31種類の6&6種が存在することが、これまでの研究で明らかになっている。したがって、よく知られている六配位構造のものは、構造比較の結果、主遷移金属-EDTA錯体ではそれほどメジャーではなく、むしろマイナーな構造であることがわかった。
http://dx.doi.org/10.51094/jxiv.212 33.「非キレート性エチレンジアミン四酢酸(EDTA)とその塩における分子内・分子間水素結合」, Jxiv, Preprint (2022). エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、その非キレート配座性塩、およびそのアルカリ土類金属キレートが室温リン光(RTP)発光性を有することが、最近になって報告されている。RTPの起源は、水素結合による貫通空間共役であると同定された。他の非キレート性EDTAおよびその塩とその結晶構造は個別に報告されているが、RTP発光性の有無は不明である。そこで、本研究では、ケンブリッジ構造データベース(CSD)を用いて、25種の非キレート性EDTAとその塩の結晶中における分子内・分子間水素結合様式を調べた。今後、金属-EDTAキレートを含むEDTAとその塩の結晶構造の報告とRTP能力を統合することが、興味深い研究になると思われる。
http://dx.doi.org/10.51094/jxiv.213 34."Analysis of specialties of crystal structure for non-chelate conformations of ethylene-diaminetetraacetic acid and its salts with alkali and alkaline earth metals", Ukr. Chem. J., 88(10), 55-69 (2022). 本研究では、ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)のデータを用い、双性イオン状態の25種類の非キレート性エチレンジアミン四酢酸(EDTA)塩、ならびにアルカリ金属およびアルカリ土類金属キレートの結晶構造の概要を明らかにした。EDTAとその非キレート塩の分子内NH⁺---NH⁺距離の分布を調べた結果、嵩高い対イオンと特定の結晶溶媒分子が結晶充填の変化に対応し、EDTAの立体配座がgauche型からanti型に変化することを明らかにした。EDTAの配位数や配位座数は多様であった。
https://doi.org/10.33609/2708-129X.88.10.2022.55-69 35.「高校化学教科書におけるテトラアンミン銅(Ⅱ)イオンの配位数の表記について」, 科学教育研究, 46(4), 483-484 (2022). テトラアンミン銅(Ⅱ)イオン[Cu(NH3)4]2+は高校化学において代表的な錯イオンとして学ばれてきた。教科書がテトラアンミン銅(Ⅱ)イオンの構造を教示するならば,『[Cu(NH3)4]2+は,平面内に4個のNH3分子が配位結合した正方形(配位数4)』とし,脚注などで『化学的環境次第では,1個の水分子が平面上に結合した四角錐(配位数5)や,2個の水分子が平面の上下に結合した八面体(配位数6)をとりうる』などと記述するのが,より適切ではないだろうか。
https://doi.org/10.14935/jssej.46.483 36.「『炭酸アンモニウム』をめぐる結晶構造に注目した高校化学における教材開発―アンモニアソーダ法の授業へと適用するための試案―」, 日本科学教育学会研究会研究報告, 37(5), 127-130 (2023). 「炭酸アンモニウム」は不安定な物質であり,市販品は炭酸水素アンモニウムとカルバミン酸アンモニウムの混合物とされる.炭酸水素アンモニウムとカルバミン酸アンモニウムには結晶構造が知られており,最近では炭酸アンモニウムについても一水和物の結晶構造が報告された.こうした結晶構造データを効果的に用いれば,高校化学の無機物質分野におけるより魅力的な授業を展開できるかもしれない.すなわち,簡易型アンモニアソーダ法の生徒実験を湯煎および氷冷による二通りで実施すれば,高温と低温で生じる違いを事前に予想させつつ,観察に目的意識を持たせることができる.そして反応温度により生成物が異なることに気づかせ,思考を深めさせることも期待できる.結晶構造を立体的に表示すれば,視覚的理解に基づくさらに発展的な学習も可能だろう.
