佐藤青南

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ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第20話(最終回):後日談】

マユミと別れてからしばらく後、携帯電話にメールが届いた。 『久しぶり。元気?』 Eからだった。上京2年目に働いたバイト先の蕎麦屋で知り合った女友達で、なんやかんやですでに7年近い付き合いだった。 久々に食事でもしようということになり、Eが行きつけだという二子玉川のアメリカンダイナーふうのレストランで待ち合わせした。 久しぶりの再会だったが、彼女とはそもそも頻繁に会うわけでもない。どちらかが思い出したように連絡し、食事しながら近況報告し合うような関係で、気づけば1年以上会わ

    • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第19話:小説家、ふたたびバイト先に凸される】

      最初のときは元バンドメンバーのSから予告があったので心の準備もできたが、2度目は完全に不意打ちだったので、卒倒しそうなほど驚いた。 ひょっこり入店してきたマユミは、まず雑誌コーナーに向かい、そこに僕の本が置いていないとみるや、レジカウンターにやってきた。しかしレジ前にも、僕の本は置いていなかった。 入荷した50冊を、その時点ですでに売り切っていたのだ。僕が勤めていたのはありえないほどフレンドリーな接客をするコンビニで、オーナー一家が常連さんに営業しまくってくれたおかげだった。

      • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第18話:小説家、バイト先に凸される】

        バンドをやめて小説家を目指して投稿生活に突入した僕は、3年ほどで借金を完済し、2010年に『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞、翌2011年5月にデビュー作が刊行された。もちろんその間それなりに山あり谷あり(山はないか、谷ばかりだ)だったけど、この連載の主題はあくまで「ヤバ女話」なので、そのへんは機会があればまたあらためて。 デビュー作が発売された時点で、僕はまだコンビニの夜勤バイトを続けていた。オーナーは僕の小説家デビューをとても喜んでくれ、本部と交渉して僕の本を店

        • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第17話:ライブハウス凸未遂事件】

          マユミと別れてすぐに解放感でいっぱいになったかというと、実はそうでもない。 それまで時間的にも行動も交友も極端に制限され、つねにマユミの顔色をうかがいながら生活していた。それなのに急に制限がなくなり、自由を持て余すような感覚に陥ったのだ。過度に抑圧される環境に慣れすぎてしまっていたらしい。自由を不自由に感じるようなあの奇妙な心境を体験できたのは、小説家としてある意味貴重だったかもしれない。 僕は熱い風呂に身体を沈めるように、久しぶりに手に入れた自由にゆっくり身体を慣らしていっ

        • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第20話(最終回):後日談】

        • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第19話:小説家、ふたたびバイト先に凸される】

        • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第18話:小説家、バイト先に凸される】

        • ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第17話:ライブハウス凸未遂事件】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第16話:待ちわびた瞬間】

          マユミがアパートを出ていくと宣言してから、実際に出ていくまでは3週間ほどだったろうか。 その間、僕はずっと半信半疑で過ごした。 なにしろ2年半だ。 2年半もの間、あの怪物から逃れようともがいてきた。 マユミの虚言に翻弄されてたくさんの人を傷つけたし、たくさんの人が離れていったし、僕自身も傷ついたし、借金まで背負うことになった。 マユミさえいなければ、続いていた縁も友情もあったかもしれない。 かもしれない、ではない。間違いなくあった。 僕はそれまで大事にしてきた、多くのものを失

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第16話:待ちわびた瞬間】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第15話:思いがけない副産物】

          そのころ、マユミはふたたびバンド活動に介入するようになっていた。 マネージャーとして名刺を作り、森田から買い与えられた高価な一眼レフで、僕のバンドを被写体にカメラマンごっこをしていた。 幸いだったのは、マユミと離れている間に加入させたメンバーにたいし、僕があらかじめマユミの虚言癖について話をしていたことだった。加えてそのときのメンバーはなぜかメンタルヘルスに問題を抱えた女性と交際経験のある者ばかりだったため(なぜか、ではないか。バンドマンあるあるだ)、マユミの虚言に惑わされる

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第15話:思いがけない副産物】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第14話:3度目の浮気】

          マユミの情緒不安定が深刻になっていた。 言葉の揚げ足取りが酷くなり、やたらと突っかかってくる。 なにを言っても、なにをやっても怒りの琴線に触れる。 いつもと同じといえば同じだが、それにしても手に負えない状態が続いていた。 そしてなんとなくだが、攻撃の質がそれまでとは変わってきた気がしていた。 説明は難しいが、以前はひたすら僕の自由を奪い、引き留めるために攻撃していたのが、なぜ自分のそばにいるのがこの男なんだというふうな、苛立ちめいた本気の嫌悪が垣間見えるようになった。『バカ』

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第14話:3度目の浮気】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第13話:まやかしの希望と首吊り自殺未遂】

          マユミが無職になってしばらく経ったころ、僕は彼女を婦人科に連れて行った。 きっかけがなんだったのか、はっきりと覚えていない。テレビ番組だったか、なにかの本で読んだか、あるいは誰かから話を聞いたか、マユミ自身が言い出したかもしれない。そのへんは曖昧だ。 僕はマユミが子宮内膜症かもしれないと疑っていた。 子宮内膜症が酷くなると、やる気が出ない、攻撃的になる、苛々するなどの気分障害が高頻度で表れるらしいのだ。パーソナリティ障害についての知識はなく、うつ病でこんなに激烈な症状が出るの

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第13話:まやかしの希望と首吊り自殺未遂】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第12話:ふたたび悪魔と暮らし始める】

