風鈴
『ちりん、ちりりーーーん』
どこかから、風鈴の音がして、しめったような、なつかしいにおいがした。
玄関を入ると、奥の方まで、土間が続いている。
(たしか、あっちにいくと、おだいどころ。)
「ようきたね、なっちゃん。ほれ、おあがり。」
おじいちゃんによばれて、なっちゃんは、座敷にあがろうとした。おじいちゃんのいる座敷は、土間よりも高いところにあって、その間にある、板の間にのぼり、それから座敷にあがるようになっていた。
(そうだった、わたし、小さいころは、ここによじ登ってた。)
なっちゃんは、その段差を、しっかりと足をあげてのぼり、おじいちゃんの待つ座敷にあがった。
「おおきゅうなったね、なっちゃん。」
なっちゃんの頭を、ポンとやさしくなでて、おじいちゃんは言った。
「かどみせ、まだあるんじゃけん、びっくりしてしもうたよ。あそこの羊羹、まだつくっとるの?食べたいなあ。」
お母さんとおばあちゃんは、まだ玄関先でおしゃべりがとまらない。
夏休み、なっちゃんとおかあさんは、何年かぶりに、おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりに来た。バスと、電車と、飛行機に乗って、4時間半、朝8時に家を出て、今、時計は午後の1時近くになろうとしていた。
「ほら、ええかげんに、あがらんか。なっちゃんが、まっとるぞ。」
おじいちゃんに声をかけられて、おばあちゃんと、お母さんも、わいわいと座敷にはいってきた。
「おなかすいたじゃろう? お昼ごはん食べよ。」
座卓の上には、ごちそうがならんでいた。なっちゃんは、おじいちゃんが育てた、とうもろこしを2本も食べて、おばあちゃんの押しずしも、たくさん食べた。
「よう食べるなあ、元気な子じゃのぉ。」
なっちゃんが食べる姿を、おじいちゃんとおばあちゃんは、うれしそうに見ていた。
食べ終わったなっちゃんは、家の中を探検した。
(昔のトイレ。夜はこわそう。お母さんについてきてもらおう。)
縁側には、風鈴がつるしてある。
『ちりん、ちりりーーーん』
(そうだ、お風呂は、外にあるんじゃなかったっけ?)
なっちゃんは、縁側の下の、くつぬぎ石にあった、茶色いサンダルをはいて、庭に出た。
(そうだ!おじいちゃんの池に、大きいカメがいたはず!まだ生きてるかなあ…)
なっちゃんが、ご先祖様のお墓をよこぎって、池のほうを見ると、ひとりの女の子がこちらを見て立っていた。
(だれだろう? 近所の子? わたしのイトコ? 誰か来るって、いってたかなあ?)
「こんにちは。」なっちゃんが、こえをかけた。女の子は、おこったような顔で、なっちゃんを見た。
「こんにちは。ねえ、ヘビ、好き?」
初めて会った子に、ヘビが好きか、と聞かれて、なっちゃんは困ってしまった。ヘビなんて、絵本とか、図鑑でしか、見たことないし。
なっちゃんが困っているのは、おかまいなしで、その子は続けて、言った。
「ばあちゃんが、『そうめんに入れるけん、シソとっといで』言うたんじゃ。」
「シソと、ヘビと、なにか関係あるの?」
なっちゃんが聞くと、女の子は、大きくうなずいた。
「その、お墓のまわりにね、ヘビがようおるんよ。畑に行くのに、お墓の前を通るんが、おとろしいんじゃ。」
「ふーん、一緒にいってあげようか?」なっちゃんがそう言うと、女の子はホッとしたように、少し笑って、なっちゃんの背中にまわった。
「へびはね、『神様のおつかいだけん、追いはらっちゃあいけん』って、ばあちゃんが、言うんじゃ。」
女の子は、なっちゃんのTシャツの、背中のすそのあたりを、ギュッとにぎって、話しながら、ついてくる。
(わたしと、同じくらいの年かなあ。おばあちゃんちにいる間、一緒に遊べたらいいなあ。)
無事に、お墓の横をとおりすぎ、お風呂場のわきをぬけて、畑に出ると、女の子はササっと、なれた様子で、シソをいくつか取った。
そして、また、なっちゃんを先頭にして、もとの庭にもどってきた。
「はよう、もどらないけんけん…あとで、あそべる?」女の子は、シソを見て、なっちゃんを見て、言った。
「あそべるよ! わたし、1週間、ここにいるから!」
なっちゃんがそう言うと、女の子はにっこり笑って、くるりと向きを変えると、走って行ってしまった。
『ちりん、ちりりーーーん』
「なっちゃーん、スイカ、食べるけ?」
おばあちゃんの声がして、なっちゃんは、いそいで家の中にもどった。
お母さんは、長い旅のつかれと、久しぶりのビールによっぱらって、座敷に横になって、ひるねをしていた。
「おばあちゃん、この近所に、女の子いる?わたしと同じくらいの子。」
なっちゃんは、スイカを食べながら聞いた。
「おとなりに、4年生の男の子はいるけんどもねえ、女の子はおらんのお。ほら、小さいときに、一緒に遊んだじゃろう?お隣の、けんちゃん、覚えとる?」
「うーん、なんとなく。ねえ、おばあちゃん、お庭のお墓のまわりに、ヘビが出るって、本当?」
「うわっ!思い出した!あの、ヘビ!どうしてる?」
ねむっていた、と思っていたお母さんが、おき上がって、そう聞いた。
「いつからじゃったか、だいぶ前に、見んようになったね。死んでしもうたんじゃろわい。」
「ふーん。」「ふーん。」
なっちゃんと、お母さんは、どうじに言った。
「お母さんが、なっちゃんと同じ年の頃かなあ、この座敷で昼寝しとったら、おなかに、ヘビが乗って来たことがあってさ、もう、おとろしかったのなんのって! それからわたしは、ヘビが大嫌いになったんよ!」
お母さんは、おばあちゃんみたいに、方言まじりになって、今、さっき、ヘビにのられたように、おおげさに言って、笑ってみせた。
「だから、おばあちゃんに、『畑のシソ取ってきて』って頼まれると、怖がってたんだね。」
なっちゃんが、そう言うと、「うわー、懐かしい、あった、あった、そういうこと!おばあちゃんは足が悪くてさ、しょっちゅうお母さんに頼むのよ。なっちゃんには、ひいばあちゃんになるのよね。あれ?あたし、なっちゃんにそんな話、したことあったっけ?」
『ちりん、ちりりーーーん』
風鈴がなって、なっちゃんは、大皿にもられたスイカの中でも、いちばん甘そうなスイカをえらんで、手をのばした。