https://doi.org/10.14935/jsser.37.5_127 37.「亜鉛-エチレンジアミン四酢酸キレート(Zn-EDTA)の多様な配位構造―高大接続を意識した化学教材として―」, 日本理科教育学会九州支部大会発表論文集, (49), 63-66 (2023). 「化学と教育」誌の記事によれば,EDTAアニオンは配位数4のZn²⁺に対しては四座配位子として,配位数6のCa²⁺に対しては六座配位子としていずれも1:1で結合する,とされている。だが,ケンブリッジ結晶学データセンターCCDCで見つかったZn²⁺とEDTAアニオンから生成されるキレート錯体には,配位数が5から7,配位座数には四座から六座があり,EDTAのカルボキシ基(あるいはカルボキシレート基)の一部が非配位となったり,水分子が更に配位していたり,結合角が大きく歪んでいるものなどもあり,多様性が存在することが確認された。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.10989.19685 38. 「テルミット反応による青銅作りと融点測定」, 理科福岡, 54, 10-11 (2023). テルミット反応は一般には鉄を作るもので知られるが,反応物を酸化鉄(III)の代わりに酸化銅(I)および酸化スズ(II)の混合物に変えることで,青銅が作られる。るつぼにスズを入れて融解させ銅を加えて青銅を作るのには時間がかかるが,テルミット法ではすみやかに作ることができ,青銅の融点を測定して生成を確認した。一方,安全には十分に配慮すべきである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.18958.37447 39.「希土類-エチレンジアミン四酢酸(REE-EDTA)の結晶状態における配位数:ミニ・レビュー」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 53(101), 46-53 (2023). 希土類元素エチレンジアミン四酢酸塩(REE-EDTA)の結晶構造は、MRIにおける生体医工学への応用の可能性を含めて、何人かの研究者によって簡単にレビューされている。本研究では、ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)に登録されている114種類の希土類-EDTA(Sc, Pm, Tmを除く)を検索し、その配位数(C.N.)をまとめた。登録されているREE-EDTAはLa-EDTAが22種類と最も多く、次いでGd-EDTAが15種類であった。各錯体のC.N.は軽希土類元素(La-Sm)で10-9、重希土類元素(YとEu-Lu)で10-8であり、ランタノイド(Ln)-EDTAのC.N.の減少は「ランタノイド収縮」によるものと考えられる。Tb-EDTAのC.N.がLn-EDTA錯体の全体的なC.N.の減少からわずかにずれているのは、十分な数の試料がないためであろう。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.29024.70408 40."Lanthanide contraction in chelates of ethylenediaminetetraacetic acid based on crystallographic data: A short review", Ukr. Chem. J., 89(9), 14-34 (2023). ランタノイド(Ln)系列において,ランタノイド収縮は原子番号が増加するにつれてイオン半径が徐々に減少する重要な概念である。エチレンジアミン四酢酸(EDTA)は,Lnイオンを含む様々な金属と安定な錯体を形成することが知られており,これまでに100種類以上のLn-EDTA錯体が合成され,X線結晶構造解析により構造決定がなされているが,ランタノイド収縮の体系化は不十分である。そこで,本研究ではケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)のデータをもとに包括的な解析を行った。
https://doi.org/10.33609/2708-129X.89.09.2023.14-34 41.「エチレンジアミン四酢酸錯体に関する結晶構造研究の補遺」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 54(102), 77-84 (2024). エチレンジアミン四酢酸(EDTA)は、ほとんどすべての金属とキレートを形成する能力でよく知られている多座配位子である。特にXRD測定を用いた配位化学の広範な研究により、その構造の多様性が明らかになってきた。ここでは補遺として、ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)での綿密な調査によって得られた、EDTA塩およびキレートの金属タイプや配位数を含むいくつかのユニークな構造に関する追加的知見を紹介する。