つゆ
2021年6月7日から8月2日の57日間、毎日書いたおはなしです。 大好きな、黒い犬と一緒につくりました。
とうとう、さいごの日をむかえることができました。 毎日一粒の童話を書こうと決めたのは、2021年6月6日のこと。 その少し前から、大好きな家族である、黒い犬は、ご飯を食べず、お散歩にも行かれなくなって、ただ、寝そべっていました。 声をかけると、その黒い瞳を向けてくれるけれども、すぐに、目をそらして、ハアハアと荒い息をするばかり。 わたしは、ただただ、おろおろしました。そして、なんども黒い犬の名前をよんで、「ありがとう」「だいすきだよ」と、やわらかな黒い毛をなでるのでし
ある朝、おばあさんは、小さな子どもの泣き声で、目を覚ましました。 おばあさんは、布団から出て、めがねをかけました。 泣き声はどうやら、おばあさんと一緒に住んでいる、黒い犬の方から聞こえてきます。 おばあさんが行ってみると、寝そべっている、黒い犬の頭をなでながら、ちいさな女の子が泣いていました。 どこの子だろう? そばに行って、おばあさんは、おどろきました。 それは、ちいさな子どものときの、おばあさんに、そっくりだったからです。というより、ちいさな女の子の、おばあさん
夏の朝、ひまわりの花が咲きましたよ。 ひまわりは、ぐーんと、背のびして、あたりを見回しました。 この小さな庭に、ひまわりの種を植えてくれた、あのおばあさんは、どこかしら? それから、おばあさんの隣で、いつも優しく笑っていた、あの黒い犬は、どこかしら? ひっそりとした庭には、だれの姿もありません。 ひまわりは、ひらりと飛んできたチョウに、聞きました。 「このうちの、おばあさんは、どこかしら?あと、黒いワンちゃんと。」 「さあ、わたしは知らないわ。」 チョウは、向
お父さんと、海沿いを走る、電車に乗った。 かたん ことん かたん ことん 窓の外には、大きな海が見える。 (どこかで見た景色だなあ。) ぼんやりと、見ていたら、思い出した。 これは、小さい時に、はじめて買ってもらった、ハンカチと同じ景色。 どこかで落として、なくしてしまったけれど、あの、青いハンカチ。 (こんなところに、いたのか。ひさしぶり。) 青い海に、白い船の刺繍がしてあるハンカチと、同じ景色が、いま、ぼくの目の前で、ゆれている。
ある山の奥に、『やっほうの橋』という、橋がありました。 深い谷川にかかる橋でしたが、渡るとちゅうで、 「やっほう」 と、声が聞こえても、決して、こたえてはいけない、と、言われておりました。その声の主は、鬼であるから、こたえれば、とってくわれてしまう、と、村の人々は、たいそう恐れているのでした。 その村には、古い神社があって、山の向こうの村から修行に来ている、まだ年の若い巫女がおりました。 ある日、巫女の母親が病気でたおれた、と、知らせがあり、巫女は、家に帰ることにな
ぼくは、お母さんと、ショッピングセンターに、買い物にきた。 野菜売り場で、枝豆をかごに入れたとき、ぼくの保育園のお友だちのお母さんが、話しかけてきたんだ。 お母さんたちは、おしゃべりを始めた。 ぼくは、しばらく、トウモロコシのひげを眺めたり、一番大きいスイカを探したり、パックの中のミニトマトの数を、かぞえたりしていた。 やっぱり、話は長そうだ。ぼくは、お母さんに言った。 「ねえ、お菓子見ててもいい?」 「ああ、いいわよ、お母さんあとで行くね。」 いつも買い物に来
パンパカパンパン パンパカパン パカ パンパカパンパン パンパカパン パンパカパン パパンパパン パン パーン 山の中に、高々とファンファーレが、鳴りひびきました。 「みなさま、ほんじつ、『パンパカパン屋』山の中店が、開店でございまーす!!」 先頭で、ラッパを吹くのは、ウサギさん。 ウサギのこどもたちが、旗をふったり、ちらしをくばっています。 「へえ、山の三本杉に、パン屋ができたそうだよ。」 「クイズにこたえると、スペシャルパンが、もらえるってさ。」 「いっ
「クーン…」 はじめは、小さなこえで、ないていた、犬のアオの声が、だんだん大きくなってきます。 「ワン!」 そして、寝たふりをしている、こう君のほっぺたを、ぺろりとなめました。こう君はがまんできずに、布団にごろごろと転がりながら、げらげらと笑いました。 「わかったよ、おしっこに行きたいんだろう、いこう。」 こう君とアオは、外に出ました。 「みーん、みんみんみん…」 「ホーホケキョ!」 「ごーごー…」 「かたん、かたん、かたん…」 セミの声、鳥の声、遠くから
