ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第7話:ヤバい女 vs 元ヤ◯ザ】
話が前後して恐縮だが、今回はバンドの話。
マユミに苦しめられながらも、活動は続けていた。
ギタリストMくんを追い出した後、加入したギタリストはほどなく脱退した。
そしてドラマーTも脱退し、僕とベーシストSのみとなったバンドだったが、後任はすぐに決まった。
折良くギタリストとドラマーの二人組がセットで加入できるバンドを探していると、友人のバンドマンが紹介してくれたのだ。
マユミの虚言に躍らされた結果の不本意なメンバーチェンジといえ、後任のギタリストとドラマーは非常に腕の良いプレイヤーだった。
バンドの総合力は格段に向上し、出演したライブハウスのブッキングマネージャーから「ついにここまで来たか」と称賛されるほどになった。
怪我の功名だ。
ところが一つ、懸念があった。
新ギタリストにはギターや機材を買い与えたり、スタジオワークの仕事を斡旋したりと面倒を見る個人的なマネージャーがついており、それがやや筋の悪い人物だったのだ。プロフェッショナルなマネージャーというより、タニマチに近いスタンスといえばわかりやすいだろうか。金を出すかわりに口もガッツリ出す、そのわりに音楽のことはあまりわかりません、ただし謎に顔が広くて人脈はあります。という感じ。
若者を本気で応援するというより、若者を連れ回しているところを周囲に見せつけたいタイプ。
どの業界にもそういう人間はいる。
もちろん、出版業界にも。
ドラマーからは加入に際し、ギタリストのマネージャーは元ヤ○ザなので気をつけてくれとこっそり忠告された。二人セットで活動していて兄弟のように仲がよさそうなのに、その件にかんして直接ギタリストに意見することはできないらしい。親しくてもアンタッチャブルな話題であり、存在のようだ。
マジかよ、頭のおかしい女に加えて元ヤ○ザまで。
勘弁してくれ。
それでも腕はたしかなメンバーたちだ。
新体制でのライブを順調にこなしていった。
評判も上々。
元ヤ○ザもときどきライブに顔を見せる程度で、思ったほどギタリストにべったりなわけでも、バンド運営に強引に介入してくるわけでもない。
新メンバーとマユミも、表面上は仲良くやっているようだった。新メンバーの二人は音楽以外の余計なことは考えたくないという職人タイプだったせいか、マユミがあれこれ提案する運営プランに反対することもない。そもそもそういう雑事にはあまり関心がなさそうだった。僕のほうがイメージと異なる方向にバンドを引っ張られ、ほかのメンバーがいっさい反対せずにマユミの意向に従うため、やきもきするほどだった。ともあれ衝突がないこと自体はありがたい。
もしかしたら上手くやっていけるのではないかと、甘いことを考えていた。
そしてある日、ワンマンライブの話が舞い込んできた。
満を持して、というケースではない。
かわいがってくれていたライブハウス、渋谷RUIDO K2(現在は閉店)の日程が一日ぽっかり空いてしまい、格安で提供するのでワンマンをやってみないかという誘いだった。いわば穴埋めなのだが、経緯や理由はどうあれ、ワンマンライブの実績に変わりはない。バンドの活動履歴にワンマンライブ開催と掲載できるのは、とても意義深いことだ。メンバーのモチベーションを高めるためにも、誘いを受けることにした。
準備期間は一か月ちょっとだったろうか。
懸命に人をかき集めたため、キャパ200のうち7割ぐらいは埋まったと思う。もっとガラガラなワンマンも少なくないので、ライブ自体は成功といってもいい結果だった。
僕の声もよく出たし(最初のバンドではギタリストだったが、その後結成したリーダーバンドではギターヴォーカルになっていた)、なかなか良い演奏ができたと我ながら思った。
心地よい達成感があった。
事件が起こったのは、ライブ後だった。
僕は機材の片付けもそこそこに楽屋口からライブハウスの出入り口にまわり、来てくれたお客さんの見送りをしていた。すると、出てきたお客さんの一人が背後を振り返りながら言った。
「なんか、揉めてるみたいですよ」
いやな予感がした。
お客さんの流れに逆行してライブハウス店内に入ってみると、ホールから出入り口につながる階段の踊り場で、マユミと元ヤ○ザが激しく口論していた。
理由を訊ねてみると、ライブの模様を撮影した映像素材のビデオテープ(ライブハウスに頼めば撮影したものを渡してくれる)をどちらが持って帰るかで揉めているらしい。
どうでもいいし、衆目のある場所でやることじゃない。
しかしマユミも元ヤ○ザも、演者や観客のことは置き去りだ。格闘技の試合開始直前みたいな感じで互いに顔を近づけ、怒鳴り合っている。お客さんは怯えたりおもしろがったりしながら、その横を通過して出口に向かっていた。
その場をどう収めたのか、いまとなってははっきり覚えていない。ダビングしたものをすぐに渡すからいったんこちらで持ち帰らせてほしいという感じが、現実的な落としどころか。マユミが引き下がって決着するとは思えないから、ビデオテープはこちらで持ち帰ったはずだ。
どう収めたのかは覚えていなくても、とても惨めだったという感情の記憶だけは、鮮明に残っている。
その日、ワンマンライブを敢行した主役が、激しく口論する二人のヤバいスタッフを必死でなだめ、とりなそうとしておろおろする姿を、帰り際のお客さんに見せてしまったのだ。こんな後味の悪いライブがあるだろうか。客前で従業員を怒鳴りつける店主のいるラーメン屋では、食べたラーメンの味より、いやな場面に遭遇したという後味の悪さしか残らない。あの日のライブに来たお客さんも、きっとそんな感じだったんじゃないか。
そのライブからほどなく、ギタリストとドラマーはバンドを脱退すると伝えてきた。
結成から1年半不動だったメンバーが、マユミの加入後、たったの9か月ほどで、ギタリストは3人、ドラマーは2人が辞めていた。
マユミがいることで、いよいよライブ活動もままならなくなってきた。
(続く)