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多田修の落語寺

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本願寺派僧侶であり、大の落語好きとして知られる多田修が、落語と仏教をテーマにしたコラムを執筆します。
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記事一覧

「かけがえのないもの」と「くだらないもの」の差は、実は些細なものなのかもしれない【多田修の落語寺・天狗裁】

「かけがえのないもの」と「くだらないもの」の差は、実は些細なものなのかもしれない【多田修の落語寺・天狗裁】

ある長屋で、夫が昼寝をしています。

妻は夫を起こして「どんな夢見てたの?」と聞きます。夫は「夢なんか見てない」と答え、「見たでしょ」「見てない」と夫婦ゲンカが始まります。仲裁に入った人まで夢の話を知りたがって騒ぎが大きくなり、奉行所で裁きを受けることになります。すると「くだらないことで奉行所を煩わせるな!」。

これで一件落着と思いきや、お奉行さまが「夢の話、聞かせてくれるであろう」。男が「夢な

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「自我」なんて存在しない。自分への執着との向き合い方【多田修の落語寺・粗忽長屋】

「自我」なんて存在しない。自分への執着との向き合い方【多田修の落語寺・粗忽長屋】

 浅草寺の門前に行き倒れの遺体があり、身元がわからないので野次馬がいろいろなことを話しています。その行き倒れを見た八五郎、「熊の野郎じゃないか! 今から本人を連れてくる」と言って、熊五郎の家に行きます。

 八五郎は熊五郎に「こんなところで何やってるんだ! お前は浅草で死んでるだよ」と力説し、2人で浅草に戻ってきます。熊五郎は遺体を見て「間違いない、俺だ」と泣き出し、2人で遺体を運びます。すると熊

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五重塔はなんのためにあるの?【多田修の落語寺・鷺取り】

五重塔はなんのためにあるの?【多田修の落語寺・鷺取り】

 ある男が、鷺を捕まえて金儲けしようと考えました。明け方、まだ眠っている鷺を次々に捕まえて、逃げないように自分の体にくくりつけます。すると、眠っていた鷺がいっせいに目を覚まし、飛び上がりました。男も一緒に空を飛ばされているので、思わぬ展開にあわてています。

 すると、目の前にお寺の五重塔があります。男は塔のてっぺんにしがみつきます。鷺は飛び去っていき、塔に残ったのは1人だけ。今度は、どうやって下

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米津玄師「死神」の元ネタにも?【多田修の落語寺・死神】

米津玄師「死神」の元ネタにも?【多田修の落語寺・死神】

 ある男、仕事が失敗続きで金もなく「首でもくくろうかな」とつぶやきます。するとこの男に、死神が声をかけます。死神は男に、金儲もうけの方法を教えます。命が危なくなっている人の側にはその死神の仲間がいて、見ることができる人間はこの男だけです。死神が枕元にいたら助ける方法はないが、足元にいるなら呪文を唱えれば退散するから、それで稼げるとのこと。男はそれで金持ちになります。

 後日、最初に会った死神が男

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ほおずき市に行く前に知っておきたい落語の演題【多田修の落語寺・船徳】

ほおずき市に行く前に知っておきたい落語の演題【多田修の落語寺・船徳】

 徳さんはある店の若旦那ですが、わけがあって家を追い出されて、大川(隅田川)沿いにあるなじみの船宿に居候しています。徳さんは、ただの居候では申し訳ないと思い、自分も船頭になりたいと申し出ます。徳さんには力仕事の経験がないので親方は反対しますが、船頭たちが賛成したので、船を習います。しかし、なかなか船を任せてもらえません。

 ある夏の日、船宿になじみの客がやってきます。四万六千日のお参りに行くとこ

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「朝顔に 釣瓶取られて もらい水」の作者とは?【多田修の落語寺・加賀の千代】

「朝顔に 釣瓶取られて もらい水」の作者とは?【多田修の落語寺・加賀の千代】

 甚兵衛さんは妻から、隠居さんにお金を借りてくるよう言われます。甚兵衛さんは「何度も借金して、なかなか返せないでいるのに……」と不安な様子。

 そこで妻は「あんたは隠居さんにかわいがられているから、貸してもらえる」と言い、加賀の千代の俳句「朝顔に釣瓶取られてもらい水」を教え、「朝顔をかわいがる人もいるんだから、大丈夫」と、夫を送り出します。

 甚兵衛さんが、妻が物知りなことに感心しながら隠居さ

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夏に花火を上げる理由や「たまや」の語源は?【多田修の落語寺・たがや】

夏に花火を上げる理由や「たまや」の語源は?【多田修の落語寺・たがや】

 隅田川の花火の日、両国の川岸や橋の上は大勢の人でにぎわい、あちこちから「たーまやー」の声が聞こえます。そこを、たが(桶の周りを締しめる輪)を持った職人が通ろうとします。すると、たがが跳ねて武士の顔にあたってしまいます。たが屋の職人は必死に謝っていましたが、武士の言うことが理不尽なので、職人は怒り爆発。武士を相手に戦い、職人が勝ちます。それを見ていた野次馬が「たーがやー」。
 
