ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第5話:虚言癖に翻弄される】

ついに僕のバンドのマネージャーの座に収まったマユミは、スタジオでのリハーサルにも毎回ついてくるようになった。
つまり、いよいよ僕が一人になる時間はなくなったということだ。
メンバーにはマユミの本性を明かすことができないどころか、後でブチギレられるのが怖いので、冗談めかした愚痴すらこぼせない。とにかくマユミの意見を尊重し、功績を讃え、マユミの意に染まないことは言わないようにした。

「今度の主催イベントなんだけど、各バンドにステージから客席にカラーボールを投げ込んでもらうのはどうかな? ボールを手にした人は景品をもらえるようにするの」

「(えー、それぞれ演出とか世界観とかあるから、出演バンドにそれを強制するのはよくないんじゃないか? ってか僕自身がそういうのやりたくないし。バンドがステージからカラーボールを投げ込むって、演出としてださいだろ)うん。いいと思う」

「次のアルバムのジャケット、私の撮影した写真を使ってよ。森田さんのラボを借りて撮った写真があるんだ。これ、めっちゃかわいくない?」

「(うわっ。この写真、曲のイメージとぜんぜん合ってない。なんでこんな写真をジャケットに使おうとするんだ。バンドの音楽性なんか関係なく、自分の作品を見せびらかしたいだけじゃないか。こんなファンシーな写真、うちのバンドのカラーにまったく合わないじゃん)いいね。そうしよう」

特大級の腫れ物扱いだ。
何度か別れ話をしたものの受け入れられず、そのときの僕は、マユミがいる状況とどう折り合いをつけていくかを模索していた。むろん折り合いなどつくわけがないのだが、それでもまだ、マユミの邪悪さを甘く見積もっていた。

バンドに加入したマユミは、誰も求めていないのに相談役よろしく、ほかのメンバーと頻繁に連絡を取り合うようになった。僕が一日11時間、週4、5日アルバイトしていたのにたいし、向こうは無職でとにかく暇なのだ。暇な上に他人を支配するのに執念を燃やす異常者。やりたい放題だった。僕がマユミのことを褒めそやしたせいで、メンバーにとって信頼を寄せるに値する存在と映っていたのもよくなかった。

マユミはいかにも甲斐甲斐しく働くマネージャー然として振る舞いながら、メンバーの動向やバンドの周辺情報を日々、僕に報告してきた。

「これ言っていいのかな……ギターのMくんがバンドを辞めたいと漏らしてた。あなたのリーダーシップに疑問を感じるそう。もともとあなたの作る曲を好きではなかったみたいね。音楽性が合わないんだって」

「ドラムのTくんがベースのSくんを陰でいじめてバンドから追い出そうとしている。おまえなんか辞めちまえって言ってた。Tくん、あなたのことを慕っているように見えるけど、陰では、まるで自分がバンドのリーダーみたいに振る舞っているのね。裏表激しくて驚いた」

「対バンしたバンドのメンバーからしつこく口説かれて困っている。え? その人から飲みに誘われたの? 私とあなたが付き合っているのは承知しているはずなのに、どういうつもりだろう。だってあの人から、あんなやつと別れておれと付き合えって言い寄られているよ」

「ファンの○○ちゃんから女性用トイレで嫌みを言われた。あの人、ファンの間でも評判悪いみたい。悪口を言われた子はもうライブに来ないって泣いていた。なんとかしないといけないと思うけど、チケット買ってくれるお客さんだもんね。さすがに出禁にするわけにもいかないし……」

おそらく、すべて嘘だ。
でも当時は信じてしまった。
信じた結果、ギタリストのMくんを一方的に辞めさせ、しばらくするとドラマーのTは自分からバンドを脱退した。
対バンと親しくすることもなくなり、熱心に応援してくれていたファンにすら出禁を言い渡した。
唯一、上京して最初に出来た友人であるベーシストのSだけがバンドに残った。

本当に後悔している。
マユミの虚言に振り回された結果とはいえ、僕は多くの人にあらぬ疑いをかけ、傷つけ、自ら関係を断ってしまった。向こうから離れていったケースも、自覚している以上にあっただろう。当時、僕が急に変わってしまったと思った人は多かっただろうし、いまだ僕に恨みを抱いている人も、間違いなくいる。
とくにギタリストのMくんにたいする仕打ちは、悔やんでも悔やみきれない。
バンドメンバーにもバンドがなければつるんでいないであろうタイプと、バンド抜きにしても友達として馬が合うタイプがいて、Mくんは間違いなく後者だった。マユミと出会うまではよく遊んでいた。物静かだけどユーモアのセンスがあって、ぽろりと漏らす一言が気が利いていた。学校で同じクラスだったら、きっと友達になっていたと思う。
それなのに僕は、マユミから吹き込まれた悪口を鵜呑みにして疑心暗鬼になり、彼を一方的にバンドから追い出した。どこまでが事実なのか、確認するための話し合いをしようとすらしなかった。
辞めたきゃ辞めればいいさ!
どうせおれの曲なんか最初から気に入ってなかったんだもんな!
そんな人間とは一緒にやれない!
マユミの報告を真に受けて頭に血が昇り、冷静さを失っていた。
きっと言いたいことはいろいろあったろうに、Mくんはいっさい反論せず、僕の通告を受け入れた。マユミの本性を見抜いてかかわり合いを避けたのか、あるいは変わってしまった僕に愛想を尽かしたのかもしれない。