その結果、既存の研究では、相互に適切に引用されることなく蓄積されてきたいくつかの報告が発見された。1980年代まではレビューが行われていたが、包括的な体系化はまだ必要である。従って、以下の試みは新たな知見につながるものである。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.24830.40005 42.「トリウムやウランのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)錯体の結晶構造」, 長崎大学大学院工学研究科研究報告, 54(102), 85-87 (2024). 本報告では、ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)に寄託されているトリウムおよびウランのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)錯体の結晶構造を、対応する配位数とともに簡単にまとめた。4種類のTh-EDTAと6種類のU-EDTAの錯体が見いだされた。Th-EDTA錯体はすべて単核錯体であるが、U-EDTA錯体にはEDTAアニオンがウラニルイオンの一部を架橋している単核錯体と多核錯体がある。これらの化学構造を理解することは、環境中の放射性アクチニドの輸送過程を理解し、予測することに役立ち、また、化学や材料工学の分野で新しい有機金属骨格(MOF)を構築する指針になると期待される。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.11408.62725 43.「高校化学で反応機構を有機電子論で指導する意識調査及び留意点」, 日本STEM教育学会 拡大研究会, 25-28 (2024). 高校化学では有機化学を学ぶ際にそのしくみにはほとんど触れられず、ただ暗記するだけとの指摘があった。しかし現行の学習指導要領のもとでは,反応機構にまで踏み込んで説明した教科書が出版されている。現職の高校教員に対してアンケートによる意識調査を行ったところ,有効性を支持する意見と,どちらとも言えないとの意見が,ほぼ半数ずつを占めた。実際に起こっているとは考えづらい反応機構に留意しつつ,今後も有効性を議論する必要があるだろう。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.31541.28642 44.「大学入試におけるヨウ素滴定の出題形式に関する調査‐チオ硫酸イオン中の硫黄原子の酸化数に着目して‐」, 長崎大学教育開発推進機構紀要, (14), 1-6 (2024). 本研究では、最近の大学入試化学で出題されているヨウ素滴定について、特にチオ硫酸イオン(S₂O₃²⁻)中の硫黄原子の酸化数を求めることに重点を置いて、様々な形式を紹介する。文部科学省の学習指導要領改訂の影響か、ヨウ素滴定の量的関係を反応式がない形式で出題する大学があり、暗記過多になっていることが判明した。また、S₂O₃²⁻中のS原子の酸化数を答えさせる問いもあった。文献や長崎県の高校教員へのアンケートから、この出題には注意が必要であることが示唆された。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.21474.95680 45.「エチレンジアミン四酢酸キレートの立体化学―教材における望ましい記載の在り方―」, 日本理科教育学会九州支部大会発表論文集, (50), 65-68 (2024). EDTAから4つの水素原子がイオンとして解離したあとの4価の陰イオンの構造式は大学入試問題に出題されている。EDTAキレート錯体に関して既存の結晶構造データを改めて念入りに紐解くことで,教材や入試問題の題材としての望ましい記載の在り方について考察し,提示した。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.19797.23521 46.「吸光度測定による呈味性ヌクレオチド定量化のための基礎調査―特にイノシン酸およびグアニル酸への金属イオンの配位に着目して―」, 日本理科教育学会九州支部大会発表論文集, (50), 69-72 (2024). 三大旨味成分のうち,イノシン酸やグアニル酸は,高校生物で学ばれるヌクレオチド(ヌクレオシドにリン酸基が結合した物質)の一種で,呈味性ヌクレオチド,あるいはヌクレオチド呈味物質に分類される。本研究では過去のデータをCCDCで調査し,呈味性ヌクレオチドの金属錯体の種類ごとに配位構造を分類した。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.16441.79202 47.「化学用語「イオン反応式」のこれまでとこれから」, 理科福岡, 55, 4-5 (2024). 高校化学における「イオン反応式」という化学用語の意味するところは、『イオン式を含む反応式』であり、他方、「化学反応式」という用語の意味するところは、『イオン式を含まない反応式』であると、暗黙の裡に了解されている。イオンを含む化学反応式にだけ「イオン反応式」という特別な用語を与えはせず、反応式は一括して「化学反応式」と呼び、その中に「イオンを含む反応式」を含むあらゆる反応式を含むように定義した方が、理論体系としては首尾一貫しているのではないだろうか。
