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珠玉集

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心の琴線が震えた記事
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2024年8月の記事一覧

(短編小説)ヨーグルト、ベーグル、メープルはため息を逃がさない

「殺し屋がここへやってくる」 妻が子供の世話をやめた。 私は自分の子供の名前をまだ思い出せない。 確か、マイケルだか、ヨーグルトだか、ベーグルだか、メープルか、それ以外の何かだったはずだが所詮役割をもたない由来からとった名前だった気がする。 おそらく4歳を迎えたであろう息子に今改めて名前を付けなおすとするなら何にするだろう。誰に似たのか間の抜けた表情で、柔らかい朝の陽光を一身に浴びながら、私の妻の、母という手と愛情に満ちた張りぼてを享受している息子の名前は『1973』年に

『短くて、さびしい。』

花火の手、という表現を息子は使った。 線香花火が爆ぜ、その火花の先端が枝分かれする様を捉えて、「花火の手」。確かに言われてみればそう見えなくもなく、ぢりぢりと明滅するそれを眺めながら、子どもの発想とは柔軟なものだ、と私は唸った。 「優斗はすごいな。まるで詩人だ」 妻に向け、語りかける。しゃがみ込み、息子の目線で花火を見守って。その小さな身体がわずかでも危険に晒されようものなら、すぐさま身を挺して守ろう、という気概が感じられる。 「でしょう」目は優斗に固定したまま、妻が

『今朝の月は細く弓形』

今朝の月は細く弓形、東の空に浮かんでいた。 日の出前、まだ薄暗い時分に家を出た息子の背を見送り、家の中に戻る。普段は布団の中にいるはずの夫が、囲炉裏の側で蝋燭を立て、草鞋を編んでいた。 「起きているなら、見送ってやってくださいな」 土間から上がり、語りかけるも、夫は仏頂面のまま手を動かし、こちらを見向きもしない。苛立っているのか、藁を目指す穴にうまく差し込めず、編み込みに何度も失敗している。ため息をつき、私は囲炉裏を挟んだ向こう側、膝を折って座る。 「桃には、あの子の好

旅の記憶 〜photo EGYPT ①〜カイロ

エジプト・アラブ共和国(通称 エジプト) アフリカ大陸の北東端の国 エジプトと聞けば 何を思い浮かべますか ピラミッド、砂漠、ナイル川、古代文明… どことなく謎めいた 神秘的な国、でしょうか ちょうど5年前 夏休みに友人とふたりで、当時エジプトで暮らしていた 共通の友人に会いに行きました “会いに行くよ” なんて軽いノリにしては えらく思い切った冒険でした 友達と旅なんていつぶりだっただろう しかも海外、しかもエジプトだなんて このきっかけがなければ 生涯行くことのなか

流れ星 シロクマ文芸部

流れ星はどこから来て、どこに流れていくのだろう。 地球に落ちた流れ星は、何かの使命を負っているのかもしれない。 流れ星と言うからにはそれは星なんだろう、でも考えつかないような別のものかもしれない、いや、宇宙船の名前かも。 流れ星に一度会ってみたい。と言うより乗ってみたい。星の世界ってどんなだろう。 そんなことを思いながら毎日夜空を眺めているトムリなのです。 トムリの望みは叶うのかな…… トムリがいつものように夜に外に出ると、裏庭に続く草原に彼女は立っていた。 夜にもかかわ

第二回 あたらよ文学賞 一次選考結果発表

【一次選考通過作品について】 あたらよ文学賞選考委員会による厳正な選考の結果、応募作品453作品のうち、下記52作品を一次選考通過としました。(到着順・名前はペンネーム、敬称略) この後、二次選考及び最終選考を行い、受賞作品を決定致します。 ※選考過程に関する問い合わせには一切応じられませんのでご承知ください。 ◇ 葬礼業者の弟子 / 千葉ヨウ 無重力のアオイソラ / 結城熊王 あまいさかな / 世良綴 青はおひめさまのいろ / 咲川音 グエン / 華嶌華 遥か東の

自分のためにやっているだけよ

 8月30日の朝、いつものように、朝ドラ『虎に翼』をみた。  わたしにとっては、心が揺さぶられる回だった。前半、のどかが自分の本当の気持ちを言う場面では、「言えてよかったねぇ」とすごくすごくうれしくなった。  そして後半、主人公の寅子が、後輩の秋山と話す場面のこと。  秋山は産休を取る前日に、泣きながら相談に訪れる。産後、裁判官に復帰する予定だが、「今仕事を辞めた方がいいのではないか。寅子や周りの期待通りに頑張る自信がない」と、本音を漏らす。産休後、秋山がちゃんと今の場

