「成功するまでごまかそう」生物は軍拡競争のループから抜け出せない
これはヘビではない。
ヘビ擬態イモムシとして知られる、ヘメロプラネス・トリプトレムスという、舌をかみそうな名前のガの幼虫だ。メキシコから南米や中米にかけて生息する。
普段はこう。
危険を察知すると、こうなる。サムネにも使った。
胸部をふくらませ・ひっくり返り・歩脚をかくす。目に相当する部分を含め、ヘビの顔面のように見えるものは、全て「ハッタリ」だ。
動画で確認したい人用 ↓
私は爬虫類も昆虫も好きなのだが、その「好き」という感情とは別に。これは怖い。すさまじい完成度だ。
全ての動物は生存率を高めようとする。生存と遺伝子プールの維持において、他の生物より優位に立とうとする。
他の生物の特徴をまねたり、自らを環境要素に似せたりすることは、その目的を達成するための1つの手段である。
ある生物と別の物体(別の種の生物であることが多い)との間で進化した、類似性。これが擬態の定義である。
受け手(主に捕食者)が、擬態生物とモデル生物(擬態生物が似せた対象)の類似性を認識することで、機能する。機能すれば、擬態生物に優位性をもたらすよう、受け手の行動を変化させることができる。
こういう説明が好きな人も、こういう説明が好きでない人もいるだろう。冒頭では、これを具体例で解説した。同じ話を違う言い方で2回した。ごめん。しかも、そんなこと知ってるよ?ごめん(2回目)。
今回は、擬態について、おそらくはあなたが知らない側面の話をする。
軍備拡張競争。略して、軍拡競争。
アメリカのある天文学者は、軍拡競争をこうたとえた。「2人の男が腰の高さまでガソリンにつかり、1人が3本のマッチをもち、もう1人が5本のマッチをもっている状態」。
「ド級」という言葉の由来は、20世紀初頭に英国で建造された戦艦ドレッドノートだ。「ド級」= 戦艦ドレッドノート並み。「超ド級」= ドレッドノートより強力。
1905年~1918年の海軍軍拡競争
軍拡競争に絶対的なゴールはなく、あるとすれば、他国よりも優位を保っているという相対的なものでしかない。
擬態・隠蔽・迷彩・警告
被食者が身を守るために/捕食者が獲物を狩るために用いる戦略には、擬態・隠蔽・迷彩・警告・その他がある。
ミミックリー(擬態)という言葉は、最初、模倣する能力をもつ人間を表すのに使われていた。1851年以降、この言葉は他の生物にも使われるようになった。
隠蔽と迷彩は混同されやすかったりするが。生物学的見地から見れば、これらは全て区別されている。
隠蔽とは、生物が自分の姿を生活環境や背景に似せることである。
ムチカラマツエビは、名前のとおり、ムチカラマツにかくれているエビだ。
隠蔽は捕食から身を守る。しかし、隠蔽を示す生物は、環境を探索し自由に動き回る機会が制限される。
よって、警告は隠蔽よりも優れていると考えられている。
迷彩
捕食者から身をかくす。聴覚的・視覚的・嗅覚的に。隠蔽で最もよく知られている方法の1つは、迷彩である。だが。厳密には、隠蔽と迷彩は異なる。
迷彩とは、体色を環境の色に変えて、他から見えにくくすることである。
カメレオンやタコは、迷彩を採用する生物の有名な例である。
カメレオンーーこれで、前段のムチカラマツエビとの違いがわかっただろう。
カメレオンの色の変化はホルモンレベルで制御されているため、達成するのに数秒かかる。
タコは、光受容細胞が制御する迷彩機能をもつ。したがって、タコの迷彩は、まばたきする間に行われる。
光学迷彩とは何ぞや。百聞は一見にしかず。この映像は必ず見て。数十秒しかかからないから。
