夢蒟蒻
毎日一つ嘘をつきます。誰も傷つけない嘘を。
日記とは名ばかりのメモ集
何を言っているのか己でもわからない
言葉と遊ぶ遊び
超短編小説。気が向いたら書きます。
ランドセルに木の枝が入っていた。 何の木かはわからない。長さは10cmくらいで、先が二股に分かれいる。にぎるとヒンヤリと冷たい。少し強く握ると暖かく、微かに生命を感じた。ただ、それは手のひらの温もりである事はわかっていた。 デコボコとした表面はかさぶたが固まったようでもあり、恐竜の皮膚のようでもあった。恐竜を思わせるさわり心地を気に入り、僕はそれを勉強机に飾る事にした。 勉強机にはいくつもの先客がいる。 母の旅行土産のクッキーが入っていた空き缶と、そこに入れた鉛筆たち。消
うさぎは月で餅つきをしているのではない。 月がお餅なのだ。 砂糖醤油で食べたい気持ち。
自転車に乗っている。 とりあえず、線路沿いをひたすらに進んでみようと思った。 特に理由は無いんだけど、自転車に乗ってるし、何より涼しいし。 気持ち良い風に吹かれながら、すいすいと進む。 すいすいと進むと、一定間隔で駅が現れる。だいたいが寂れた無人駅だけど、たまに少し栄えた雰囲気だけある駅に出くわす。 雰囲気だけで、人はいない。 一人もいない。 そうやって何駅も通り過ぎ、どんどんと進む。 どんどんと進むと、少し暗くなってきた。日が沈みかけているのに、少しも夕焼け無い。
便利さや合理性と逆行する魅力が、味わいとして確立している。そんなこと、大昔からずっとそうだ。 不便で面倒で大変で、手間も時間もかかる。 だからこそ愛着が湧き、愛おしく想う。 天の川銀河へ行くために、わざわざ鉄道に乗ったのも、それが一番趣深いからだ。
雲の上で出会った、そこで暮らす少年に「空の絵を描いてください」とお願いをしたら、満面の笑顔の自画像を描いてくれた。
空高く、うんと高く。 巨大なハムスターがパラシュートを付けてゆっくりと落ちている。 空を覆うほどのジャンガリアンハムスターだ。 手足をぱたぱたと忙しそうに動かしている。 ぼすん、と大きな音をたて、雲の上に無事着地したハムスターは、そのまま一目散に走りだした。 ハムスターが走る。 すると、瞬く間に夜になる。 ハムスターが走る。 あっという間に朝がくる。 ハムスターは走り、宇宙が回り、そして疲れたら、とまって、そして、ゆらゆらと揺れる。 宇宙も揺れる。ゆらゆらと揺れる。 ひ
オーロラはカーテンのようだ、とはよく言われている。 まあ、実際にカーテンなので、良い観察眼だと感心はするが、もう少しだけちゃんと見て欲しい。 光が空に向かって垂れているのはわかるかな。 本当はちゃんと床まで伸ばしたかったのだけど、採寸を誤ってね。ちょこっとばかりつんつるてんな格好になってしまったのだ。 妻には「どこがちょこっとなのよ」と怒られた。 実は間違えて出窓用のを買ったのだ。とは、いまさら言えないな。
友人と話している最中、急に雲の形が気になって、ちらっと空を見てしまった。 どうやらその仕草が心理学的に嘘を付いている所作だったらしく、友人からは厳しく追求されてしまった。 実際に嘘を付いていたので仕方がないのだが、心理学とはなんとも適当なものだ。 そんな事を思っていたら、後日また嘘を付いていると、急に雲の形が気になってきた。 そして気が付いた。 嘘を付くと雲は猫の形になる。 こうして嘘はバレるのだな。
意識の殻に穴が空いた。 ちょうど頭の一番上のところ。 意識は一気に雪崩出て、希釈され世界へ溶け込んだ。 だけど身体はいまだ形作り、自分として存在している。 己と世界は曖昧に混ざり、それでも変わらず命は続いてる。 空想も想像も夢も、今はすべてがなんとなく世界と等しいが、ただ、急に空が青くなっていった気がした。 前からだと言われたら、そうなのかもしれないけれど。
ボールペンをバラしたらバネが出てきた。 指先で潰したり、伸ばしたり、くるくる回しながら螺旋を辿ったりとしていたら、気が付くともう休み時間になっていた。 書き途中のノートには「ラクダよりもペンギンの、かさ」とだけ書かれていて、続きを確認しようにも黒板はもう綺麗に消されていた。 なんだかよく分からない。 今日の授業の内容はテストに出ないといいな、と願うと、バネがぴょんと跳んで、「気にするなよ」と言っている気がした。
子供のころは、ピアノの黒鍵の上をスキップをするように走っていた。 後ろから、綺麗な音楽がついて来るようになった。 すぐに追い抜かれ、大人になるとどこかへ行ってしまった。 スキップはもう、しばらくしてないな。
教室を思い出すといつも不安になる。 なにかが、変。ずっと。 違和感は最初から感じていた。 黒板が真っ黒なんだ。 確かにそうだ。本来、黒板は緑色のはずだったんだ。 あの黒板消しのせいだ。消しすぎた。なにもかもなくなってる。 早く黒板消しクリーナーを用意しないと。それもとんでもなく大きな。 一回、吸い込ませて綺麗にしよう、全部。 全部。
今年の抱負を連ねた文章を書いていたけれど、達成しようとする事が嫌になってしまった。 気の向くままに暮らす一年にしよう。
茄子を詰めたロケット。 それを太陽へと打ち上げる。 これでよし。 大晦日は遅くまで起きている人が多い。 そのため、どうしても多少は夢の提供が混み合ってしまう。 対策として、幾分かの夢を似通ったものにする事で、ある程度の負荷を低減させている。 幸い、おめでたい夢として共通の認識が広まっているので、それに則っておけば不満や不信は出にくい。 ロケットに詰めた茄子は、初日の出の共に夢に現れるだろう。 最近はなんでか、初夢は元日の夜に見る夢だなんて言われてるけれど、そんなのは面倒
家を出ると、また、玄関の目の前で巨大な林檎が回っていた。 今日のは、おおよそ2m前後の大きさだ。 芯を軸に横方向に高速回転し、ブウウンと低い音を上げている。 回っているのは良いことだ。 急いで家の中へ戻り、キッチンから果物ナイフを手に取り、林檎へと向かう。 高速で回転していることを利用すれば、皮を剥けるはずだ。 背伸びをして、果物ナイフをそっと林檎の上の方へ添える。 キュルキュルと細長く赤色の帯が誕生する。 腕を持って行かれないよう、両手で踏ん張る。 丁寧に角度を調整し、
今年のサンタクロースは、ソリの上から袋いっぱいに入れたビー玉を夜空へと撒く事で、まとめて子供の希望を配るそうだ。 望みの多様化に対しての対策らしいが、個人的にはとても嬉しい。 夜空にきらめくビー玉は、今から楽しみだ。 でもそうなると、去年夜空に撒いた色鉛筆を片付けておかないと。 天袋にしまった折り畳み式のソリの出番かな。