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オランダの風車

ずいぶんと前の事になるが、海外旅行から帰った友人から陶製の四角の焼き物をもらった。そこには風車のある風景が描かれていて、裏に購入した街なのだろうか、アムステルダムと書かれていた。


キンデルダイク=エルスハウトの風車網

オランダといえば、低地の国であり、ポルダー(polder)と呼ばれる干拓地と風車やチューリップ畑のある風景が目に浮かぶ。調べて見れば、陶器の絵は、世界遺産に登録されているオランダのキンデルダイク=エルスハウトの風車網である。

この風車網は、ロッテルダムから南東に約13km、南ホラント州アルブラセルワールトにあり、干拓地を揚水するために建設された風車群である。1997年に世界文化遺産に登録された。

世界遺産委員会の資料によると「キンデルダイク=エルスハウトの風車網」の説明は、概略こんな風だ。

南西部のホラントとユトレヒトの泥炭地に、11世紀から高台、堤防上、また水路に沿って人々が暮らし始めた。アルブラセルワールトの開拓は、11世紀に始まった。

12世紀には、干拓地を取り囲むように環状の堤防(リング堤防)が造られ、1320年には全地域に及んだ。1365年、ギーセン川からレック川に排水するために排水路が建設され、その4年後にはアルブラス川からレック川に排水するために別の排水路が建設された。これらの排水路は、現在も機能している。1612年には新たな貯水池を作るために72ヘクタールの干拓地が購入された。(ふーむ、干拓地を守るためには、堤防、排水路、貯水池の設備が必要なんだな)

ここに1726年に深刻な洪水が襲った。これを契機に揚水用の風車が複数基建設され干拓地の河川の水位の上昇を抑えてきた。

しかし、川の水位が高すぎて、風車の排水能力では不十分だと分かった。1860 年までに、デ・ネーデルワールトの 25 の風車は、排水に対応できなくなり、1868 年に蒸気駆動のポンプ場が設置された。

現在、19基の風車、堤防、排水路、ポンプ場、排出水門など一連の排水システムが残っている。「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例」として、世界遺産に登録されている。

干拓の歴史

シーザーの『ガリア戦記』には、レーヌス(ライン)川が「大洋に近づくと幾つかの支流に分かれて多くの広い島をつくり」、その島々には魚や鳥の卵を採取して暮らすバタウィー族という人々がいたとある。海の幸に恵まれた豊かな土地だったようである。その後、ゲルマン民族の移動が始まり、オランダの地にもゲルマンの一派が住み着いた。

海からの侵略をいかに防ぎ、人々の暮らしを守るかが、大きな課題であった。オランダの歴史は、水との戦いの歴史であると言われる。堤防に小さな亀裂を見つけた少年が指でそれをふさいで大人たちが来るのを待ったという美談を小学生のときに担任の先生が感嘆を持って話してくれたことを思い出した。

オランダの干拓の歴史を知りたくなった。「オランダにおける干拓地景観の形成」(『地理学報告第88号』愛知教育大学地理学教室 伊藤貴啓著)という記事があった。それによると干拓の歴史はこんな感じだ。

オランダの国土は、東部から南部の高地と北海に面する北部から西部の低地から成る。紀元前15世紀から海進が始まり、紀元1500年頃には、北海側にワッデン海が、内陸側にゾイデル海が形成されている。

失われた国土を干拓により回復する活動は10世紀に始まったが、それ以前にも、水害から身を守るべく、紀元前500年頃から人工の丘を築き、村を作り生活をしていた。

1000年頃から干潟、沼沢地、遠浅の海を対象に干拓が始まった。先ずは、排水路を作り、水を逃がし、さらに堤防により海水の浸入を防ぎ、土地を干拓した。更に15世紀から揚水用の風車が建設されて、強制的な排水が可能になった。さらに近代になり、蒸気機関の揚水ポンプが導入された。

・1000年頃から開放型排水路による排水
・1100年後半から築堤による干拓
・1400年代初頭から揚水用風車が設置
・1800年代から蒸気機関の排水ポンプ導入
・1900年に電気ポンプが導入

20世紀になり、大干拓事業であるゾイデル海の干拓が行われた。1927年にワッデン海とゾイデル海を大堤防で塞ぎ、ゾイデル海を湖(アイセル湖)とし、1968年までに4つの干拓地(ウィーリングメアー、北東ポルダー、東フレボラント、南フレボラント)が作られた。

1990年代になると計画されていたアイセル湖の干拓事業が放棄された。農地の必要性が減ったことと自然環境の保護の意識が高まったからだ。

オランダの干拓の歴史は、海からの侵略に脅えながら、自分たちの土地を守り、さらに失われた国土を干拓により奪還していった知恵と勇気の歴史だということがわかる。

友人からもらったオランダの風車が描かれた一枚の陶器が、机の上に置かれている。私は、水との戦いの歴史を思いながら、その風車をじっと見ている。


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