【ピリカ文庫】東京のおじさん

【Osada Akane's Case  ー 長田茜の場合】 こんな人生しか生きられないなら、 もう終わりにしていい。 幼い頃は分からなかった。 いや、疑問すら抱かなかった。 親の言う通りにしていたら、誉めてくれた。 欲しいものは、何でも買ってくれた。 やりなさいと言われたことは、全部やってきた。 少しずつ、本当に少しずつ。 水底に澱が溜まっていくように。 気が付いたら、私の心の中の疑問が大きくなっていた。 医師は素晴らしい職業だと思う。 だけど、私がなりたいかどうかは

たまに自分が恐ろしくなる。【エッセイ】

たまに私はどこか異次元に翔ぶ。 皆さん、蝉の抜け殻は何を考えているか考えたことはありますか? いったい何を考えていると思いますか? 中身はもうありません。なんせ、抜け殻ですから。 そんな蝉の抜け殻は何を考えているのでしょう。 必死にしがみついている姿。意思があるように思えて、実は存在しておりません。 つまり、空なのです。 言ってること、分かりますか? しかし、あの必死にしがみついているようにも思える蝉の抜け殻に意識があったとして、抜け殻はしがみつきながら何を考えている

小説/2枚目のメッセージ《#ピリカ文庫》

『東京』『ヲ爆』『破する。』 8月30日午前 0 時。3枚のファックスが県内の複数マスコミ会社に送信された。正確に言えば、最初の『東京』が 0 時ちょうど。次の『ヲ爆』が 0 時10分。次の『破する。』が  0 時15分。 爆破予告が届いたとすぐに判明したのは、MHK前崎、テレビぐんま、群馬中央新聞、前崎タイムス。いずれも一般市民が知り得る代表番号宛にインターネット経由で一斉送信されたとみられる。 県警記者クラブに詰めている記者から、雑談としてそれを聞かされた県警の広

【創作】ラはラララのラ

サモ・ハン・キンポーのこと覚えてる?、と君に訊かれた時にとっさに気の利いたことを言えなかった僕を君は、あなたにそっくりなの、とダメ押しのように僕を無言にさせた。 僕は市役所の委託で、放置自転車の回収に携わっていたから、特にこんな暑い夏には、サモ・ハン・キンポーのことなんか思い出しもしなかったよ、と二週間後に答えたのだけれども、君は何のこと?と首をかしげた。 それよりも二人でいった修学旅行のことを最近よく思い出すの、と君は言う。僕がちょうど5年生の秋ごろ、父親が長い闘病生活

文フリ大阪12つるとき書店の夢十夜祭!

本記事は2024年9月8日日曜日開催文学フリマ大阪12へのご招待でございます。 ちょっと待った、何なんですかその記事タイトル。 えっと、文フリまであと十日でしょ?で、最初「前十夜祭」ってしたんですけど、当日までに十夜あって、せっかく文学の祭りなんだからと思って、漱石の『夢十夜』を引っ張ってきたのです。 ……何だか無理がありまくる気もしますが、重要なのはタイトルよりも中身ですね。ささ、本題に参りましょう。 そう、だからあと十日ほどで文フリ大阪開催なのですよ。 私もですね、

【短編小説】ヒトリ珈琲

■バニラマカダミア~金田由紀子(45) 消える、ってどんな感じだろう。 夕食をテーブルに並べながら、ぼんやりと由紀子は考えていた。 死んでしまおう、なんて絶望感はない。痛いのも苦しいのも、いろんなところがぐちゃぐちゃになるのも嫌だ。もとからそんな勇気は持ち合わせていない。 そんなことではない。 カレンダーを見る。 赤丸のついた日はパートにでる日だ。 明日は早出で、苦手な増山さんとコンビを組まなければならない。 またあの、息を吐くにも彼女の許しを乞わないといけなくなる

簡単に粉砕しがちな心

流れ星に自分の願いをかけることはなかった 動体視力が良いせいか 流れ星を見つけるのが得意だった まだ視力が良かった頃 数人で流星群を見に行った際 私だけが次々と流れ星を指差し 「流れ星名人」と呼ばれた しかし、一度も自分の願いを呟いたことはない チカッと光る流れ星が 大きな弧を描くのに、声が出せない 人の幸運を願うのだから 本気を出していないと疑われそうだが 私は本気で呟いていた 次に流れ星を見たら 自分自身の願いを言おうと決めた 自己憐憫に囲まれた自分を解放したい