老獪望郷流れ小唄 10

そんな中、柳生宗矩は言う。

「ちと引っ掛かるな、此度の物の怪。」

「旦那、何がですかい?子泣き爺は今まででも、手の
 出し様の無さじゃあ最強ですぜ。」

「だがな、鉄斎。その子泣き爺は一体何がしたいんだ
 ろうな。」

「へっ?」

「今までの物の怪は河童や天狗に火車、ろくろ首とて
 目的はあった。それに実際に被害も出した。」

「確かに。」

「だが子泣き爺はこの辺りで泣いただけだ。それに如
 何に硬く手の出し様が無いとて、話に聞くに小さ過
 ぎる。江戸に混乱をもたらさんとするには、どうに
 も使い所が分からん。」

「そりゃあ、、何だ、美代どう思う?」

「えっ、あたし?んー水にひとりずつ沈める?」

「馬鹿、それじゃあ子泣き爺も沈むだろうが。」

「あ、、何よ、勇也!急にフルからでしよ!」

「痛えっ、、悪かった、悪かったよ。」

美代に抓られて勇也が悲鳴を上げる。

「確かにねぇ、石の物の怪で泣いて力を出すってんな
 ら、水の中は天敵だろうねえ。」

「だから口に酒を突っ込んだら、慌てたのかもしれや
 せんね。」

流園が澪の後に続けた。

「慌てて口を塞いでたもんね。それ正しいかも。」

雪はちょうど口を両手で庇う姿を見ていた。

「だとすればだが、江戸の者をひとりひとり潰そうと
 いうのか。いや、それでは手間が掛かり過ぎる。」

「あのぅ、、お城の屋根に載って潰すつもりでないで
 すかね。」

「おう太助!何だ、お前も来たのか。」

職人たちの輪にいた太助が寄ってきていた。

「そういやぁ、聞こうと思ってたんだ。お前何だって
 物の怪かもと思ったんだ?」

太助は皆の顔をぐるりと見回し俯いた。

「そんな硬くならなくていいさね。子泣き爺じゃああ
 るまいし。」

澪が助け舟を出した。太助はあまり親しくない人の
前では緊張して固まる男だ。

「うんとぉ、、唄が聞こえたんだぁ。」

「小唄かい?俺と美代も聞いたぜ。」

「どんな唄でした、頭?」

勇也はうる覚えの歌詞を話した。

「あー違うんだぁ。俺が聞いたのは、、」

故郷で囲んだ飯の輪も
ひとりふたりと欠け落ちて
月の欠けたは帰るども
もはや帰らぬ血の内かぁ
恨み重なり重くなる
重くなるだけ辛くなる

「何だあ、そいつぁ!?」

「俺は頭たちと屋台で呑んで、顔が熱ってしまったん
 でぇ、少し歩いて夜風に当たってたんだぁ。そした
 ら良源先生の家の前で、こんな唄が聞こえちまって
 ぇ、、何だべ?と思ってたら土の中から小せえもん
 が生えてきたんだあ。」

「で、俺のトコに走って来た。だから良源先生の方に
 連れてったんだな。」

「んだ。」

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鉄斎が柳生宗矩に近付き何やら耳打ちをする。
隣にいた澪の耳にもその話は聞こえている。

「、、、そうか。良源は悪い癖を出したか。」

「やれやれだねぇ。耳がいいと要らない話まで聞こえ
 ちまうねえ。」

「ならば奴は。」

「へい、やる気でいます。」

「ん?何だい、こそこそと。話せよ、手が要るなら貸
 すんだぜぃ。」

「ちょっと勇也、口の利き方。」

「命懸けの仕事に上も下もあるかい。良源先生が的な
 んだろ?ほっとけやしねぇや。」

「はっ、あんたも耳がいいんだねぇ。」

「良源先生の目を見たんだ。鋭い目だった。あんたら
 の仲間って言われりゃあ納得もする目だったぜ。」

柳生宗矩と松方澪、中山鉄斎はジッと勇也を見た。
しばしの時が過ぎる。やがて。

「敵いませんね、旦那。勇さんには。」

「全く、すぐに首を突っ込みだがるねえ。」

「うむ。確かに狙いは良源だな。勇也、また手を借り
 たいが、良いか。」

「おうよ!言ってくれ!」

「勇也ぁ、、」

「心配するな、お美代さん。危ない目には合わせん。
 今、江戸は目が少ないのだ。」

「ああ、半蔵の旦那たちは、あっちに。」

「そうだ。物の怪騒ぎが収まっている今と思うたのだ
 が、裏をかかれた形になっている。」

「皆んなで良源先生の診療所を見張りゃあいいんだ
 な。流園さんにお雪ちゃん、頼めるかい?」

「へい、退屈な日々に張りが出るってもんで。」

「あたしは足が早いから、何か出てもすぐに知らせら
 れる。」

柳生宗矩は口々に上がる言葉に深く何度も頷いた。


つづく


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