タイムスリップ泥棒

男はいつものように全く無駄の無い動きで、アパートの一室に入った。あまりにスムーズな動作のため、端から見たら自分の家に入ったように見えるだろう。

だが、男は泥棒だった。それも凄腕のプロフェッショナル、一流の泥棒だ。

今回の仕事も完璧にこなす予定だ。住民の情報も十分に集めた。32才の独身のサラリーマン。今日は出張で帰らない。趣味は腕時計とアンティーク。良い趣味をしている。独身故に金は有るのだろう。申し分の無いターゲットだ。

男は事前や調べ上げた情報を元に、住民の人間性、思考や心理状態を深く分析し、無駄なく高価な品々を探し出す事を得意としていた。しかし、最も大切で忘れてはならないのは、侵入後に住民の部屋を入念に観察する事で最後の情報とし、事前の分析結果の確認をする事だ。これは、今回の盗みをより確実なものにするためだけではなく、正確なフィードバックを得ることで、PDCAサイクルをきちんと回すことを目的としている。プロの仕事とは絶え間ない反省によってのみ成されるのだ。

男はいつものように部屋に入り観察をする。部屋は一切荒らさない。少しも盗みの形跡を残さないのがモットーだ。

リビングの壁の一面はディスプレイになっていて天井と床にはスピーカーが仕込んである。
情報通り映画好きのようだ。隅に置かれた木製の棚には、古い白黒映画のDVDが大量にしまわれていた。
向かいには繊細な装飾が施された大きな椅子が置かれ、そこに座り映画を楽しむ住民の姿が想像出来た。これもアンティークなのだろう。ただ、盗みだすには大きすぎる。狙うは腕時計だ。だが、この部屋には腕時計は無いだろう。

リビングを十分に観察したところで、本命の寝室へと向かう。男の分析によると、腕時計は全て寝室に飾られているはずだった。

しかし、男は寝室で己の分析が酷く誤っていたと、深く反省をする事になる。

寝室には見たことの無い機械が置かれていた。一言で表現すると「センスのないデザイナーが手掛けたマッサージチェア」だ。椅子の部分は複数の大きなリングで覆わている。座り心地は最悪だろう。頭が当たるであろう部分は美容室のパーマをかける際に使用される機械のような形状をしている。意味が有るようには見えない。
どう見てもアンティークでは無い。男の分析結果では住民はこんな得体の知れない機械を部屋に置く人間では無かった。

更によく観察をしようと機械に近付くと、その機械は冬眠から目覚めたかのように動き出した。
椅子を覆うリングが広がり、ぐるぐると回転し、パーマ用の機械は緑色の光を発しながらリングの内側を照らし出す。
それぞれのリングはどんどんと巨大になり、回転数も増す。リングの内側は隠れ、椅子はすっかり見えなくなった。

キーンという耳が痛い音と共にリングは回転を止め、照らす光は青色に変色していった。
リングが割れ、椅子が姿を現すと、そこにはターゲットの住民が座っていた。

「やはり、この日に盗まれていたのか。」
住民はゆっくりと立ち上がると、男に近づく。

「盗もうとしたのは、これだね。」
男の腕にはいくつもの腕時計がつけられていた。
「精密な時計が複数必要でね。盗まれて非常に困っていたんだ。」

男はわけがわからないながら、無意識のうちに住民をよく観察し、集めた情報と合わせ分析をしていた。

「君にはこれから沢山協力をして貰うだろうし、きちんと説明するよ。」

住民は思考の読めない笑みを浮かべ語り出す。

「僕はアンティークが好きでね。だけど他人が使った中古品は嫌なんだ。それで、どうしても新品のアンティークが欲しくなって、作ったんだ。タイムマシンを。」

男は住民の話を聞きながら情報を整理する。
この住民は頻繁にアンティークを扱う店に出入りしていた。その品々の情報も精力的に集めていた。そして、それを手に入れた事を自慢げに話す事が多かった。だが、購入している所を見たことが無い。どうやって手に入れたかもわからない。
リビングにあった椅子は異様に綺麗だった。棚も机も。アンティークだと思ったのはその美しくて繊細な装飾が故だ。
男は住民の話を信じる事にした。常識に縛られず、自らの思考を覆す速さと潔さこそ、プロたる所以だ。

