老獪望郷流れ小唄 13(完)

月の綺麗な夜だ。田舎も江戸も夜空は変わらない。
この川沿いの道には大きな石がある。江戸に来た時はここで梅干し入りの握り飯を食ったなあ。美味かった、口がさっぱりとして旅の疲れが取れた気がした。

江戸には孫二人と孫の嫁、それに剣術指南の大男と娘が来ている。皆、家族だ。故郷では囲炉裏を囲んで飯を食った。美味かった。粗末な食事だったが、皆がいたから笑顔で食えた。だからこそ美味かったのだ。

江戸に着いて孫を訪ねた。二人の孫の姉が出迎えてくれた。が、それだけだった。弟の方は深い怪我をして眠っていた。その嫁は殺されていた。更には指南役も娘も殺されていた。

泣いた。泣き腫らした。江戸でまた皆で美味い飯が食えると思っていた。それからというもの、足の怪我を治す為と言いながら江戸の町を歩き回った。

手掛かりは朱い珠だ。自分たちも持っている家族の絆を持つ者が、この江戸にいるはずだ。奪われた珠を隠し持つ者。そいつが仇の一味であるのだ。

そして見付けたのだ。江戸は怖いトコだあ。あんないい先生様が、、落胆は激しい怒りへと変わっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「こんな夜更けにお散歩かな、お二人さん。」

そんな想いに耽りながら、手を取り肩を寄せ合う小さな人影に皆川良源は声を掛けた。

「はっ!先生様!、、、そちらこそ、こんな夜更けに
 出歩いてるなんて、、どうしたんかの?」

「こうさんの足はどうだい?この間は定さんだけだっ
 たからね。どれ、ちょいと見せてごらんよ。」

「あ、あーそうだねぇ。すっかり良くなって、ほれぇ
 こんなに楽に立ち上がれるん、、」

「ああ、あぁ、無理しちゃあいけないよ。」

元気に立ち上がるこう婆さんに手を差し伸べる様に、良源が近付いていく。その手がこう婆さんに触れそうになる刹那、月の光を跳ね返す輝きが踊った。

「あ!ああー何をするだ、先生!」

定爺さんが叫び声を上げた。

「見えたのかい、定さん。」

良源がぶれない目で定を見つめた時、こうの身体がバタりと後ろにひっくり返った。そして倒れた反動で、その小さな首から血を噴き上げた。

「先生、あんたぁ何者だの?」

問われた良源の指には、銀の平たく細い揺れる物が挟まれている。

「あんたたちが甲賀の術者だったなんてなぁ、信じた
 くはなかったぜ。」

定は口を開けたまま良源を見つめていたが、やがて絞り出すように言った。

「年老いたとはいえ甲賀の忍び。それを一撃で仕留め
 るなんての。」

「おかしいと思ってたんだ。あんたらの足は鍛えられ
 過ぎてた。木こりだって何人も診てきたよ。だが、
 その誰とも違う足だったんだ。」

「なして、ここが分かったんかの?」

良源は表情を変えずに応える。

「匂いさ。俺が渡した膏薬さ。ほれ、その足に巻いて
 ある。あんたたちは素直な患者だったよ。だから最
 後まで信じたくはなかった。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「動かなくなったな。」

「勇也、突っついてみなよ。」

「お雪ちゃん、無茶言うねぇ。」

「もし術者に何かあったなら、今の内に沈めちまう手
 もある。勇さん、慎重に突くんだぜ。」

「鉄っあんもかよぉ、、ええい、おら!」

勇也はそろそろと近付き、棒の先で突っついてサッと逃げた。

「動かねぇで御座んすね。」

「お雪ちゃん、ゆっくり荷車寄せてみてくれや。」

「あいよ。」

雪と鉄斎が荷車の枠を押し、子泣き爺の前に来る。
そこに勇也が「うりゃあ!」ばかりに思いっ切り後ろから蹴った。

子泣き爺はコロんと荷台の上に転げていった。

「今だあー!」

そこからは、その場の全員で荷車を川へと押した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ああ、何でだろうの?いい先生だと思ったのにの。
 皮肉な話じゃなあ、、」

「ああ、こうさんは先に逝ったぜ。」

「はあ、そうじゃの。婆さんひとりは可哀想だあ。
 先生、そんな得物は見た事がねえ。襟元から抜き出
 したのう。」

「ああ、こいつかい?こりゃあ鉄を薄く薄く叩いたも
 んさ。」

「そんなもんで、、凄い腕だの。」

「俺ならこいつで斬ったり刺したり出来るぜ。」

「はあーそいつぁ、、うっ!うぅ、、ゴボっ、、」

話の途中で定が苦しみ始めた。まるで息が出来なくなったようだ。

「定さん!」

良源は定の元に駆け寄り、首の壺に鋼を刺し埋めた。

「うっ!」

定が良源の顔を見た。その目が笑っている。

「今際の際に聞いとくれ。俺は皆川良源、玉千鳥さ。
 命を扱う仕事だぜ。」

言った時には、もうその目は閉じられていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌朝、川辺で見つかった老夫婦の屍を見る野次馬たちの中。

「はあ、、爺さんと婆さんにも困ったもんだわ。
 珠を見付けたなら在処だけ教えてくれたらいいもの
 を、、まあこれで、草太の怒りは激しくなるわ。」

甲賀妖術忍頭領、秋月草太の姉•美琴は静かに笑っていた。


まほろば流麗譚 第五話
老獪望郷流れ小唄 完




いいなと思ったら応援しよう!