老獪望郷流れ小唄 4
「ありゃあ、先生様でねぇかの、婆さんや。」
「あれま、先生様だねぇい、爺さんや。」
足から木屑を取り出したお婆さんはお爺さんと二人、良源先生の療養所に通ってもう二月にもなる。
この老夫婦、、いや待て。
そろそろ名を名乗りましょうや。
お爺さんの名は定、お婆さんの名はこうという。
こう婆さんの足は薬の効きも良く、最近では定爺さんと連れ立って江戸見物がてらに歩いている。
素朴な山育ち故に、折角治してもらったんだから、しゃんと歩ける様にせねばと考え務めている様子。
今日もそんな散歩の途中に皆川良源が歩いているのを見つけたのだった。
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「挨拶せねばの。」
「んだねぇ。」
そんな素直な気持ちで近寄ろうとするが、そこは何分治療中の足の事、どうにも上手く追いつけない。
それでも一度決めた以上そのままにするとも考えつかない。
二人でどんどん小さく見える良順の背を追って歩いていく。すると通りの角にある家にスッと良源が入っていくのが見える。
「ああ、良かった。これで声を掛けて行けるの。」
「んだねえ。恩のある先生様だからねぇ、見て知らん
顔は出来ねぇもんねえ。」
二人は足を緩め、定がこうの背中に手を添えてのんびりと歩いた。
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「どうだい、鉄っあん?」
「いやあ、ただの石っころだぜ、良源先生。」
中山鉄斎は袋物の中から朱色の珠を出してみせた。
「何てったって手にスッポリと収まる程の小ささで、
形も様々で磨かれてもいねえ。連中は珠と言ってる
みてぇだが、、こいつはそこらに落ちてる石と変わ
らねぇやね。」
良源はその石をひとつ手に取り、掌で転がしてみる。
ここは鉄斎の住まいであり作業場である。熱や埃が立ち込めるんで、入り口の戸は開け放たれている。
その戸から入り込む光に透かしてみても、確かに何が見える事も無い。
「俺も熱してみたり色々やってみたんだが、旦那の言
う様に光ったりはしなかった。
やっぱり術者が念とやらを送らにゃあ役には立たね
えってトコかい。」
「だから良源先生は、こいつをおいらのトコに持って
きたんだろ?」
良源が手にした朱珠を鉄斎に差し出す。
「まあなぁ、仕掛けでもないもんかと思ってな。」
「そいつはお役に立てなくて申し訳ないが、、こいつ
は誰かがこさえたような物じゃなさそうですぜ。」
「そうか、、旦那も無茶を言ってくれる。調べろった
って、何をどうしたもんだか。」
「からくりじゃねぇなら、この石は知恵のある良源先
生に任せるのが合ってまさぁな。」
珠を受け取った鉄斎も釣られて陽に透かしてみる。
確かに水晶玉みたいに透き通っちゃいる。
ただそこから見えるもの全ては、赤く染まっている。
「どうにも縁起でもねぇや、、わああ!」
そう鉄斎がごちた時、その赤い世界に小柄な人影が現れた。全く気配もさせず、あまりにも自然に湧き出た姿に鉄斎は思わず声を上げた。
「何っ!」
皆川良源もその声に引かれてスッと襟元に手を添え、人影を見据えた。良源も不意を突かれたのだ。
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「ああ、、あのぅ、おらたちだあ、先生様、、」
「ああ、定さんかい。」
良源はニコりと微笑み、何食わぬ仕草で襟元から手を離した。
「先生の知り合いかい?」
鉄斎もフッと息を吐き、サッと自然に赤い玉を袋物に滑り込ませた。
「いやねぇ、歩いてたら先生様を見かけたもんだか
ら、一言挨拶をと思ってねえ。」
「驚かしちまったかの。」
「いやいや、そんな事は無いよ。友達と話してたんで
ね、気が抜けてただけさ。」
良源は微笑を崩さず、足はその後どうだい?なぞとたわいもない話しをしてみせた。
「先生は顔が広いんだねえ。」
「鍛冶屋さんとも友達なんだのう。」
「江戸のこの辺りの人は皆友達だよ。これから拓けて
はいくだろうが、まだまだ狭いからね。」
定とこうは、そりゃあ楽しみだねえと言い、頭を下げながらまた散歩に戻っていった。
つづく