LOON SHOT クレイジーなアイデアをイノベーションにつなげる手法とは?
「なるほどイノベーションにはルーンショットとフランチャイズの『バランス感』が重要ということか」
先日、知人と一冊の本を取り上げて会話をしました。「LOON SHOT」。私も今回初めて読んだ本ですが、なかなか刺激的な本でした。自分の仕事にもかなり影響を与えてくれる一冊です。
「イノベーション」という言葉はビジネスの場ではすっかり市民権を得ましたが、その創出の仕方については様々な方法論が語られる中、なかなかつかみどころがないのも事実です。
そこに一石を投じる本書。ルーンショットとは何なのか、イノベーションに必要なこととは何かについて考えます。
LOON SHOT(ルーンショット)とは
今回取り上げるのはこちらの書籍。サフィ・バーコール氏の著書「LOONSHOTS ルーンショット クレイジーを最高のイノベーションにする」です。本の帯には「世界を覆す究極のしくみ」という言葉。思い切り振りかぶった感が否めませんが、読んでみるとなかなかの衝撃とボリューム感。
「ルーンショット」とは著者が作った造語です。簡単に言うと、常識からすると「バカげていてクレイジー(loon)」な考えでありながら、野心的で重大なアイデアということ。この言葉は世界を変えるビジネスの創造メソッドを語った、ジョン・スカリー著の「Moonshot!」に引っ掛けている言葉ですね。こちらは月に宇宙船を飛ばすくらいのビッグビジネスを生み出せ、というニュアンスで語っている言葉です。
これまでも革新的な薬や、産業そのものを変革してしまうようなテクノロジーの誕生は、孤独な発明家の一見すると「バカげたアイデア」から生まれていることが多いです。こうしたアイデアはともすると、「バカバカしい」と、多くの人から市場に出るまでの過程で「潰される」ことも多いです。つまり「ルーンショット」は壊れやすくて、日の目を見ないことが多いということです。
2つの「相」のバランスを見る「庭師の視点」
本書で面白いのはイノベーションがうまく行く組織とそうでない組織のメカニズムをメタファーとして熱力学などで用いる「相転移(phase transition)」という概念で説明しているところです。相転移とはつまり、水が一定の条件を満たすと氷に変わるように、企業や集団の振る舞いも一定のサイズを超えると変化することを表現しています。水も氷も、もともとは同じ組成のものですが、外気の環境によって変わってしまう。これは会社も同じで、同じ人材の組織なのに、いつの間にか違う会社のように変貌してしまうことを表現しています。
水が氷に変わる(つまり相転移する)時、その変わり目では水と氷は共存します。相転移の境界における二つの相が共存していることを「相分離」と呼び、両相は離れていながらも結びついている状態。二つの相のつながりはバランスのとれた往復循環のようであり、この循環を「動的均衡」と表現します。
このメタファーをビジネスにおけるイノベーションに置き換えると「ルーンショット」と「フランチャイズ」の二つの相の共存ということになります。「ルーンショット」は前述の通り、「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるような、世の中を変える画期的アイデア」のこと。こうした「ルーンな(ばかげた)アイデア」をビジネスとして商品やサービスに昇華していくためには「フランチャイズ」の力が必要と説きます。この「フランチャイズ」という用語もバーコール氏特有の表現。意味としては今ある製品や戦略を広げ、実際に拡大していくことを指しています。この両者は、効果を狙うアイデアと、効率を狙う事業拡大という感じでしょうか。
バーコール氏はこのフランチャイズ力がルーンショットを殺してしまうと語ります。これを理解するのにノキアの事例がわかりやすいです。1970年代ノキアは、ゴム製の長靴や紙製品(トイレットペーパー)を製造する複合的な事業を展開する企業でした。しかしその後、携帯電話・自動車電話事業に進出し、2000年には世界の携帯電話のシェアを半分占めるテクノロジー企業に成長します。このプロセスは正にルーンショットを実現したと言えます。
しかしその後、革新的企業文化を誇っていたノキア経営陣は、社内の少数のエンジニアが提案したある斬新なアイデアを却下します。それは「大きな液晶パネルと高解像度カメラを内蔵し、インターネットにつながり、かつアプリケーションストアを持つ携帯電話の開発」でした。このアイデアが生まれたのは2004年。アップルよりも相当早い段階でスマホのアイデアがあったということです。この突飛なアイデアを無視し、既存の携帯電話をより高性能で、より安く届けることが重要だと経営層は判断しました。
エンジニアたちはその約3年後に、同様のアイデアをスティーブ・ジョブズが実現したことを知ることになります。ノキアの携帯電話事業は業績が低迷し、結果2013年に売却されるに至ります。ゴム長靴屋が携帯電話企業になったルーンショットを実現した企業が、次のルーンショットとなるスマホ事業には移れなかった。
