ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第8話:医者に見捨てられる】
前回までの7話を通して読んでくださった方の中には、ピンと来た方もいらっしゃるのではないだろうか。
――このマユミって女、典型的なパーソナリティ障害じゃないか?
いまでは僕もそう思っている。
専門家ではないので診断を下すことは出来ないが、マユミの行動パターンは完全にパーソナリティ障害のそれだ。
境界性なのか、演技性なのか、自己愛性なのかはわからない。全部かもしれない。個人的には境界性パーソナリティ障害を疑っているが、マユミの行動を振り返ると、ほかのパーソナリティ障害の特徴も表れていたので断定はできない。そもそもパーソナリティ障害自体が性格傾向と行動パターンによる分類なのではっきり区切るのが難しく、グラデーションがあるようだ。パーソナリティ障害を疾患として扱うかどうか自体にも議論があると、本で読んだことがある。
ご存じない方にはできればご自身で詳しく調べて欲しいが、ひとまず簡単に説明しておくと、パーソナリティ障害とは
『個人のパーソナリティ特性が顕著で、融通がきかず、不適応であるために、仕事や学業、人づきあいに問題が生じている場合に認められる障害』
説明文だけを読むとわかりづらいが、ようするに前話までに綴ったマユミの、とても普通では考えらない常軌を逸した行動のことだ。
小説やマンガ、映画などのフィクションに親しまれる方なら、『サイコパス』という単語を聞いたことがあるかもしれない。あれも10分類あるうちのパーソナリティ障害の一つ『反社会性パーソナリティ障害』だ。フィクショナルに捉えがちだが、実在して社会生活を営んでいる。
いわゆるヤバい女として――もちろん、ヤバい男という場合もあるだろう。
パーソナリティ障害の人間は、異常な行動で周囲を混乱に陥れる。
当人も社会と折り合いが付けられずに苦しんでいるらしいが(そうでない人間に比べて自殺率が高いという統計もあるようだ)、人生をめちゃくちゃにされた被害者としては、どうしても振り回される周囲のほうに肩入れしてしまう。もっと率直にいえば、周囲を混乱させ、傷つけ、ときに生命すら脅かすパーソナリティ障害にたいし、僕は強い怒りを抱えている。そしてその怒りの正当性を信じている。僕の『楯岡絵麻』シリーズで、一貫して主人公をパーソナリティ障害者と対決させているのはそのためだ。
このnoteについて、ともすればパーソナリティ障害への偏見を助長するような表現がみられるとお怒りになる方もいらっしゃるかもしれない。そういう意見はわからなくもないが、ここに書くのはあくまで僕自身が経験した、僕から見たまぎれもない事実である。それ以上のことを書かないよう、創作にならないよう、かなり慎重に筆を運んでいるつもりだ。いわゆる作家のエッセイにありがちな『話を盛る』ことはいっさいしていない。虚言で他人を傷つけ、人間関係を破壊するパーソナリティ障害について周知し注意喚起をするための発信に、嘘が混じってはいけない。
パーソナリティ障害についてまったく知識がなかった僕は、人生のうち20代後半から30代にかけての2年半を棒に振った。本来なら、今後の人生について腰を据えて考える、とても大事な時期だったはずだ。
公園のベンチに腰かけてみたら実はそれがジェットコースターの座席で、安全バーもない状態で途中下車すら許されずに問答無用でぶん回され続けた感覚だった。本気で死を覚悟した瞬間が何度もあった。万が一僕が命を落とすようなことがあっても後でマユミが事実を歪曲して周囲に伝え、悲劇のヒロインを演じたりしないよう、マユミの本性を告発する遺書を書いて楽譜に挟み、隠し持っていた。この遺書はいまでも持っていて、ときどき自戒のため読み返している。
僕にあらかじめ知識があれば、もっと上手く対処できたかもしれない(それでもかなり難儀したと思うが)。
パーソナリティ障害について周知することで僕のようなつらい経験をする人が少なくなれば、あるいは同じようにつらい思いをしている方の励みや慰めになれば、という意図のもと、このnoteを書いていることはご理解いただきたい。
パーソナリティ障害当事者にも救いは必要だろうが、被害者あるいはその候補となりえる人に周知し寄り添うことも、それ以上に必要だと僕は考える。僕がたまたま生き残っただけで、不運にも命を落とす結果になった被害者はいるはずだし、他人を死に追い込みながら罰せられることなく、逆に同情されながらのうのうと生活するパーソナリティ障害者も、おそらくいる。知識は武器になり、身を守る鎧にもなる。多くの人にそれを身につけておいて欲しい。
僕がパーソナリティ障害について知ったのは、マユミと別れてから何年も経った後のことだった。
匿名掲示板でタゲられた被害者のスレッドを見つけ(タゲられる=ターゲットにされるという言い回しも、そのときに初めて知った)、あまりにも自分の経験と重なったので、パーソナリティ障害についての本を読み漁った。
まるでマユミのことを書いてあるようで驚いた。
同時に、自分と同じ経験をした人がいるのだとわかって慰められたし、救われた気分になった。あまりに強烈すぎて、自分の経験談を誰にも信じてもらえないと思っていた。自分だけではない、理解してくれる人がいるという安心感は、人の心を軽くしてくれる。
しかしマユミとの交際時点では知識が皆無で、どう接するべきかもわからなかった。メンタルヘルスに問題を抱えた相手に間違った接し方をしてはいけないという思いから及び腰になり、マユミにつけ込む隙を与えてしまった。
マユミからはうつ病だと聞かされていたし、彼女は実際にいろんな薬を常用していたので、うつも酷くなるとここまで情緒不安定――というよりもはや異常とも思える攻撃性を発揮する――になるのかと素直に信じていた。
なにも知らないなりに、僕はマユミにたいしてずっと心療内科の受診を勧めていた。
僕にとって異常に映る行動が病気に由来するものであれば、病気さえ治せばマユミから離れられると考えたのだ。
しかしマユミは受診を渋り続けた。
以前にも心療内科を受診したことがあり、男性の医師に性的な悪戯をされたというのが、その理由だった。
……と。
いま書いていて気づいたが、心療内科の受診を渋るのに、なぜマユミはいつも大量の薬を持っていたのか??
