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とても短いお話

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超短編小説。気が向いたら書きます。
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#短編小説

30年後の独り言

30年後の独り言

魔法の誕生2049年。1月。

ARの発達により『物質が実在する』という考え方は、以前と大きく異なるものになっている。

発達した現在のARは、生まれながら脳に埋め込まれており、視覚だけではなく、ありとあらゆる感覚のすべてを人間に与えている。
見るも、聞くも、触れるも、それらすべてがARにより拡張されているわけだ。
そして、ARが人体の感覚器官の一部として認識されるようになり、『現実などではなく、

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長い間、睡眠という深い沼に落ちる直前、瞼の裏に必ず、一つの扉が映っていました。
濃い藍色の扉は、細かな飾り付けが沢山施され、まるで美術品のような美しさでした。次第に私は、「触れたい」「開きたい」「向こうを見たい」と思うようになりました。その気持ちは日に日に強くなり、毎日の生活よりも、その扉の事ばかりを考えるようになっていきました。

しかし、扉が現れるのは、いつも、眠る直前。
そのまま意識を失って

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地球のカケラ

川辺で、拾った二つの石をぶつけて、どちらが硬いかを勝負させて、それをトーナメント形式の大会にして遊ぶ。

同行者達は少し離れた所で肉やらを焼いたり食べたり、ぶりゃぶりゃと話したりしている。そのとても楽しそうな様子は、ちっとも楽しくなさそうだった。

硬い石大会は思いのほか盛り上がる。堅そうに見えたので独断でシード権を与えた薄い青色の石が簡単に砕けたかと思えば、準決勝では両者二つに割れ急遽サドンデス

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桜の木とおはぎの話

卒業式の日に、各々が思い出の品々を持ち寄り、それを手頃なアルミの箱などに詰め、見栄えの良い桜の木の下に埋める。そして同窓会にでも皆で掘り起こし、大いに懐かしむ。
人々はこれを、タイムカプセルと呼んでいる。

とは言っても、これはもう、半世紀も前の風習である。

テクノロジーが発達し、物質も情報化された今、思い出の品を保管し、また、取り出すことなど、クラウド上で十分に可能となっている。
そのため、タ

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夢は鏡

鏡に映る自分を見る。見飽きたはずのソレは未だ不思議と私を困惑させる。

ところで、私の夢は三人称視点である。いつも自分の後頭部のやや上から、私を見下ろす形で進行する。
この前、夢に鏡が出てきた事がある。だが、夢の中の私は、私の事など気遣わないので、三人称視点の私からは、鏡に映る私は見えなかった。はなして、夢の中でも、『そう』なのだろうか。

なるほど、そうか。

確かにいつも、夢の中の私は、後頭部

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明日の水

雨が降ると、どうにも咳が止まらない。湿気のせいか、低気圧か悪いのか。

雨上がりの帰り道、夜道を歩いていると、自動販売機がペカペカペカペカと光っている。冷えた手を温める為にホットコーヒーを買い、手のひらでコロコロと転がそうかと考える。主張する灯りに近寄り、ドリンクのラインナップを確認する。右上の端に気になる商品がある。水色のラベルには黒縁緑色のゴシック体で「明日の水」と書かれている。350mlで3

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タイムパラドクス治験

■実験■
ようやくタイムスリップの原理が解明された。だが、タイムマシンが実用化されるには、まだ重大な課題が残っていた。
タイムパラドクスの危険性についてである。
本人にどんな影響を及ぼしてしまうのか、世界自体はどうなってしまうのか。
タイムスリップの原理から様々な考察がなされ多くの論文が発表されたが、とうとう確証にはいたらかった。

これは、実験をしなければならない。

□青年□

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滅亡の運命

運命を司る女神は、サイコロを振った。幾つもの面を持つそれは、コロコロと転がり、やがてピタリと止まる。止まった面には『滅亡』と書かれていた。

女神は頭を悩ました。運命のサイコロには、結果のみが書かれていて、方法が書かれていないのだ。女神は神々を集め、どうやって人類を滅亡させるかについて話し合う事にした。

神々による議論では、如何に少ないコストで目的を達成させるかの一点について、何日も検討が繰り返

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タイムスリップ泥棒

男はいつものように全く無駄の無い動きで、アパートの一室に入った。あまりにスムーズな動作のため、端から見たら自分の家に入ったように見えるだろう。

だが、男は泥棒だった。それも凄腕のプロフェッショナル、一流の泥棒だ。

今回の仕事も完璧にこなす予定だ。住民の情報も十分に集めた。32才の独身のサラリーマン。今日は出張で帰らない。趣味は腕時計とアンティーク。良い趣味をしている。独身故に金は有るのだろう。

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記憶珈琲

その喫茶店は、ひっそりとした住宅街に、これまたひっそりと営業をしています。他のお店には無い特別な珈琲を出すので、街のみんなはお洒落なチェーン店などには行かず、この喫茶店で珈琲を飲みます。
もともと珈琲は、その成分と香りから、様々な記憶を呼び覚ます効果がありますが、この喫茶店が出す珈琲は、なんと本人以外の記憶をも呼び覚ますのです。それも、圧倒的に明確で詳細な記憶を。

街のみんなは、この喫茶店が出す

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五年前ボタン

話はとても長くなるんですが、僕がそのボタンを初めて手に入れたのは、ちょっと計算が難しいけれど、世界の時間で考えると、えっと、あ、今から三年前の事です。そうです、そうです。
僕にとっては、もう・・・、
何年前の事かなんて、わかりません。

駅前の喫茶店で、古い友人から貰ったんです。そりゃ、初めは信じませんでしたよ。こんな玩具みたいな、よくわからないボタンが、押すと五年前に戻るボタンだなんて。

友人

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星の子供

博士は隕石を調べていた。
昨日、博士の家の庭に落ちたのだ。

博士は街から離れて暮らし 小高い丘の上にぽつんと立つ家に住んでいた。隕石は直径30cm程の小さな石。黒くて硬くて、光をよく反射させキラキラと光る。宝石のような見た目だが、専門家の博士は、全く別の結論を出していた。

「これは、卵だ。」

博士は物質としての調査だけではなく、生物の卵として、孵化を試みた。地球外生命体となれば、歴史に残る大

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命をかける

「命をかける」
その行為の見返りとして得られる報酬は、当然、命である。

ここは死神の賭場。
不良な死神達が、日夜、命を賭けた勝負事に興じている。賭ける命は他人から奪った他人の物で、賭けの内容もまた、他人事だ。
他人の命をいくら賭けても、スリルも何もあったものじゃない。他人事の内容では、情熱も湧かない。死神達は、持ち前の生気の無い死んだ目をして、淡々と命を賭ける。

こうして人々の命懸けの生き死に

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目覚め

さて、どうしたものか。

目覚めたは良いが、記憶が全く無い。自分の名前すら思い出せない。周りには何人もの大人が取り囲んで、俺の目覚めに喜んでいるようだ。
だが、どの顔にも見覚えが無い。困った様子から、記憶が無い事を察したのか一人一人自己紹介をしてくれる。やはり、名前も聞き覚えが無い。仕方ない、顔と名前を覚えるか。

何人もの大人が代わる代わる俺に質問をしていった。記憶が残っていないか確かめているの

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