あのアンティークは、作られたその時代から盗み出されていたのか。タイムマシンを使用して。
仮説を立てる速さも盗みには必須である。

住民は続けて、こう語る。
「君にはその泥棒の腕で僕に協力をしてもらいたい。どうしても盗めない品があってね。その代わりに、タイムマシンを使わせてあげるんだ、良いだろう。それに、君は協力をしたほうが良いんだ。君の未来のためにも。」

男は住民を睨むように見つめ、その読めない表情とオーバーなジェスチャーから、思考を分析する。

「そんな顔しないでよ。ちゃんと説明すからさ。君はね、二年後に捕まるんだ。いくら凄腕だからって美術館を狙うのはやりすぎだよ。君に盗まれた被害総数が凄まじかったから、結構なニュースになったんだ。中には盗まれた事すら気づいて無かった人もいた。本当に凄腕だね。まぁ、そのおかげで僕もこの時計が戻ってきて、ようやくまたタイムスリップ出来たのだけれど。」

男には、いずれ狙おうと思っていた美術館があった。むしろ、それ以外はそれまでのトレーニングだと考えていた。何故、どのように計画に狂いが生じたのか、未来の自分が捕まった事を反省する。

「だから、君は僕に協力したほうが良いんだ。美術館に盗みに入るくらいなら、その美術品が作られた当時に戻り、直接盗めば良いじゃないか。そうだろ。」

男は住民の言い分に説得されかけていた。だが、一流の泥棒としての思考は止まる事はない。

「さぁ共に過去に行こう。二人で最高の泥棒になろうじゃないか。」
住民は両手を大きく広げる。その腕に付けられた時計がジャラと音をたてる。


精密な腕時計が必要だとして、何故二年もタイムスリップをしなかったのだろう。それに、あの数。始めは住民の趣味だと考えていたため違和感は無かったが、つまり・・・。


男はポケットにしのばせた催涙スプレーを散布し、忍者のごとく姿を消した。
逃げる技術も一流である。泥棒として当然のリスク管理だ。
しかし男はただの泥棒ではない。盗みは必ず完遂するのだ。

残された住民は未来の椅子型のオモチャに座り、泥棒と共に消えた腕時計の無い両手を見る。
「またタイムマシンを盗まれてしまった。」



二年後、住民がニュースを見ていると、展示している全ての絵画が美術館から盗まれたと報じられていた。犯人は見つかっていない。勿論、あの男の仕事だ。

男はタイムマシンを駆使する事で、二年前に知った二年後の反省を活かし、見事美術館からの盗みを成功させたのだ。事前に当日の情報を集め、事前に反省を繰り返す事で仕事は更に洗練されていった。

こうして一流の泥棒は完璧な泥棒になったのだが、一つだけやり残した仕事が残っていた。

腕時計型のタイムマシンを盗んだ際に、ターゲットにバレてしまった事である。
男は完璧に仕事をこなす。
腕に付けた幾つもの腕時計を慣れた手つきで操作をし、二年前のあの日に戻る。



男が寝室に入ると、寝室には大きなベッドと綺麗な装飾の施された机があるだけだった。予想通り机の上には複数の腕時計が飾られていた。無駄は一切許されない。目的を達成すると直ぐにターゲットの家を後にする。

直ぐに男が寝室に入ってくる。自らに見つからぬよう隠れていたのだろう。そして、盗んだ腕時計を元の場所に戻した。これで盗みの形跡は残らない。住民もこの日にタイムスリップをして戻って来ることは無いだろう。目的を達成すると直ぐにターゲットの家を後にする。

直ぐに男が寝室に入ってくる。自分達に見つからぬよう隠れていたのだろう。再び、飾られている腕時計を盗み、そのままターゲットの家を後にする。
これで住民はタイムスリップは出来ないのでこの日にタイムスリップをして戻って来ることは無いだろう。


男は完璧に仕事をこなし、誰にもバレる事無く、盗みを完遂した。

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夢蒟蒻
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