ついさっきマユミはうつ病だって、自分で書いたじゃないか。
しまった……。
マユミはとっくにどこかのクリニックを受診していたに違いない。オーバードーズしても薬の在庫を補充できるほどには頻繁に通院していた。パーソナリティ障害ではなく、うつ病での受診だろうが、心療内科自体に抵抗があるというのは明らかにおかしい。そもそも当時の僕はパーソナリティ障害という言葉すら知らず、マユミのことを酷いうつ病だと思っていたのだ。
僕には自由がなかったが、マユミにはあった。日中出かけてくれると、睡眠時間が確保できて嬉しかったものだ。
20年越しで矛盾に気づいてしまった。アホだ。
だったら男性医師云々の話も、ありえない。もともと嘘だと思っていたが、いまこの文章を書きながら確信した。ただマユミの場合は嘘だが、心療内科医が女性患者を洗脳し、性暴力を振るう事件は実際に起こっている。虚偽の犯罪告発で真に救いを求める人の声を埋もれさせてしまうのも、パーソナリティ障害の罪深さだ。
書いているうちに矛盾に気づいて微妙に話がそれてしまったが、とにかく当時は、マユミを心療内科に連れて行こうとしていた。
男性医師が無理なら、ということで、僕は女性の医師がいる病院を探した。
某大学病院に、テレビにも出演した有名な女性の心療内科医が在籍していることを知り、マユミを粘り強く説得した。
受診を承諾させるのに数か月かかったものの、ついにマユミを大学病院に連れて行くことに成功した。
とっくにどこかのクリニックを受診していたと考えるとまるでピエロだが、当時の僕には快挙だった。
最初は彼女が一人で診察室に入り、しばらくすると僕も呼ばれた。
テレビで顔を見たことのある丸顔の穏やかそうな女性医師は、見た目通りの落ち着いた声音で僕にこう告げた。
「軽いうつの兆候はあります。お望みであれば薬を処方することもできます。しかしなんでもかんでも医療に期待するのはよくありません。自力で現実に向き合っていく努力は必要です」
自分の耳を疑った。
あれが「軽い」うつ!?
手首を切ったりオーバードーズしたり包丁振り回されたり、まったく気の休まらない日常を送っているというのに、あれが「軽い」の!?
信じられなかった。
きっとなにか重い病名がついて、治療さえすればなんとかなると信じていた僕にとって、目の前が真っ暗になるほどの衝撃だった。
しかも「なんでもかんでも医療に期待するのはよくない」と、突き放すようなことまで言われた。この程度で大騒ぎするなと嘲笑われた気分だった。
のちに本で読んだが、パーソナリティ障害の患者については、心療内科でも体よく追い払うことがあるそうだ。虚言で病院の人間関係をズタズタにしてしまうためらしい。おそらくあの医師の言葉もそういうことだったのだろうと、いまでは理解している。
それはわかる。
というか実際にパーソナリティ障害に振り回された経験のある人間でないと、むしろわからないと思う。
医者が患者を追い払うなんて、普通は考えられない。
でもタゲられた経験のある人間なら、しかたないと思える。
本人によほど変わりたいという強い意思がない限り、まともな治療やカウンセリングなんてできるはずがない。息をするように嘘を吐くのだから。
ただ、すがるような気持ちでようやく受診にこぎ着けた、当時の僕の絶望といったらなかった。
病院にさえ連れて行けば、お医者さんにさえ診てもらえば、突破口が開けるに違いないと信じていたのだ。
あのとき、なんらかの手段で僕にパーソナリティ障害についての知識を授けることはできなかったのかなと、振り返ってみても思う。
マユミを待合室で待たせ、僕だけ呼んで話をするとか。
それすらも危険だと考えたのだろうか。
……無理か。
つねに他人を疑うマユミが、僕と医師の二人きりで話をさせるわけがない。もっともマユミの嫌うシチュエーションだ。
でも本当にショックだった。
医療の専門家に突き放されてしまったら、素人の僕にはこれ以上手の打ちようがない。
このまま一生、マユミのご機嫌うかがいをしないといけないのか。
そんな人生にはたして意味なんてあるのか。
どうしようもないほど追い詰められた末に、あんなことが起こったのだ。
(続く)
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