しんけちゃん

普通の生活をする定年退職者です。 日常の中からブログの原石を感じる生活をしています。特にテーマはありません。普通の生活がすべてです。

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  • 旅と私

    旅から学んだいろいろなことを綴ってます

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    日々に感じたこと、思ったことのメモ

  • 食べ物日記

    折にふれて感じた食べ物のことや思い出を綴っています

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    一度だけの世界一周の船旅の思い出を綴っています。

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母の描いたモンマルトルの丘のサクレ・クール寺院

母の描いたサクレ・クール寺院を見ながら、新婚旅行で行ったモンマルトルの丘のことが思い出された。数十年も前のことなので断片的な記憶が残っているだけだが、ボソボソと話すように思い出がボソボソと蘇った。 春、肌寒いと思っていたら和らいだ日だった。セーヌ川沿いのホテルに泊まり、ツアーのフリーの日に夫婦でイエナ橋を渡りエッフェル塔へと歩いた。ふたりともスプリングコートをまとっていた。どこをどう行ったのか覚えていない。パリを地図もなく適当に歩いた。ゴチックの小さな寺院があった。薬局でビ

    • トイレの石鹸液に容器がない!

      スーパーやレストランがある建物のトイレに入り、手を洗うとこの石鹸液はどこから来ているのだろうかと不思議に思う。 どんなに見ても石鹸液容器がない。水道の蛇口のような、管だけである。手のひらを管に付けて、押すと石鹸液が出てくる。中にはセンサーで手を近づけただけで石鹸が出てくる優れものもある。 水道水なら遠く水道施設から水道管を伝わり運ばれてくる。 石鹸液もどこかの巨大なタンクから運ばれて来るのか。まさかこれはないだろう。 壁の中に石鹸液容器が隠されているのか。どうやって液を補

      • 遠くへ行きたい

        「遠くへ行きたい」が、まだテレビでやっていたのか。日曜日の朝早くテレビをつけると「遠くへ行きたい」の番組が流れ、宮本亞門さんが案内していた。 昔も、1970年代だったろうか、毎週日曜日の午前中に永六輔さんの「遠くへ行きたい」を見ていたが、今でも続いているとは驚きで、それは世間に疎い自分に驚いていることでもある。 若い頃、テーマ曲の「遠くへ行きたい」が流れると自然とテレビ画面に吸い込まれて行った。ジェリー藤尾さんのヒット曲で、作詞はもちろん永六輔さんだ。てっきり、番組のテー

        • 先輩管理職のアドバイス

          ずいぶんと昔のことだが、先輩管理職だった人からこんなアドバイスを受けたことがある。 「最後は、自分で責任を取らなければいけないのだから、他人の考えでなく、自分の考えで決めなくてはだめだ。人に動かされて決めても、結局自分の責任になる。それなら、自分の考えで決めた方がいいよ」 それからいろいろ考えた。 先ずは、嫌われる勇気が必要だな。 情に流されて、自分を失わないようにしよう。理屈で責めるしかないな。だが、余りに理が勝ち過ぎると、人の関係が硬くなる。そうすると物事が上手く行か

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          改札口のタッチパネルが右にある不便

          この世の中は、右利きが多いから右手で処理するように作られている。しかし、それが意外と不便なことがある。 駅の改札口を通るときに、タッチパネルが右側にある不便を何度か体験した。特にカートを引いている時は不便だ。 これは自分がよくする体験だ。 改札口を通過しようとしたら、右手がカートを引いていて、ふさがっているので、仕方なく立ち止まりカートの取っ手を左手に持ち直して、右手で右ポケットからパスモカードを取り出して、通過した。 この障害をどう考えればよいのだろうか。愚考する。

          改札口のタッチパネルが右にある不便

          カクテル話

          レストランに入り、息子がサワーを注文した。呑兵衛ではないが、味わう程度に好きなようだ。酒は飲まない自分もどんなものがあるのか興味がわき、メニューを見たら、cocktailの文字が飛び込んできた。「コックテイルは鶏の尾だよな」と息子に言う。 「ここでは、鶏の尻尾が食べられるのか」 一瞬興味がわくが、よく見るとドリンクの写真ばかり並んでいる。cocktailは、カクテルかとやっと理解したが、はじめてその綴りを知る。 カクテルは、何で「鶏の尻尾」なんだという話になる。 今は便

          オランダの風車

          ずいぶんと前の事になるが、海外旅行から帰った友人から陶製の四角の焼き物をもらった。そこには風車のある風景が描かれていて、裏に購入した街なのだろうか、アムステルダムと書かれていた。 キンデルダイク=エルスハウトの風車網 オランダといえば、低地の国であり、ポルダー(polder)と呼ばれる干拓地と風車やチューリップ畑のある風景が目に浮かぶ。調べて見れば、陶器の絵は、世界遺産に登録されているオランダのキンデルダイク=エルスハウトの風車網である。 この風車網は、ロッテルダムから

          オランダの風車

          新幹線は速いから・・・

          昨年の暮れに、新幹線のぞみから自由席がなくなり、全席指定になった。旅は気ままに、ふらっと電車に飛び乗り、空いている席に座るのが、旅の醍醐味で、どうも指定席は必要悪の感じがしている。 今、頭の中は、半世紀も前の新幹線の思い出に浸っている。 今では新幹線の速さは当たり前のことだが、在来線から新幹線に乗り換えた世代、いや乗り換えざるを得なかった世代には、驚異の速さだった。昔は、東京から大阪方面に「瀬戸」という夜行電車が走っていた。夜東京を立つと関西では夜明けになっていた。乗った列

