カラスの子 夏の朝
いつも見ているだけだった、ケヤキの木の、いちばん高い枝にとまると、世界は、おおきく、ひろがって見えました。
カラスの子は、ふかく、いきをすって、「カア!」と、ないてみました。
「カア」
「カア、カア」
どこからか、仲間の声がかえってきます。
夏の朝は、にぎやかです。
鳥や、虫や、木や、草や、生き物たちの、いのちの振動で、カラスの子の止まっている枝も、さわさわと、ふるえています。
”ブルブルッ”、カラスの子は身震いをしました。
よし、いこう。
カラスの子は、羽をひろげ、世界にとびだしました。
カラスの子が生まれたのは、くもりぞらの、静かな春の日のことでした。
カラスの子には、2羽の兄弟がいて、一緒にあそんだり、ケンカしたり、おしゃべりしながら、大きくなりました。
カラスの子は、よく、きょうだいたちと、外の世界のことを、話しました。
「カラスって、ニンゲンに、きらわれてるんだって。」
「どうして?」
「ゴミをあさったりさ、しんだ動物を食べるからじゃない?」
「ふーん。」
「神社の森にすんでる、おばさんは、ニンゲンの前に出ていったら、『神様のおつかいだ』って、よろこばれたって。」
「へえ。」
ニンゲンって、ずいぶん勝手なんだなあ、と、カラスの子はおもいました。
「ねえ、おかあさん、カラスは、よい生き物?それとも、わるい生き物なの?」
「さあ、カラスは、カラス。それだけよ。
カラスはこわいだの、きたないだの、ニンゲンは、あれこれ言うけれど、ほうっておきなさい。」
おかあさんカラスは、ひろってきた枝で、巣のしゅうりをしながら、いいました。
そばで、しずかに話を聞いていた、おとうさんカラスも、言いました。
「いいかい、かっこいいカラスだとおもわれよう、とか、きらわれたくない、とか、そんなこと考えるのは、いちばん、つまらないこと。
カラスは、カラスの感じるように、生きればいい。」
「カラスの感じるように、生きるって、わかんない。どういうこと? 」
風がつよく吹いてきて、カラスのいる木にあたりましたが、木の葉におおわれた、巣の中は、とても安全で、カラスの子を、ゆらゆらと、きもちよくゆすりました。
おかあさんは、小さな枝を、くちばしでつくろいながら、言いました。
「好きな枝は、見たしゅんかんに、わかるの。『これだ!』ってね。まよわずひろって、自分のいいように、巣をつくる。
光るものを見つけたときは、ブルブルって、体がしびれるわ。巣にかざって、なんどもながめるの。あの、しあわせったら!」
おとうさんは、ずいぶん大きくなった、ヒナたちの毛づくろいをしながら、言いました。
「ひとりで、こわくなったとき、おおきく、深呼吸をして、『カア』とないて、仲間によびかける。とおくから、だれかのこえがする。『ここに、いるよ』ってね。
あかくやけた夕焼け空や、金色に光る朝焼け空を、飛ぶ。飛ぶんだ、風をうけて。体中が、よろこびにつつまれる。」
「あじわいなさい、カラスに生まれた、たくさんのよろこびを。そして、かなしみを。」
「カラスに生まれて、カラスとして生きることを、しあわせと感じるか、ふしあわせと感じるか、それは、おまえたちが、自分で決めるんだよ。」
カラスの子は、もう、なにも、聞きません。
ゴウ、ゴウ、と、風が、ケヤキの木をゆらしています。
あした、あしたになったら。カラスの子は、しずかに、目をつむりました。