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みじかいお話たち

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短編小説集。多ジャンル。主に即興小説で書いたものを収録。他に200字ノベルや詩もあります。
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2016年1月の記事一覧

乙女は花列車に夢を見る

乙女は花列車に夢を見る

ルーニンが住む街では、毎年秋になると大きな祭りが行われた。花祭りと呼ばれるそれは三日三晩続く大行事だ。秋の実りと収穫を祝うそのお祭りではコスモスがシンボルとなっており、あちこちに華やかで可愛らしい花弁が咲き乱れている。
今年で十二歳となるルーニンは、そんな花祭りが大好きな少女だった。
ルーニンは花祭りが始まる日の朝、誰よりも早く起床した。
「お母様おはよう! さあ、早くアップルパイを焼きましょう」

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痛み

痛み

「あんた見てるとさ、ムカつくんだよね」
玲花はそう言って私の前から去ろうとした。
伏し目がちにした目元に、長い睫毛の影が出来たものだから、私は呑気にも「きれいだなぁ」なんて思っていた。
すぐに向けられた背中に、その景色さえも隠されてしまったけれど。
「いっつも笑ってて。バカみたい」
最後にそう言って、玲花は私の傍から離れていった。

  ・  ・  ・  ・  ・

いつも明るくていい子だ

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ホワイトリリーに口づけ

ホワイトリリーに口づけ

マリーは絡みつくロングメイドドレスの裾をたくし上げると、広大な廊下をパタパタと走った。
「お嬢様ー!マリアンヌお嬢様ー!」
この姿をメイド長に見つかれば軽く三十分は説教されるであろう。しかし今のマリーにはそんな余裕はなかった。
姿を消した主を早く見つけ、捕まえ、嫌がってでも今夜のパーティーの準備をさせなければならないからだ。
「マリアンヌお嬢様ー!早く出てきてくださーい!」
「……そんなに大声出さ

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あの日の潮風

あの日の潮風

目を閉じると広がる風景が私にはあったのです。
それは何とも懐かしく心地いい空間が広がる小さな島でありました。いつでも柔らかい風が島を包み、そこで暮らす私たちは風と共に生きていました。
漁業で生計を立てている島の人たちは、ほとんどが漁師あるいは魚肉加工食品会社のもとで働いていました。例にもれず私の両親も、父親は漁師で母親は工場勤務をしておりました。
子どもが私を含めて五人もいた二人の苦労は大変でした

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エデンは西の河に落つる

エデンは西の河に落つる

陽光はすでに西に沈み始めていた。燃え始めの炎のように彩る空はどこか寂しげで、アッシアの黒い影を長くさせた。無心に籠を編んでいたアッシアはその手を止め、目の前に広がる河へと目を向けた。
散らばる乱反射は美しく輝いて、夕から夜への橋渡しをしている。
「やあ、お疲れ様アッシア」
「ラハン」
振り返ればそこには日に焼けた青年が一人。彼はラピスラズリを思わせる瞳を細めるとアッシアから前方へと視線を向けた。

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相容れぬ殺人犯

相容れぬ殺人犯

人は昔から私のことを天邪鬼と呼んでいたんだ。
他人が困ることや慌てふためく様を見ることが何よりも好きでね。幼い頃から小さな悪戯を繰り返しては周囲の大人を困らせていたよ。
中には本気で怒る者もいたが、その顔がまるで茹でたての蛸のように見えてね……ますます笑ってしまう私についには呆れかえっていたよ。

男は淀みなく喋るとそこで不敵に笑った。
口元に寄せられた指先は男性としては細くしなやかで、その指をも

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春太の受難な一日

春太の受難な一日

空気を引き裂くような物音を立ててそれは砕け散った。
落下したのは高さ一メートルばかりもあろう棚の上に置いてあった、ガラスの一輪挿し。
挿されていたピンクのガーベラは、小さく出来た床の上の水たまりの中でクタリと倒れていた。
「や、やっちまった……」
春太は一気に血の気が引いた。
このガラスの一輪挿しは、里佳子が大切にしていた物だと知っていたからだ。
綺麗好きで物をとても大切にする里佳子。
『これを見