いつも見ているだけだった、ケヤキの木の、いちばん高い枝にとまると、世界は、おおきく、ひろがって見えました。 カラスの子は、ふかく、いきをすって、「カア!」と、ないてみました。 「カア」 「カア、カア」 どこからか、仲間の声がかえってきます。 夏の朝は、にぎやかです。 鳥や、虫や、木や、草や、生き物たちの、いのちの振動で、カラスの子の止まっている枝も、さわさわと、ふるえています。 ”ブルブルッ”、カラスの子は身震いをしました。 よし、いこう。 カラスの子は、羽
「ここの、あさがおは、とくべつに、きれいね。」 この畑道をとおる人は、みな、そう思う。 ほかにも、たくさん、あさがおは、咲いているのにね。 どうして、ここの、あさがおは、こんなに美しい色をしているのでしょう。 あさがおが咲いているのは、畑の東側の、木立のすきまから、朝いちばんに、お日様が当たる場所。 お日様がのぼり始めた、まだ、空が白い時間にね、ひんやりと、しめった空気の中で、この朝顔に、横からひとすじの光があたるのです。 あさがおは、うれしくて、ありがたくて、よ
2021年7月23日 風 誕生日おめでとう✨ 風くん、20才のお誕生日おめでとう💖 HAPPY BIRTHDAY♪KAZE 風さーん、おめでとうございまーす! 「そうか、今日、オレの誕生日かあ。」 LINEに流れてくるお祝いメッセージが、自分ではなく、よその人へのメッセージなのではないか、と思う。実感がわかない。 家族はどこかに出かけて、だれもいないようだ。 テーブルの上には、『夕飯は、ケーキとお寿司です。誕生日おめでとう!!』という、メモが置かれていた。メ
『ちりん、ちりりーーーん』 どこかから、風鈴の音がして、しめったような、なつかしいにおいがした。 玄関を入ると、奥の方まで、土間が続いている。 (たしか、あっちにいくと、おだいどころ。) 「ようきたね、なっちゃん。ほれ、おあがり。」 おじいちゃんによばれて、なっちゃんは、座敷にあがろうとした。おじいちゃんのいる座敷は、土間よりも高いところにあって、その間にある、板の間にのぼり、それから座敷にあがるようになっていた。 (そうだった、わたし、小さいころは、ここによじ登
ゆうた君は、園庭にねころんで、空を見ていました。 保育園のお外遊びの時間は、おしまい。もも組のおともだちは、お部屋に入って、お着がえをしたり、トイレに行ったり、給食のじゅんびをしています。 ゆうた君は、さっきまで「いやだ―、もっとあそぶ!」って、泣いていたのに、ずいぶんと、しずかです。 もも組の先生が、ゆうた君のそばにいって、声をかけました。 「ゆうた君、なにが見える?」 「ひこうき!ひこうきがキラッて、光ったんだよ! ほら、あっち!」 先生も、空を見上げまし
夏がきました。 早起きのセミが、お日様よりも早く、わいわいと鳴いています。 畑では、おじいさんが、うで組をして、立っていました。 「よし、よし、よし。」 おじいさんの畑には、ナス、ピーマン、トマト、キュウリ、トウモロコシ、夏の野菜たちが、いろとりどりに、そだっています。 「よし、よし、よし。」 おじいさんは、うで組をはずすと、うねの間をあるいて、野菜たちに声をかけて回ります。 「こりゃ、りっぱだ。」 「うん、そろそろ食べごろかな。」 「きれいだなあ。」 「
ずっと、だまって、生きている、カメがいた。 「おはようございます、いいお天気ですね。」 魚や、鳥たちがはなしかけると、にっこりと、しずかに、わらいかける。 たいていは、しあわせそうに。 ときおり、くもった顔をして。 カメは、そこに、いた。 カメは、ずっと長い間、地球の声をきいていた。 あるお祭りの、前の日のこと。 カメは、むっくりと、顔をあげた。 そして、『を――――――――――――』と、口から、声にならない声を、はきだした。 その息は、地球上をおおいつく
太陽が高くのぼり、木の下には、くっきりと、黒いかげが出ている、お昼前のことでした。 クモの子が、サササッと、音も無く、家に帰ってきました。 クモのおばあさんが、気づいて声をかけました。 「おや、おかえり。もう学校は終わったのかい?」 返事は、ありません。 おばあさんは、ハンモックからおりると、だまって、クモの子に、おやつをおいてやりました。 しばらくすると、クモの子が出てきて、おやつを食べはじめました。 「ばあちゃん。」 「なんだい?」 「今日、ずっと、先