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珠玉集

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#小説

【イベント告知】文学フリマ東京39出店します!【文芸ムックあたらよ第二号・先行販売!】

『文芸ムックあたらよ 第二号・特集:青』 間もなく販売! 新刊『文芸ムックあたらよ 第二号・特集:青』を12/6より販売開始致します! 神戸のひとり出版社・EYEDEARがお届けする、文芸ムック第二号! 『青』をテーマに、豪華執筆陣が小説、エッセイ、短歌を書き下ろし。また、同テーマにて開催し、453作品が集まった『第二回あたらよ文学賞』の受賞9作品を一挙掲載。 今、わたしとあなたがいちばん楽しめる文芸誌。いつまでも明けることのない素晴らしい夜――あたらよを共に楽しもう!

短篇小説『十月のアネモネ』

 町とも呼べぬ町。  ヒトが軀も心も生きられる最低限だけ揃えたふうな、錆びつき朽ちゆく町に。  たいした幅のない、しかし果ての知れぬ水路を境界線として、森が、たかく、厖大に、そびえている。  午后3時。薄曇の空をはんぶん、夜にしてしまうかのように。  葉の1枚も落ちない常緑樹の森って、こんなにも暗い、黒黒としたものだったろうか。緻密且つダイナミックなちぎり絵のように葉は無数に繁り、膨らみ或いは垂れさがり、気の遠くなる樹齢であろう魁偉な幹たちとともに空間を埋め、周囲迄も影

掌篇小説『紙のドレスを着た女』

 ホテルへ向かう。 「部屋の鍵を開け放して待っている」  と云う、男のところへ。「○○ボーリング場のすぐ南だから」  公衆電話からの回線によるか当人の資質か、くぐもって如何にも後ろ暗げな声による道案内はそれだけで、スパイでもあるまい、只のどこにでもころがる既婚者だろうに追われるように切れた。  私は《昔アイドルみたいなプロボウラーがいたんだっけ?》とぼんやり思うぐらいでボーリングなんて男みたいに球を片手で持てないし遊ばないから『○○ボーリング場』も知らないし、外は地球がイ

掌編: 霧にいた二十年

 霧の朝を車内で迎えた。 二十年記念日は雲海を見ながら過ごしたい、 そんな夫の要望で日付が変わる頃には家を出て、車内で眠っていた。  目覚めると辺りは霧の中。ほんの数メートル先が幕を張ったように不透明。対向車のヘッドライトも白味がかってマイルドな光を射す。 めくる風景は山林で、枝がない真っ直ぐな杉が整然と緑を成していた。 「もうすぐ着きますよ」  夫は正面を見たまま、私の起きた気配で声をかける。 「山ってもっと鬱蒼としているかと思いました」 ドリンクホルダーから取るミルク

掌編小説|てっぺん

 じわと滲むように、その一部は湿り気を持った。かかる圧が強ければ強いほど、体の奥に潜み機をうかがっていたものは、ここぞとばかり膨張して外に出ようとする。  そんなに圧を高めたら体に悪い。魔物は平気な顔をして皮膚を突き破る。  わからないかなあ。もう、今となっては少しの傷でも治りにくいんだ。  べたべたの体で街を歩きたいかね。醜い破裂を繰り返す体が、煌めく十二月の街にふさわしいと思うかい。そういう美意識の低さ。情けない。    寝ていると思っていた。しんと静まった夜だ。野獣の

文房具屋の店主

「みのや」に私たちは群れをなして訪れ、店主に嫌な顔をされながら、かわいい文房具を探して、長い時間を過ごしたものだった。香りを含んだ消しゴムとインクの香りが混じり合った清潔な空気感が、午後の「みのや」には漂っていた。2軒隣にある駄菓子屋「イイダ」の猥雑で、ダンボールのすえた香りとは違う清冽な雰囲気が、私たちには感じられた。 店主は唇の下に黒いホクロのある女性で、当時32歳くらいだっただろうか、ショートボブの髪型が知的に見えた。性の匂いはあまり感じられない、ニュートラルな顔立ち

正直、創作に嫌気がした人へ

 頭や理屈で判っていても、 心が受け入れないときがある。  なんの慰めにもならないけど、 気分が換気できればと思い、書いてみる。  わたしはコロナ禍にある頃、 二軒のクラブから雇われママとしてスカウトされた。理由は聞いてない。聞いても忘れた。  その頃は皆さまもご存知のように、飲食店は大打撃に遭う最中。 「いつまでも世間は閉じてない。 やがて再開する日が来るので、そのときにお願いしたい」とのことだった。  雇われが付いても、ママ。 一体どんな仕事で、なにを、と実社会