          新幹線は速いから・・・

          動物と人間

          「どうぶつ奇想天外」というTBSの動物番組をYouTubeで見た。ゲストが画面に入りこむといった雑音がなく、純度の高い動物番組に見入ってしまった。そして、動物たちの生態を見るとつい人間と比べてしまった。 ハイエナ 横取りの名人とかサバンナの掃除屋とかいわれるハイエナにも別の顔がある。 ハイエナの社会は、母系制の階級社会で階級は生まれながらに決まっている。上位の母親から生まれた子は、親の地位を継いでいく。2位の者も1位の者の子より下になる。強い遺伝子を受け継ぐものは尊重さ

          はじまりの季節

          今日はハロウィーン。古代のケルトの暦では、10月最後の日の夕刻から新年が始まる。収穫の季節が過ぎて、いよいよ暗黒の季節である。 明暗の循環する時間に生きる我々には、明から始まる考えと暗から始まる考えとがあるだろう。それはそれぞれの土地に住む人々により違う。 古代ケルト人は、一日を日没から始まると考え、一年を夏の終わりから始まると考えた。日本人は、芽生えの春を一年の始まりとし、春から夏に、夏から秋に、秋から冬にという暦で生きている。そんなわれわれには、一年の始まりを暗黒の季

          はじまりの季節

          猫の恩返してあるんだね

          何十年も昔の話である。 縁側に座って庭を漫然と見ていたら猫が現れた。ニャーと啼くので、ニャーと答えると、またニャーと啼く。妙に気が合う。そのうち縁側に小屋を置いたら居ついた。 秋が深まり、寒さが増した頃、毛布をひいてやり、さらにセーターを着せたりした。母が湯たんぽを入れてあげたが、朝には冷たくなっていた。 夕方縁側で遊んで、自分だけ部屋に入ったら、恨めしそうにニャーと泣いた。そして、障子の隙間から室内を覗き、物欲しそうにしていた。障子を開けたら入ってきて、それから室内に住

          猫の恩返してあるんだね

          カラオケ今昔

          誰にも気兼ねなく歌えるだけでなく、点数をつけてくれたり、デュエットの相方を歌ってくれたりとカラオケも進歩するところまで来た感がある。オーケストラがなくても、舞台に立つ歌手のように歌えるからカラオケと言うのが、カラオケの語源だそうだ。誰でも歌手になった気分を味わえるのが、カラオケの良さだが、オーケストラをバックに歌う気分をプロから素人に解放した功績は大きいと思える。 カラオケは昭和に誕生した。最初のカラオケは、カセットテープだった。カセットテープが聴ける専用のカラオケ機にマイ

          予定や記録はアナログかデジタルか

          毎年、今ごろになると書店に来年の手帳が並ぶ。その中で高橋の手帳を買っている。 喫茶店でのある日の光景。友人二人とコーヒーを飲みながら、次回の約束をした。友人たちはスマホのカレンダーアプリを使い、約束の日に会う時間と場所を入れている。私は、手帳を取り出して、カレンダーに記入する。今どき手帳を使うなんて少数派だとは気づいているが、それをやめられない。たまにスマホのカレンダーを使うこともあるが、手帳にも書きこむ二度手間をしてしまう。 日々の予定や記録には、アナログとデジタルのど

          予定や記録はアナログかデジタルか

          上野の山を歩いて

          上野の東京都美術館で開催されている展覧会の案内を頂いたので、久しぶりに上野公園を訪れた。 蓮玉庵 上野広小路駅で降りて、行くことにした。湯島の仲町通りに老舗の蕎麦屋の蓮玉庵があることを思い出し、寄ってみた。丁度店主がのれんを持って現れ、入口に吊るした。 百年以上にわたり保たれてきた老舗の味を味わおうと天せいろを注文する。先ずは蕎麦汁と刻みネギが運ばれてきた。ネギの香りがする。箸袋に蓮玉庵とタテに書かれている。天ぷらを揚げるジュージューという音がする。やがて、せいろと揚げ

          上野の山を歩いて

          希望ということ

          希望は、昨日より今日の方が、今日より明日の方が良くなるという思いだから、自分の中での比較である。今日より明日が良くなると思えると楽しい。だから、他人との比較には、慰めはあっても希望はない。 親の介護をしている人が言ったことがある。 「赤ん坊みたいだと言う人がいるが、赤ん坊の方が全然良い。赤ん坊は成長して世話が要らなくなる。親は衰えていくばかりで、どんどん介護が大変になる」 確かに赤ん坊には成長があり、希望がある。 何かが上手になると楽しい。昨日より今日の方が上手にできれば

          希望ということ

          巻機山の思い出

          こんなメモ書きがアルバムにあった。 ― 越後国南魚沼郡塩沢にある名山にして、秋の紅葉が見事である。 ― 遥かに見える円錐形の山は、割引である。巻機山の北方に位置し、登りゆくと常に左方にある。 ― 様々な色に染まった木々を眺めながら、4時間程で山道を登りきり、広々とした尾根に至れば、夏山のように緑におおわれて、秋から夏に戻った心地がする。 その秋に登った。その時の思い出が蘇る。 前夜は、民宿に泊まった。座布団ほどの大きな笊に山盛りの蕎麦が出てきて、驚いた。これがホント

          巻機山の思い出