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.29863.56485 48."Episodic knowledge on first and foremost crystalline structural report of ethylenediamineteraacetic acid (EDTA) itself", EdArXiv, Preprint (2024). 分析化学の教育で学習され代表的なキレート剤であるエチレンジアミン四酢酸(EDTA)の正確な結晶構造報告に関する調査が、EDTAを中性分子として表記するか双性イオンとして表記するかについて、明らかな曖昧さがあるように思われたため開始された。その結果、EDTAが双性イオンであることを報告した最初の論文が、困難な確認を経て決定された。さらに、双性イオンのEDTAそれ自体と、CCDCに登録されているその非キレート性塩の結晶学的データもここに要約する。このエピソード的知識は、化学教育のみならず、関連する基礎科学や応用科学の基礎となるだろう。
https://doi.org/10.35542/osf.io/n9jf4 49."Methyl orange: A brief note on its structural changes", Int. Res. J. Sci. Technol. Educ. Manag, 4(2), 50-57, (2024). メチルオレンジ(MO)は酸塩基指示薬として知られる。MOのプロトン化は,アゾ基だけでなく,ジメチルアミノ基でも起こる可能性があるため,2つの異なる化学種,すなわちアゾニウムとアンモニウムを考えることができる。しかし,アンモニウム種はほとんどの教科書で紹介されていない。また,アンモニウムとキノンジイミニウムの間の「共鳴」に関する誤解もあり,これを避けるために,これらの事例を化学の指導者や学習者に紹介する必要がある。
https://irjstem.com/abstract/methyl-orange-a-brief-note-on-its-structural-changes/ 50."Preliminary design of learning material on Kolbe-Schmitt reaction mechanism visualized by crystal data", Afr. J. Chem. Educ., 14(3), 54-64, (2024). 化学の入門教育において、分子や錯イオンの構造を想像し、可視化することは、学習者にとって重要な意味を持つと考えられている。「コルベ・シュミット反応」の反応物質として有機化学でよく知られているナトリウムフェノキシド(NaOPh)の中には、「キュバン型」と呼ばれる四角形の単位を含むユニークな結晶構造を持つものがある。サリチル酸ナトリウムはこの反応の生成物であり、最近、その結晶構造が報告された。しかし、この事実は化学教育ではほとんど知られていないようである。そこで、ケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC)で公開されている結晶構造データを化学教育の教材として利用できないか検討した。いくつかの結晶構造を検索した結果、純粋なNaOPh結晶は四員環のNa₂O₂ユニットを含む剛直な高分子鎖構造を持つことがわかった。一方、クラウンエーテルや溶媒分子を1つまたは複数持つ構造のものもある。複数の溶媒分子が配位したNaOPhの結晶は、確かに固体状態であるにもかかわらず、溶媒和による動的な反応過程にあるかのようである。惜しむらくは、CO₂で溶媒和したNaOPhそのものの正確な結晶データがないことである。その代わり、生成物であるサリチル酸ナトリウムの結晶構造と組み合わせることで、反応メカニズムを推測することができた。化学を教える際、これらの結晶学的データは、コルベ・シュミット反応のダイナミックな反応過程を生徒たちに印象深く説明するのに十分効果的であろう。
https://www.ajol.info/index.php/ajce/article/view/276603 謝辞 共著論文に関し、各共著者に、そして、掲載各誌の編集委員の先生方に、感謝申し上げます。なお、クモ系の研究は、以下です。
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