 花火のかけ声の定

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『松山鏡』『粗忽の釘』『一目上がり』【多田修の落語寺 vol.1】

『松山鏡』『粗忽の釘』『一目上がり』【多田修の落語寺 vol.1】

落語は仏教の説法から始まりました。だから落語には、仏教に縁の深い話がいろいろあります。このコラムでは、そんな落語と仏教の関係を紹介していきます。

松山鏡 だれも鏡を知らない松山村(架空でしょう)が話の舞台です。ある農家の男が、殿様から褒美をもらうことになりました。「何か望みはないか」と尋ねられると、亡くなった父親に会いたいとのこと。この男は父親にうり二つで、男の今の年齢と、父の行年がほぼ同じ。そ

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『愛宕山』『蒟蒻問答』【多田修の落語寺 vol.2】

『愛宕山』『蒟蒻問答』【多田修の落語寺 vol.2】

落語は仏教の説法から始まりました。だから落語には、仏教に縁の深い話がいろいろあります。このコラムでは、そんな落語と仏教の関係を紹介していきます。

蒟蒻問答(こんにゃくもんどう)わけがあって江戸を飛び出した男が田舎(いなか)に行き、こんにゃく屋の主人の紹介で、禅寺の住職になりました。修行など全くしていませんからお経はデタラメ、寺で酒盛りしていました。するとある日、旅の修行僧がこの寺へやってきて、禅

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江戸時代から「罰ゲーム=丸坊主」だった? 僧侶が解説! 落語が楽しくなる仏教の話【多田修の落語寺 vol.3】

江戸時代から「罰ゲーム=丸坊主」だった? 僧侶が解説! 落語が楽しくなる仏教の話【多田修の落語寺 vol.3】

【其の一】墓で酒を飲む「墓見」で出会った狐と……? 演題 安兵衛狐(やすべえぎつね) 自他とも認める変わり者の源げん助。近所の人から萩見物に誘われましたがそれを断り、「墓見(はかみ)」に出かけます。

 お寺に着いて、ある女性のお墓の前に座り、お墓に話しかけながら酒盛りしています。ふと横を見ると塔婆(とうば)が倒れていて、人の骨がのぞいています。源助はそれに酒をかけて供養しました。

 その晩、源

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時計のない時代、庶民はどうやって時間を数えていたのか? 【多田修の落語寺】

時計のない時代、庶民はどうやって時間を数えていたのか? 【多田修の落語寺】

今回の演題 時そば

 江戸の街で深夜、客がそばの代金16文を、1文ずつ払います。

「一、二、三、四、五、六、七、八。今何時だい?」。

 そば屋「九つで」。客はすかさず「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と立ち去ります。それを見ていた男が、1文ごまかした手口に感心して、まねしたくなります。

 翌日、そば屋の支払いで「一、二、三、四、五、六、七、八。今何なん時どきだい?」。そば屋「四つで

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他人の夢に入った男の話【多田修の落語寺・夢の酒】

他人の夢に入った男の話【多田修の落語寺・夢の酒】

 ある商家の若旦那、妻以外の女性とお酒を飲んでいる夢を見ました  

 それを妻に話すと、「そんな願望があるからそのような夢を見るんです!」と、夫婦ゲンカが始まります。さらに妻は義父(店の主人)に「あの女に小言を言ってやって下さい」と頼みます。義父が「できるわけないだろ」と言うと、「淡島さまの句を詠よんでから寝れば、他人の夢に入れると言います」とのこと。

 その通りにすると、店の主人は夢の中で例

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“地獄”も、見方次第で“笑い”になる【多田修の落語寺・地獄八景亡者戯】

“地獄”も、見方次第で“笑い”になる【多田修の落語寺・地獄八景亡者戯】

  亡くなった人が三途の川を渡り、閻魔大王の下に向かっています。途中いろいろな店が並び、大黒天の米屋、文殊菩薩の学習塾、弘法大師の書道教室などがあります。その先の念仏町では、大勢の亡者が罪を軽くするために、懐具合と相談しながら念仏を買っています。いよいよ閻魔大王の裁きです。多くの人が極楽行きになりますが、医者、山伏、軽業師(サーカスのような曲芸をする人)、歯医者の4人は地獄行きになってしまいます。

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将来への備えは、早い方がいい【多田修の落語寺・茶の湯】

将来への備えは、早い方がいい【多田修の落語寺・茶の湯】

 ある商家の主人、店を息子に譲り、根岸(台東区)に引っ越して隠居の身です。現役の時は仕事一筋で、趣味らしい趣味がなく、隠居してから毎日退屈しています。そこで茶の湯を始めました。

 だれからも教わらず、おぼろげな記憶が頼りの自己流なので、用意する物も作法もデタラメ。抹茶ではなく青黄粉を買い、それでは泡が立たないので椋の皮(無患子という樹木の皮。昔は洗剤として利用されていました)を入れる始末。それを

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