          アパートに居候することになったマユミに、僕は条件を出した。 家に金を入れてくれる必要はない。その代わり、ちゃんと働いてお金を貯め、引っ越し費用が出来たらすぐに出ていくこと。 当時の東京の城南エリアでのワンルームアパートは、7万円ぐらいが賃料の相場だった。もっと安い部屋もあるにはあるが(僕のアパートは家賃5万8,000円)、女性の一人暮らしであまり安すぎるのもよくない。7万円が現実的なところだろう。 敷金礼金仲介手数料に前家賃を加え、初期費用は家賃の6か月分が必要になる。という

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第12話:ふたたび悪魔と暮らし始める】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第11話:母親に腕の骨を折られる】

          1年ぶりに自宅アパートに帰った僕は、急ピッチで生活を立て直し始めた。 以前に働いていたのとは別のコンビニ(今度はローソン)で夜勤のアルバイトを始め、バンドに新メンバーを加入させた。インターネットのメンバー募集掲示板で見つけたギタリストとドラマーは2人ともライブ経験豊富な猛者で、ギタリストにはメジャー経験が、ドラマーには某大物シンガーのバックバンドとしてツアー経験があった。人間的にも馬が合ったし、バンドの演奏レベルはキープできそうだった。 なにより、元ヤ○ザもマユミも介入してこ

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第11話:母親に腕の骨を折られる】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第10話:なお、動機は別れ話のもつれとみられ】

          その日は、なんとしてもマユミと別れると固い決意を持って話し合いに臨んだ。 いつものように自死をほのめかすかもしれないし、包丁を持ち出すかもしれない。僕の家族を傷つけると脅すかもしれない。それでも、なにをされても退くつもりはなかった。マユミから離れ、自分の人生を取り戻すつもりだった。 予想通り、マユミは別れを拒否し、怒ったり喚いたり泣きじゃくったりと、さまざまな感情表現を駆使して僕を引き留めようとした。 いつもなら根負けするところだが、ぜったいに折れるつもりはない。 薬を大量

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第10話:なお、動機は別れ話のもつれとみられ】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第9話:オーバードーズ、やってみた♪】

          親しい作家の仲間うちでは鉄板ネタの笑い話として消費している『ヤバ女話』だが、今回のエピソードはさすがに笑い話にするのが難しいので、これまで一人の友人にしか話したことがない。 ほぼ初出、ほぼ本邦初公開、だけど僕にとってはのちの人生観に影響を及ぼすほど重要な経験だ。文字にするのは僕にとっても少し勇気が必要だが、僕の経験談が救いになる人がいると信じて、書くことにする。 その日も僕は、マユミに同行してパチンコ店に入った。 前述した通り、僕はギャンブルが好きではない。 ギャンブル運も

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第9話:オーバードーズ、やってみた♪】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第8話:医者に見捨てられる】

          前回までの7話を通して読んでくださった方の中には、ピンと来た方もいらっしゃるのではないだろうか。 ――このマユミって女、典型的なパーソナリティ障害じゃないか? いまでは僕もそう思っている。 専門家ではないので診断を下すことは出来ないが、マユミの行動パターンは完全にパーソナリティ障害のそれだ。 境界性なのか、演技性なのか、自己愛性なのかはわからない。全部かもしれない。個人的には境界性パーソナリティ障害を疑っているが、マユミの行動を振り返ると、ほかのパーソナリティ障害の特徴も

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第8話:医者に見捨てられる】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第7話:ヤバい女 vs 元ヤ◯ザ】

          話が前後して恐縮だが、今回はバンドの話。 マユミに苦しめられながらも、活動は続けていた。 ギタリストMくんを追い出した後、加入したギタリストはほどなく脱退した。 そしてドラマーTも脱退し、僕とベーシストSのみとなったバンドだったが、後任はすぐに決まった。 折良くギタリストとドラマーの二人組がセットで加入できるバンドを探していると、友人のバンドマンが紹介してくれたのだ。 マユミの虚言に躍らされた結果の不本意なメンバーチェンジといえ、後任のギタリストとドラマーは非常に腕の良いプレ

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第7話:ヤバい女 vs 元ヤ◯ザ】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第6話:鬱になり借金を重ねる】

          前回でマユミが僕についての虚言を吹聴していたと書いたが、実はすべてが事実と異なるわけではない。 借金はあった。 ピーク時で200万円を越えるぐらい。 ただ、借金をした経緯はマユミの話と異なるし、そもそもマユミは僕の借金の事実を知らない。 一時期、マユミの生活費を負担させられていた。 交際開始から2か月経つか経たないかぐらいのころ、前職の退職金で暮らしていたはずのマユミが突然、貯金が底をついたと言い出した。口座には3万円しか残っていないという。そして金がなくなったのはおまえが

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第6話:鬱になり借金を重ねる】

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第5話:虚言癖に翻弄される】

          ついに僕のバンドのマネージャーの座に収まったマユミは、スタジオでのリハーサルにも毎回ついてくるようになった。 つまり、いよいよ僕が一人になる時間はなくなったということだ。 メンバーにはマユミの本性を明かすことができないどころか、後でブチギレられるのが怖いので、冗談めかした愚痴すらこぼせない。とにかくマユミの意見を尊重し、功績を讃え、マユミの意に染まないことは言わないようにした。 「今度の主催イベントなんだけど、各バンドにステージから客席にカラーボールを投げ込んでもらうのはど

          ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第5話:虚言癖に翻弄される】