水と氷の相転移のように、人材が同じでも組織の相が転移(transition)すると、組織のメンバーは別人のような動きをすることがあります。そして、ルーンショットはその境界線上にあり、2つの相の微妙な動的均衡の上に危うく存在していると言えます。
この時に大切なのは「注意深い庭師」の視点だと言います。ルーンショットとフランチャイズの両方に目を配り、一方が他方を支配することがないようにバランスを見る。こうした視点が経営層には必要となります。この両者の行き来(トランスファー)が重要であると説明しています。
小さな振る舞いに注目する
組織全体がどう変わっていくか、そのバランスに目を向けるのは容易なことではありません。相転移のメタファーを組織にどう活かせばよいでしょうか。
個々人の行動とは無関係に全体のダイナミクスというものが存在します。これを「創発特性」と言います。局所的な森林火災が木と木の距離感がある閾値を超えると突然大規模な山火事に広がったりします。高速道路上の車のドライバーが軽くブレーキを踏むと、そのブレーキランプを見た後続のドライバーがブレーキを踏む。この小さな行為の連鎖が突然大渋滞を引き起こすといったこともあります。
「小さな振る舞い」によって突発的な変異は起こりますが、この創発特性が面白いのは、実は「予測がつきやすい」という特性があることです。この「小さな振る舞い」を制御しているパラメータをコントロールすることで、「閾値」を超えないようにすれば全体の行動特性を制御することができると著者は語ります。創発特性のメカニズムと最新のネットワーク理論を用いれば、テロの勃発さえも予測可能だといいます。
マジックナンバー「150」
本書ではこうした臨界閾値を超えて相転移が起こる規模に「150」というマジックナンバーが存在すると説きます。ちょっとやりすぎ都市伝説のようなにおいがしてしまいますが、本書ではこれをロジカルに説明されているのが面白いです。
組織の規模が大きくなると「ルーンショット」と「フランチャイズ」が2項対立してしまいイノベーションが生まれにくくなるのは想像できますが、その「閾値」が組織の規模として「150人」だというのです。これを歴史的経験値とインセンティブのあり方も含めて方程式で明らかにしています。
まとめ
変化のスピードが加速し、世界規模で様々な業界で破壊的なイノベーションが生まれている現在、日本の企業は本書で言うところの「フランチャイズ」拡大に意識を向け過ぎの傾向にあると言えます。
一見ばかげているような革新的なアイデアのことを「ルーンショット」と呼び、こうしたアイデアがイノベーションとして事業化できるかどうかは、組織におけるルーンショットを認める風土と、事業を回していくフランチャイズの視点とのバランスにかかっていると言えます。
改めて「ルーンな(ばかげた)アイデア」をバカにせず、それを尊重する企業風土の重要性と、それを具現化できる組織構造が求められていると痛感します。本書に登場するこの言葉が深く刺さります。
「最悪の発言に好奇心を持って耳を傾けなさい」
突飛なアイデアを調査で検証したり、数値的なエビデンスを取得したりして、何らかの「裏付けをとる」ということは仕事上よくあろうかと思います。その時、「結果が悪かったから」という理由で簡単にあきらめたりしていないでしょうか。ばかげたアイデアほど、か細く、か弱い存在です。ネガティブな指摘があるとすぐに絶命してしまいます。クリティカル(批判的)なツッコミがあった時こそ、その発言を恐れて避けるのではなく、好奇心を持って受け止め、次のアイデアに昇華する。こんなマインドセットを持つことで、柔軟にイノベーションの火を灯せるのかもしれません。
革新的と見なされているアイデアやテクノロジーは、開発当初はどう着地するか分からずに始まっていることが多いです。そんなばかげたアイデアの種を育てて製品化にこぎ着け、その時はじめて「我々はこんな山を登っていたのか」と後で気付く。急速に進化する市場の中の初期プロジェクトの状態を本書では「嵐の中を舞う葉っぱのようなもの」と説明しています。この表現はとても上手い表現です。最後にどこへ行き着くか予測できない取るに足らない存在。葉っぱが着地した後で、「このテクノロジーが市場を破壊した!」と後から説明するのは簡単です。大切なのはその「取るに足らない葉っぱ」を大切に扱うマインドと、組織です。
改めて常識から外れた「クレイジー」なアイデアをもっと許容しようと思いました。そして、大人ぶって賢く分かったふりをせず、自分がわくわくするアイデアで世界をHappyにするモチベーションがわいてきました。こうしたマインドを持つ「面白がれる組織」からイノベーションは生まれるように思います。
本書は決して読みやすい本ではありません。ページ数は502ページ。少年ジャンプと同じくらい分厚いです。そして書いている内容も断片的なエピソードとロジカルな理論が入り混じり、難解で複雑です。しかし、日本を変えたい、世界を変えたい、何か新しいものを生み出したいと思っている人には熱い情熱の炎を灯してくれる一冊です。特に経営者の方には読むべき一冊ではないかと思います。おススメです。
自分のアイデアを大切にしながら、未来にわくわくし、イノベーティブな毎日を送りたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。