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老獪望郷流れ小唄 13(完)
月の綺麗な夜だ。田舎も江戸も夜空は変わらない。
この川沿いの道には大きな石がある。江戸に来た時はここで梅干し入りの握り飯を食ったなあ。美味かった、口がさっぱりとして旅の疲れが取れた気がした。
江戸には孫二人と孫の嫁、それに剣術指南の大男と娘が来ている。皆、家族だ。故郷では囲炉裏を囲んで飯を食った。美味かった。粗末な食事だったが、皆がいたから笑顔で食えた。だからこそ美味かったのだ。
江戸に着いて
老獪望郷流れ小唄 12
皆んなが揃ったら、、なんて言っている間に赤子の顔がこちらを向いていた。
「これは見つかったで御座んすな。」
「声、大きかったから、、」
「あ、、まあ仕方ねぇやなあ!どうにかして時間稼ぐ
しかあるめぇよ!」
赤子はジッとこちらを見ていたかと思うと、脱兎の如くこちらに走って来た。
「組み付かれるなよー!」
勇也の声に合わせて三人は別々の方へ駆け出す。
しかし、赤ん坊が走ってくるってぇのは
老獪望郷流れ小唄 11
あの夜、皆川良源は朱い石に聴診器を当てていた。
石を叩いたりして調べていたのだ。その時、不意に石の中に熱が起こり薄ぼんやりと光が生まれた。
「あれが、そうだったのかもしれない。」
良源は今夜は石を懐に忍ばせている。
ぼんやりとした光はうっすらと熱を放つ。
これなら分かるかもしれない。
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あれから三日が過ぎた。
勇也たちは代わる代わるに良源の診
老獪望郷流れ小唄 10
そんな中、柳生宗矩は言う。
「ちと引っ掛かるな、此度の物の怪。」
「旦那、何がですかい?子泣き爺は今まででも、手の
出し様の無さじゃあ最強ですぜ。」
「だがな、鉄斎。その子泣き爺は一体何がしたいんだ
ろうな。」
「へっ?」
「今までの物の怪は河童や天狗に火車、ろくろ首とて
目的はあった。それに実際に被害も出した。」
「確かに。」
「だが子泣き爺はこの辺りで泣いただけだ。それに如
老獪望郷流れ小唄 9
「そいつはぁ、あたしの出番じゃあないねぇい。だっ
て斬れないだろうさ。」
「確かに、それを言えば俺も同じだな。」
「いやいや二人して諦めねぇでくれよ。」
松方澪と柳生宗矩は口を合わせて言う。
昼間、鉄斎の書状を屋敷に届けた折、宗矩は留守だった。その後中身をあらためてから、澪を連れて信幸の屋台までやって来たものだ。
「諦めるも何もさぁ、、」
「斬るより他の手がいるが、どうだ鉄斎。」
中
老獪望郷流れ小唄 8
「ひゃああーこりゃあ見事に曲がったもんだ!」
勇也の得物、伸びる鉄の棒がカッチりと直角に曲がっている。正確には曲がってしまったのだが、、
「笑い事じゃねぇぜ、鉄っあん。これじゃあ河童の時
よりひでぇや。」
「確かになあ。岩でも殴りつけにゃあ、こうはなるめ
ぇやなあ。」
曲がった棒をしみじみと見ながら、中山鉄斎は言う。
「で、鉄っあん。今度のは何だい?」
皆川良源が尋ねた。
「あー
老獪望郷流れ小唄 7
「この野郎!離すで御座んす!」
虚を突かれた良源の耳に走り来る足音が聞こえた。
ひとつは脱兎の如く素早く足を動かし、もうひとつは規則正しい音をさせた。
そう思った時には、お咲の腕に取り付く男の姿があった。
「良源先生!?大丈夫ですか?」
規則正しく、そのくせに早い足音の主が良源の傍らに来る。
「お雪さんじゃないか。何だってこんな時分に?」
「痛い!」
お咲の悲鳴が上がる。
「てぇえい
老獪望郷流れ小唄 6
「頭、頭ぁー起きてますだろかぁ?」
帰るとすぐに勇也と美代の住まいの戸を叩く者がある。
「ん?この声わぁ、、」
「誰?勇也、分かる?」
「太助だな。」
戸を開けると確かに太助が立っていた。
「あ、あのぅ、夜分遅くにぃ申し訳ねぇこってぇ、、
あ、あのぅ、、」
「何だよ、太助。そんな事ぁ気にすんな。それよりど
うした?それこそ夜更けにお前が来るなんざあ、何
かあったな。」
「太助
老獪望郷流れ小唄 5
何度も頭を下げて離れていく老夫婦を見送ると
「いやぁ面目ねぇ、先生。全く気付けなかった。開け
っぱなしの家だから、気は張ってんだが。」
鉄斎が詫びてくる。が、気付かなかったのは良源も同じ事だ。
「いや、そういう家だから却って良いのさ。俺や鉄っ
あんなら気配は見逃さねぇしな。」
「まあ、いつもならねぇ。正直、全く分からなかった
んでさあ。」
鉄斎は頭の良い男だ。詫びてはいるが、それよ
老獪望郷流れ小唄 4
「ありゃあ、先生様でねぇかの、婆さんや。」
「あれま、先生様だねぇい、爺さんや。」
足から木屑を取り出したお婆さんはお爺さんと二人、良源先生の療養所に通ってもう二月にもなる。
この老夫婦、、いや待て。
そろそろ名を名乗りましょうや。
お爺さんの名は定、お婆さんの名はこうという。
こう婆さんの足は薬の効きも良く、最近では定爺さんと連れ立って江戸見物がてらに歩いている。
素朴な山育ち故に、折角治
老獪望郷流れ小唄 3
「待たせたね。」
そこに、皆川良源が戻ってきた。
「先生、そいつは?」
勇也は良源が手にしている物を聞いた。
「こいつは刀の先っぽだよ。今、刃を焼いてきた。
人様の肌に当てるんだからね。」
折れた刀の先端の鋭利な部分から続く場所に布が巻かれて持ち手になっている。
「さあ、木の破片を取り除こうか。少し痛いが、本当
に良いかい?」
老夫婦に優しく微笑みながら、再度問いかける。
「あ
老獪望郷流れ小唄 2
「ああ、こいつは、、」
「どうですかの、先生様ぁ。」
お婆さんの左脹脛を触った皆川良源に、お爺さんは心配そうに尋ねた。
「あんたたちは山仕事をしてたんだね。」
「へい、、何で分かりますかいの。」
「いや、何ね。このお婆さんの足に、木の破片が刺さ
ってるんでね。こいつは随分と古いようだ。」
「あらま、そんな事まで分かるんだねぇ。」
お婆さんも驚いた様子でいる。
「多分、足に刺さった