もう少し長くてもいい人は、これも見て。日本語字幕もついているし。ウツボが接近するとウミヘビにトランスフォームする瞬間など、特にすごい。
1998年に、インドネシアのスラウェシ島沖で発見された、ミミック・オクトパスだ。他の多くのミミック・オクトパスは、1つの種になりすますのに固執するが。このミミック・オクトパスは、十数個の種になりすます。
捕食者になり得る生物を片っぱしから阻止する。クラゲ・カニ・ウミヘビ・エビ・カサゴなどの、姿や行動をまねることによって。
映画『トランスフォーマー』の1シーン。
砂の中にひそんでいただけのコレとは同じではないし(ミミック・オクトパスの方が高度だし)、コレのモチーフはサソリだろうが。イメージ的に似ているものを感じる。
以下の話をするために出した。
米海軍は、タコの研究に資金援助をしている。
周囲の環境にあわせて質感や色を変えることができる、合成スキン。それを軍事利用できる日を待ち望んでいる。タコのレベルの迷彩皮で艦艇全体を包んだら、どうなると思う。
これらは全て、ある研究者の発言だ。
「タコの変化の速さとパターンの多様性は、カメレオンも含め私たちが知っている他の動物グループの、追随を許さない」
そうね。
「これは出発点だ。色はプログラム可能だ」
う、うん……。
「はじめは軍事的利用になるだろうが、その後、デザイン関係など文化的な利用もされるであろう」(この人の本望は後者なのだ)
出た〜。
こういう、悪気なしに目を輝かせながら、世間ずれしているというかぶっとんでいるというかな科学者は、少なくない。
マッド・サイエンティストとは、利己的な欲望や目的をとげるために科学を悪用したり、研究に没頭するあまり倫理を逸脱したりする人。奇想天外な発明を行い、恐怖や混乱をひき起こす人のことだが。
アメコミに出てくるレベルの、ヤバい奴や悪い奴ではなく。こういった人が、リアルなマッド・サイエンティストなのだろう。弾劾まではできない範疇におさまっており、リアルな怖さがある。
地球が壊れちゃったら文化もへったくれもないだろと、誰か教えてあげてほしい。
警告
警告は2段階構成になっている。
一次:外見的特徴を示したり、臭いを放ったりして、捕食者に警告する。
(自分を食べる危険性の)警告とも、自分は食べるに値しないという広告とも言える。背景と対照的な体色をしている・体にトゲをもつ・不快な臭いを放つなどの方法で、警告/宣伝する。
二次:捕食者が一次をスルーした時(一次が効かなかった時)に働く。化学的戦略や行動戦略を含む。
テントウムシは派手な体色をしている。そして、苦味のある化学物質を放出して、捕食者に嫌な思いをさせる。
スカンクは尾を上げる。そして、有害な臭いを発して、近づいてくる捕食者に危険を知らせる。
警告は、交尾相手を獲得するという点で、不利になることがある。
ウッド・タイガー・モスには2つの色彩多形がある。黄色と白。(警告を示す)黄色いオスは、捕食から守られやすい。ところが。白いオスは、メスをひきつけるのに適しているのだ。
このガのメスは、強面のオスよりもおっとり系のオスの方が好みらしい笑。要するに、警告の必要ない相手にまで、警告が効いてしまっているのだ。
被食者の防御戦略に対抗するために、必然的に、捕食者も変化(進化)する。
警告を例にして話すと、こうだ。
新しい色の新種が出現する。
捕食者が新奇恐怖症(はじめて見る食べ物に対して恐怖心をもち警戒する行動様式)を発動し、それを避ける。
新しい警告型の種が繁栄する。
いつまでも食わず嫌いをしていると、捕食者が飢え死にしてしまう状況がやってくる。
