老獪望郷流れ小唄 2

「ああ、こいつは、、」

「どうですかの、先生様ぁ。」

お婆さんの左脹脛を触った皆川良源に、お爺さんは心配そうに尋ねた。

「あんたたちは山仕事をしてたんだね。」

「へい、、何で分かりますかいの。」

「いや、何ね。このお婆さんの足に、木の破片が刺さ
 ってるんでね。こいつは随分と古いようだ。」

「あらま、そんな事まで分かるんだねぇ。」

お婆さんも驚いた様子でいる。

「多分、足に刺さった木屑を引き抜いたんだろうが、
 中に破片が残っちまったんだ。」

「そんな事、あったの、婆さんや。」

「あったねぇ、爺さんや。」

「それで長々、足を痛めたんじゃの。」

「山ん中じゃ、薬なんぞ無かったしねぇ。」

「ちょいと荒療治だが、切って破片を取り除こうと思
 うんだが、どうだい?」

「足さ切るんかの!?」

「あらま、痛そうじゃねぇ。」

不安そうな二人に優しく笑って良源は語りかける。

「このまま埋めておくと日に日に悪くなってく。
 抜き取って薬を塗るのがいいんだが、、江戸にはし
 ばらくいなさるかい?」

「あーあぁ、おらたちは孫に会いに来たんだからの。
 しばらくは江戸のつもりじゃ。」

「んだんだ、孫が家族で江戸にいるんじゃあ。
 遊びに来いって言うもんじゃからねぇ。」

「そいつは都合がいいってもんさ。江戸にいる内に俺
 が治しちまおう。いいかい?」

「痛くないかのぅ?」

「ちょいとは痛むが、ほっとけばこの先もっと痛む筈
 だぜ。」

「同じ痛いなら、一緒だねぇ、爺さんや。」

「痛まずに歩けんなら、それがいいの、婆さんや。」

「んだねぇ、、先生様の言う様にするがいいねぇ。」

「お願いしますのぅ、先生様。」

「分かったよ。ちょいと待っててな。」

そう言うと、良源は支度に取り掛かる為に出て行った。

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「大丈夫ですよ、ウチの先生は腕がいいんだから。」

しばらくして入れ替わりに入ってきたのは、良源の診療所で手伝いをしているお咲である。
手には湯気の立つ手桶を持っている。

「さあ、まずはお湯で足を洗いましょうね。」

このお咲は良源の近所に住む人足の女房である。
お咲の旦那が仕事中に怪我をしたのをきっかけに知り合ったものだ。

昔から薬草なぞに詳しかったという話と、旦那の傷を縛る布が見事に巻かれていたのを良源が見初め、ひとつ手伝ってくれまいかと持ち掛けた。

お咲も旦那も人様の役に立てるなら喜んでと快諾してくれた。僅かだが手間賃も払っている。

「いやぁ〜暖けぇねえ。」

「こんな湯がいつでも沸いてるんかの。」

驚く二人にお咲は微笑んで言った。

「江戸は力仕事が多いですからね、傷口を洗うには湯
 が大事なんですよ。幸い江戸は雑木林が多いから、
 薪には困りませんし。」

「はあ〜なるほどねぇ。」

「おらたちも江戸で木こりを続けられるかの。」

「はあ!江戸に住み着くのもいいかねえ。」

「江戸はどんどん住みやすくなってますよ。」

そのお咲の言葉を聞いて二人はしんみりとした顔をする。 

「おらたちも先は長くないからの。」

「家族皆んなで暮らしたいもんねぇ。」

「故郷(くに)を捨てるのも辛いがの。」

「家族が離れ離れも嫌だしねえ。」

「まあまあ、お二人ともそんな顔しないで下さいよ。
 足が良くなればいい考えも浮かびます。
 まずは先生の治療を受けてからですよ。」

お咲は努めて明るく言った。

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「先生、信さんから酒分けてもらってきたぜ。」

そこに勇也と美代がやってきた。
二人もなんだかこの年寄り二人が気に掛かって、診療所の入り口で待っていた。

そこに良源から使いを頼まれたらしい。

「まあまあ、先生ったら。勇さんたちを走らせるなん 
 て。でも助かりました。」

「何ぁに、いいって事よ!先生には皆んな世話になっ
 てんだ。」

勇也も人足頭として、医者には感謝してもしきれないくらいの恩は感じている。


つづく

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