老獪望郷流れ小唄 11

あの夜、皆川良源は朱い石に聴診器を当てていた。
石を叩いたりして調べていたのだ。その時、不意に石の中に熱が起こり薄ぼんやりと光が生まれた。

「あれが、そうだったのかもしれない。」

良源は今夜は石を懐に忍ばせている。
ぼんやりとした光はうっすらと熱を放つ。
これなら分かるかもしれない。

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あれから三日が過ぎた。
勇也たちは代わる代わるに良源の診療所を見張っている。勿論、江戸に残った僅かな伊賀忍軍も張り詰めてはいるのだが、良源の診療所は思いの外に広い。
対して相手が小さいのだから、必然人の目は多くなるという事だった。

「さて、どう出るか。」

「さてねぇ。あまり小難しく考えない方がいいのかも
 しれませんねえ、旦那ぁ。」

「何故だ。」

「あたしには手慣れてるとは、、思い切れないんです
 よぉ。」

「確かに、正面から湧いて出るなぞなあ。」

「どうにもねぇ、古臭い話でさぁよ。」

宗矩と澪もどうにも踏ん切りがつかない。
太助が聞いた唄が術者の思いならば、これはどうにも敵討ちだ。だが、それならば正面門から現れるなどは、あまりに愚直。古めかしい合戦の作法とも思えた。

だから二人は信幸の屋台で毎夜を待っている。悔しさはあるが、腰の刀は此度は役に立たない。側で酒を注ぐ鉄斎もやる事は決めたが、心許ない様子である。

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「頭ぁ、出たあ!」

正面門を木の影から見ていた太助は、一目散に横手の勝手口にいる勇也に走ってきた。

「また正面かい。よし太助、裏にいるお雪ちゃんに伝
 えて、旦那のトコに走ってもらいな。それから反対
 側の診療所の入り口に陣取ってる流園さんを連れ
 て表に戻って来るんだぜ。」

「はい。」

太助が走り出す。その後ろ姿を見送った勇也は、新しい鉄の棒の握りを確かめた。鉄斎曰く、直すより作り直す方が早かったらしい。幾多の物の怪をぶん殴ってきたんだ。それもそうだろう。今度も頼むぜ。

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「出たか!」

「はい、勇也が呼んでます。」

「よっしゃあ、お雪ちゃんはおいらと一緒に荷車を引
 いてくれ。」

柳生宗矩と松方澪は言うが早いか良源邸に向け走りだした。鉄斎は雪と共に用意していた荷車を引き押しして向かう。

「これに乗っけて、川に落とすんですよね。」

「ああ、だが賭けだぜ。勇さんの新しい棒は強度が桁
 違いだが、、そいつで押し込めるもんだか。」

要は勇也の棒を突き刺して、所謂テコの原理で荷車に押し込めようという策らしい。

雪は荷車の枠を手にしっかりと掴み、自慢の足に力を込め土を蹴った。

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朱い月、朱い月
こんな所にありやした。
ひっくり返して、拾って掠め
オラが国まで、走って帰ろ。
帰り着いたら、皆で囲んで
美味い飯でも食いなんせえ。

故郷で囲んだ飯の輪も
ひとりふたりと欠け落ちて
月の欠けたは帰るども
もはや帰らぬ血の内かぁ。
恨み重なり重くなる
重くなるだけ辛くなる。

勇也の耳に下手な小唄が聞こえてきた。
妙な声だと思ったが、こいつはどうやら二人だ。
二人の息がピタリと合って、男とも女とも思えぬ嗄れた声になっているんだ。だが、、何処からだ?声の場所が分からねえ。

駆けつけた流園と太助が辺りを見回すが、その声は跳ねた様に辺り一面から聞こえてくる。

良源邸の正面門に立つ赤子。赤子が立っているだけで不気味なんだが、どうも唄を聴きながら首や腕や足を震わせている。

「唄を聴いて身体の動かし方を確かめてるみてぇだな
 ぁ、、」

「なるほど!生まれたてだから用意が要るって事で御
 座んすね。」

「ああ、物の怪ってのは河童がそうだったが、中々大
 変なもんだよなあ。あれも可哀想だったぜ。」

「勇さん、しみじみしてどうなさるんですかい。」

「頭ぁ、しっかりしねぇと!」

「だなあ!よし、皆んなが揃ったら、鉄っあんの策を 
 やってみようぜ。」

物の怪も望んで生まれる訳でもねぇや。
悪い連中に使われる前に助けてやるってもんよ。
勇也はギュッと目を瞑り、一気に見開いてみせた。

つづく


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