ドラマーのTだって、かつては僕のことをリーダーリーダーと慕ってくれた。7つ年下で出会った時点ではライブ経験もなかったため、ライブ活動のノウハウを僕が一から叩き込んだ。抜けているところはあるけど真っ直ぐな男で、僕のことを師匠のように思っているふしすらあった。真っ直ぐ過ぎたせいで、最後は完全にマユミに籠絡されていたようだけど。

僕自身がもっとしっかりしていれば、きちんと人を見る目を養っていれば、あんな結果にはならなかった。
でも残念なことに、僕は無知で世間知らずで愚かだった。愚かすぎて自分が愚かだという自覚すらなかった。
マユミのことをメンタルヘルスに問題を抱えていて、盛り癖がある、詐病で関心を引こうとすると認識はしていたものの、虚言を弄して人間関係を操作しているとまで考えが及んでいなかった。そんなことをしてもなんの得にもならないはずだし、そんな邪悪な人間が実在するとは思いもよらなかった。
たいした得にもならないのに、いたずらに嘘をついて人間関係をかき乱す、邪悪な人間は実在する。
しかし人間の想像力は、自分の経験した範囲にしか及ばない。僕には人生経験が足りなかった。

僕もそうだったが、虚言に触れたとき、多くの人は相手が話を盛っていると受け取りがちだ。さすがにすべてを鵜呑みにはしないが、そこまで言うからには根拠となる事実はあるのだろうと考える。
詐欺師はそこにつけ込んでくる。
僕がマユミから伝え聞いたMくんの話を、実際より大げさかもしれないが、不満があるのは事実なのだろうと受け取ってしまったように。
そこが間違いだった。
ゼロから話を捏造する邪悪な人間は、いる。
マユミにあるのは盛り癖ではなく、虚言癖だった。
そもそも他人が気づくほどの盛り癖盛り癖などではなく、虚言癖である場合がほとんどだと思う。

彼女の虚言を疑うようになったのは、いつごろだろうか。
気づいたころには取り返しのつかない状況になっていたのは、間違いない。
決定的なエピソードがある。
マユミにはBという元彼がいて、彼もクラブジャンクボックスのイベントに出入りしていた。主催バンドがマユミの高校の後輩だから、人間関係が狭いのだ。
Bは見た目はとてもやさしそうで、実際に話しても腰が低く、話しぶりも穏やかだった。
でも僕はBのことを嫌っていた。というより、軽蔑していた。
なぜならマユミから、交際していた時期にBによって暴力を振るわれていたと聞いたからだ。ギャンブルにのめり込み、多額の借金があるとも聞いた。話だけ聞くとあまりに典型的なクズ男。でも実際に会ってみると、とてもそうは見えない。そのギャップが恐ろしいと感じた。

たぶん違う。Bには裏の顔などなかった。
そう気づいたのは、ある友人からの連絡がきっかけだった。
その友人は、マユミから僕についての相談を持ちかけられたという。
僕がマユミに暴力を振るっており、ギャンブルのために借金を重ねているという内容だった。
告げ口がバレると暴力が酷くなるから僕には言わないでくれと口止めされたが、その友人の知る僕の姿とあまりに解離があると感じ、連絡をくれたのだった。
愕然とした。
マユミが僕に話していた元彼の所業と、まったく同じだった。

そこに至ってようやく、僕ははっきりとマユミの虚言を確信した。
他人の話はどこまで事実かわからなくても、自分のことならわかる。
僕は暴力を振るっていないし、ギャンブルも嫌いだ。
むしろマユミから暴力を振るわれていたし、ギャンブルにのめり込んでいるのはマユミのほうで、たびたびパチスロに連れて行かれ、しかたなく台を打っていた。
頃合いを見て止めようとしても、マユミは大当たりを引くか有り金を使いはたすまで台から離れようとしない。
結果、ほとんどの場合、有り金を使いはたした。
そうなるとマユミは機嫌が悪くなり、荒れ狂う。
あのときのトラウマのせいで、いまでもパチンコ店は苦手だ。

マユミが僕の友人に持ちかけた相談内容は、明らかな嘘だった。
ということは、元彼Bについての話も嘘だったに違いない。

別れた後になってわかることだが、マユミは僕の友人たちに、同じような虚偽の相談を持ちかけていた。僕は暴力男で、ギャンブル狂いで、借金を重ねていることになっていた。マユミはそんなクズ男を見捨てることなく献身的に支える、聖母のような女になっていた。恋人を貶めることで相対的に自分の評価を上げるのは、あの女の常套手段だったようだ。

友人の恋人からそういう相談を持ちかけられたら、どう思うだろうか?

マユミが僕を貶めるのになんらメリットはない。
意外にすんなり信じてしまうのではないだろうか。よほど僕への信頼が厚くない限り、そんな酷い男とは別れたほうがいいよとマユミに助言しつつ、僕と距離を置くようになるだろう。

それこそがマユミの狙いだったのだ。
僕のことは極端な束縛で行動を制限し、周囲には虚偽の噂を広めて僕を孤立させる。
僕を孤立させた先に、なにがあるのかは知らない。
ただ実際にそうなった。
僕は孤立して追い詰められた。

一度、「お願いします。別れてください」と土下座してみたことがある。なりふりかまっていられなかった。とにかくマユミから離れたかった。
でも無理だった。
マユミは別れを承諾しなかった。
そのときのマユミは「それほど別れたいの?」と泣きじゃくったけど、相手を土下座させるほど追い詰めたという責任は感じていないようだった。なにかを改善するともあらためるとも言ってくれなかった。
自分しかかわいくないのだ。

なにをしようが状況はまったく好転しなかった。
僕はこの女を殺すか、自分が殺されるかしか、出口がないのかもしれないと思い詰めるようになっていった。
(続く)

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