淘汰圧によって、捕食者の方も変化(進化)する。捕食者の、学習能力・記憶力(獲物の警告表示を記憶する)・認識能力が、向上する。
警告から、ミュラー擬態やベイツ擬態という擬態が生まれることがある。
この先出てくる〇〇型や△△型の、〇〇や△△は研究者の個人名だ。意味とかないから、気にしないで。
(おおまかに)擬態
今更、基本のきに戻るようなことを書くが……。ある種の生物は、他の生物をだまして利益を得るために、擬態の技術を使う。
他人の声真似で、人をだますことができる人がいる。動物は、基本、他の動物(モデル動物と呼ばれる)の体型や構造や色を模倣する。
擬態する生物は、モデル生物と全く同じである必要はないが。ある程度(少なくとも50%は)、似ている必要がある。
ミュラー型擬態
ある種の生物が、警告を示す別の種の生物を(体型・構造・色で)模倣すること。
この場合、どちらの生物も、警告を示し・不快や有毒であったりする。 どちらの種でも、捕食される数を減らせる。
コガネムシは、トラガ(虎蛾)のミュラー擬態の、モデル生物である。
ヘビの多くの種が、シューシューというような似た警戒音を出すこと。これも、ミューラー型擬態に含まれる。多くのヘビには毒があるため。
毒タイプばかりとりあげたが、もちろん、毒以外でもいい。トゲが鋭かったり、単純に味がまずかったり。
ベイツ型擬態
ある生物が、モデル生物の警告ディスプレイだけをまねること。
捕食者が最初に遭遇するのが、擬態生物の方だった場合。捕食者は苦い経験をしない。これが、どういう事態をまねくか。
モデルにされた方の生物の生命は、それまでよりも、危険にさらされてしまうのだ。
パクられても Win-Win ならよいが。これはパクられ損でしかない。
以下、ちゃっかり者を紹介する。
有毒魚の代表例であるフグ、シマキンチャクフグのふりをしているのが、ノコギリハギだ。
こんなの、人間でも解説されてもわからない。
左:毒をもつサンゴヘビ。右:毒をもたないスカーレット・キング・スネーク。 別名、ニセサンゴヘビ。キングから突然の「パクり野郎」みたいた名前で、笑う。
羊の皮を被ったオオカミの神話と、もしかしたら関係があるのかもしれない。
ペッカム型擬態
捕食するため、獲物に気づかれないようにする擬態のこと。
カエルアンコウやカサゴが有名。
基本的には、岩などに扮して相手が来るのをひたすら待つ、待ちぶせスタイルだ。
一部のツノトカゲとオーストラリアのアガミドトカゲは、小さな岩を模倣した体色と形態と姿勢(あまり動かない)をもっている。
アメリカ大陸原産の野生のネコ、マーゲイは、獲物をおびき寄せるための「心理的狡猾さ」をもつ。
サルの赤ちゃんの鳴き声をまねるのだ。サルのまねをするネコ……。
相手はサル。そう簡単には成功しない。策略はすぐに悟られることが多い。さらに。1体にバレると、他のサルたちに、「アイツ詐欺師やで。子どもを狙っとるけしからん奴や」と伝令される。
長めの動画もいくつか見てみたが。直接その声を聞かせてくれるものはなかった。それなら、短いものでいいかと。マーゲイの動く様子のショート動画を貼っておく。
余談
まじめなサイエンス系動画で。ナレーターが、言葉に気をつけて、マーゲイを「相当なトリック・スター」と呼んでいた。教育系は、解説で、詐欺師だとかそういう言い方を避ける。私は思いきり使ってしまった。笑
オーストラリアで、こんなことが言われている。
森の中で子どもが迷子になってしまっても、息子や娘の名前を呼びながら探してはいけない。コトドリがまねをし出して、子どもがついていってしまうからーー。
え、妖怪の話?