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小悪魔に嘘をつく

小悪魔に嘘をつく

「素直な人が良い人とは限らないよね」

サキちゃんが缶チューハイ片手に口を尖らせている。
七畳ワンルームのアキラの部屋では、他のサークル仲間がいびきをかいて寝転がっていた。午前一時。起きているのは二人だけ。アキラは緊張を隠しながらも、初めて見るサキちゃんの酔い顔に見惚れていた。
「そうかなぁ?」
「そうよ! だってさ、普通女子に対して『あれー、太ったねぇ』なんて言う?」
「それって……アツシのこと

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ノックスに願う

ノックスに願う

僕だって自覚しているし自負も持っている。推理小説の探偵の端くれさ。
ノックスの十戒だって何度も復唱し理解はしている。
……けれど。ああ、けれど。
ノックスに伝えてくれないか。
この項目も付け加えられたのなら、僕は救われるのだと。

「───といったトリックを用いて、犯人は僕たちの目を背けたのです」
容疑者が集められた大広間。
僕はいつものようにトリックを説明し、その中にいる犯人をジワジワと追い

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神を切ってはなりません

神を切ってはなりません

相変わらずテレビのコマーシャルで、噂の美少女タレントがロングヘアーを風にたなびかせているのを、美羽はうんざりと横目で観た。
「キューティクルを育てる」がキャッチコピーの自然派シャンプーは最近の流行りらしく、美羽のクラスメイトも何人か愛用していた。
風に舞い上がる黒髪がやけにCGめいて吐き気がする。美羽は朝ごはんをかき込むと乱暴に茶碗を置いた。

「ごちそうさま! 行ってきます!」

そうして立ち上

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蔦の檻

蔦の檻

近所の子どもに評判のお化け屋敷は、私の家から徒歩十分ほどの場所にあった。
町の外れにあるそこはいわゆる廃屋というやつで、いつからそこにそうして建っているのか、当時幼かった私は知らなかったし知ろうとも思わなかった。
いつでも日の影になるその場所は、世界の暗い部分を全て引き受けているような貫禄でそこにあった。蔦生い茂るその姿は、どこか長老のようなどっしりとした佇まいを感じさせる。私はその廃屋がなぜか気

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笑う猫は夕焼け色

笑う猫は夕焼け色

それはリビングでテレビのバラエティ番組を観ているときに聞こえた。
たしか番組では、動物ハプニング映像が流れていた。雪の中ではしゃぐ犬が、足元を滑らせて撮影カメラに激突するシーン。
「ぐふふっ」
確かにそう聞こえたのだ。
親父のような、変な笑い声が。
(え?)
私は思わずまわりをキョロキョロ見渡した。
キッチンではお母さんが夕食後の後片付けをしているし、お父さんはまだ会社から帰ってきていない。リビン

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泉と陽だまり

泉と陽だまり

「君のピアノはとても素晴らしいよ。でも何だろう……こう、冷たい気もするんだ。ひんやりしていて、泉のようで」
そう貴方に言われて、私は己の演奏がそんな風に聴かれていることに驚いた。
温かみがないと言われた私のピアノ。
じゃあどうしたら、貴方みたいな演奏ができるんでしょう。
聴いているだけで心躍るような。陽だまりのような貴方の演奏に。

「え、僕そんなこと言ったの?」
「そうよ。覚えていないのね」

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ゆいとケーキ(200字ノベル)

ゆいとケーキ(200字ノベル)

沢山のケーキが並べらたショーウィンドウを前に、ゆいはお鼻を潰すほどどれにしようか思案中。その中で飛びっきりのケーキを見つけた。
「パパあれがいい!」
「どれどれ?」
父親はゆいの指さすケーキを見てしばし言葉を失った。
「…ゆいにはちょっと早い」
「何でー!あれがいいー!」
駄々こねゆいが指差す先にはメレンゲドールの花嫁さん。父親は苦笑いした。

いつかこのケーキを買う日も来るのか、と思いながら

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