私のお母さん

 朝、おにぎりを作っていると、お母さんが起きてきて言いました。 「ゆいちゃん。何してるの?」  お母さんはキッチンに入ってきて、お弁当箱をのぞき込みました。 「まだ見ちゃだめだよ」  私は慌てて近くにあった鍋のふたでお弁当をかくしました。 「ね、それってもしかして私に?」  そう言われると照れくさくて、私はお母さんに背中を向けてうなづきました。 「ゆいちゃん、だから早起きしてたんだ。やだあ、なんか涙出ちゃう」  お母さんが泣いているような声を出したので、私は「早く準備しないと

冬の海

掌編小説 ◇◇◇ 「一人で冬の海に行ってきた」と妻が言う。  それは夕飯を食べる前のことで、食卓には揚げたてのとんかつが用意されていた。妻は対面式のキッチンの向こうにいて、冷蔵庫の扉を開けているところだった。  先に食卓に着いていた佳之は、「物好きだな」と何でもない風に笑ってみせたが、「風が冷たかった」と呟いた妻の声が食卓に届くと、その抑揚の失われた行き場のない響きに、不穏な気配を感じずにはいられなかった。  妻の表情を確認したかったが、ちょうど開けた冷蔵庫の扉に遮

短編小説「毛むくじゃら」

 わたしの家には毛むくじゃらがおります。それはそれは大きくて、歯をにっと剥き出しにして笑うのです。機嫌の良いときはさらさらと風に身を任せて踊り、機嫌の悪いときはその歯を牙のように尖らせ、ごうごうと音を立ててわたしを怯えさせるのです。  真夜中というのはあまりに恐ろしく、謎めいたものでありました。というのも、このころはまだまともにオイル・ランプすら出回っていなかったのですから。そんな時代につねにわたしの人生に居座りつづけたこの毛むくじゃらは、ただひたすらにわたしを怖がらせました

【自己紹介】本を読み、豊かに暮らす。

こんにちは。むささびと申します。 前に自己紹介noteを書いてから、ずいぶん時が経ちました。 今回は、改めて自己紹介のnoteを書いてみたいと思います。 簡単なプロフィールや、これまでのこと・これからのこと、好きなことなどについて、とりとめもなく書いていこうと思います。 ■ 自己紹介 プロフィール 神奈川県で生まれ育ち、今は東京の片隅で一人暮らし。 1997年の夏生まれ。今年社会人4年目の会社員です。 周囲の人からは、よく「落ち着いてるね」と言われます。 で

なりたがる金魚(短編小説)

 他を知らないので、そしてあまりにも自分と違っているので、それが美しいのかどうか、私には少しの見当もつきませんでした。  それでも何故だか惹かれて、つい目で追わずにいられなくなるその毛並みを、私はいつもいつもガラスのこちら側から眺めていました。    彼はいつものびやかでしなやかで、仕草や行動のひとつひとつがとても優雅に見えました。  私には想像のつかないほど広い、この古びた屋敷の中を、彼はまるで自由に動き回っていました。    私はと言えば、縦も横もあっという間に終わってし

小説を書いたり読んだりする人が答える20の質問

以前、テンプレートをお借りしてこのような記事を書きました。 こういう質問を自分でも考えてみたくて、20問だけ作ってみました。 現在note内で質問に答える記事が流行っているので便乗します。(正直) 誰かに答えてもらうつもりで作って、結果、自分で答えています。 #孤人企画 Q1、あなたは、目的なく大きな書店へ立ち寄った時、まずはどのコーナーへ行きますか? 小説の新刊平積みコーナーへ行きます。その後、文庫棚をひたすら歩き回ります。 Q2、好きな本の装丁を見せてください

誰かと、出会うということ。

点と点はいつか線になるっていう言葉は馴染みすぎたぐらいのきらいがあるけれど。 時折、点は点にすぎないのだけど。線につながることもあって。 そう感じたくなる経験も数年に何度かは訪れてくれることがある。 一度出会って今は出会わなくなってしまった人は時々記憶の中の登場人物となって、お茶碗を洗っている水に触れている時やシャンプーしている時など、不意に現れては消えてゆく。 消えてゆくのだけど。 またいつか泡のように記憶が再生する。 10月のはじまり。  不甲斐ない想いをしていた時