誘拐の危険性などを語る比喩的な話だと、そう思うだろう。ところが、リアルガチなのだ。「まーくーん」「ゆーちゃーん」くらい発音し出しそうな勢いなのだ。
ねぇ〜。鵺(ぬえ)なの?怖いって〜。
オーストラリアのオスのコトドリは、そもそも、小鳥の苦痛に満ちた鳴き声をまねたり、小鳥の羽音をまねたりする。
メスをひき寄せるために打つ手が、なんとも姑息。母性愛を刺激してくるオトコに要注意!笑
アメリカのベルシカラー・ホタルのメスは、昆虫界のファム・ファタールだ。
運命の女を意味するフランス語だが、男を破滅させる女という意味あいを含む。
彼女らは、他の11種のホタルの明滅パターンをまねすることができる。同種ホタルのメスが発光(発情や誘惑)していると勘違いして、別種ホタルのオスが飛んでくる。
そして、彼女に食べられる。
男性陣、苦笑いしているでしょう。ハニトラには要注意!笑
メルテンス型擬態
これは、特に珍しいタイプの擬態だ。
強毒性の動物が捕食される場合、被食者も捕食者も必ず死ぬ。そのため、捕食者の学習機会は皆無である。
「この生物は致死レベルの毒をもっているから食べてはいけない」という情報が、捕食者の残りの個体群にも次の世代にも、伝わらない。
この(せっかく)有害な生物は、結局、捕食され続けるだけになってしまう。
私のNoteは、何度もこの言葉をかかげてきたが。今一度。
強さは駆逐しない。自然界はそのようにできている。
強毒性の動物が、捕食されないために、どうするか。学習することができるレベルの、非致死性や弱毒の動物に、擬態をするのだ。
これがメルテンス擬態である。
最も有害なものが、より有害でないものを模倣すると。何それ感が否めないと思うが。そういう生物も存在するのだ。
これで、たしかに、全体の捕食圧が低下する。正と負の頻度依存淘汰で説明される。
これに関しては、人間社会で想像した方が、しっくりくるのかもしれない。残念だけれど。
その他
自己擬態
ヘビの中には、頭と尾が似ている種がいる。攻撃を受けると反転して、尾で捕食者に立ち向かっているふりをする。頭は実は逆向きにあるため、逃げる確率が高まる。
自らの目を模倣する、ある種のフクロウがいる。常に見てますから!どこからでも見てますから!といった感じ。
種内性的擬態
その名のとおりなのだが。同じ種における性の擬態だ。オスが優位に立つために、メスに擬態したりする。
冬眠から覚めたガーター・ヘビのオスは、メスに似たフェロモンを出して、オスをひきつける。オスがたくさん集まってきて「交尾ボール」が形成される。それは捕食者を遠ざけ、オスらの体温の上昇を助ける。冬眠明けは、長いこと食べておらず、エネルギー不足なのだ。
とは言え、いろいろと付随する問題はある。本題からそれるため、詳しくは書かない。交尾ボールのことが気になった人など、こちらの記事を読むといいかも。
現実は小説より奇なり。
自己啓発系のシーンで、「成功するまでごまかそう」という言葉が使われることがある。
まねる生物もまねされる生物も、被食動物も捕食動物も。それぞれの生存率を向上させるために、絶え間ない闘争を繰り広げている。常に、新しい戦略を開発し続けている。
言い換えると。彼ら彼女らは、そのループから抜け出すことができないのだ。
直感的には、上へ上へと積み重なり続けるイメージをもつかもしれないが。そうではない。淘汰圧があるため、ループに近い。
だからこそ、私は、開発競争といっても軍事系のものにたとえているのだ。自然界の動物たちは(今回はふれなかったが植物もだ)、一種の軍拡競争にまきこまれている。しかも、永遠にだ。
私たちはそうではない。人間は本当は自由なのだ。にもかかわらず。我々も、彼ら彼女らと同じループにハマり続け、エンドレスに争いあっている。生み出しては破壊している。
これが言いたいがために、長々書いてきただけだ。……いつか必ず、ここから抜け出そう。