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エデンは西の河に落つる

陽光はすでに西に沈み始めていた。燃え始めの炎のように彩る空はどこか寂しげで、アッシアの黒い影を長くさせた。無心に籠を編んでいたアッシアはその手を止め、目の前に広がる河へと目を向けた。
散らばる乱反射は美しく輝いて、夕から夜への橋渡しをしている。
「やあ、お疲れ様アッシア」
「ラハン」
振り返ればそこには日に焼けた青年が一人。彼はラピスラズリを思わせる瞳を細めるとアッシアから前方へと視線を向けた。
「ここは本当に夕陽が綺麗に見える場所だね」
穏やかな彼の声に、アッシアも片付けをしながら答えた。
「うん。私はここで仕事をするのが好き」
「そうだね。ここはアッシアの特等席だ」
立ち上がろうとしたアッシアの肩を制し、隣にラハンは座った。そこでアッシアは、土の香りに混じって感じた鉄の臭いに眉をしかめた。
「ラハン……今日も怪我してる」
「ああ、今日は特別な訓練をしていたからな」
小麦色の彼の二の腕には、痛々しいほどの傷跡が残っている。その中にまだ新しげな傷もあり、乾ききっていない血がてらてらと夕陽と混じっていた。
「そのままじゃいけないよ。ちょっと待ってて」
アッシアは持っていた布切れを目の前の河ですすいだ。神の河とも言われるその水で清めた布で、神聖な仕草で彼の腕を拭く。
「しみるよ。我慢して」
「大丈夫さ。優しいな、アッシアは」
「そんなことない」
アッシアは突然胸が苦しくなり、ついその拭いている手に力を加えてしまった。
「あ、ちょっとそれは痛いかな」
「!……ご、ごめん」
慌てて謝るアッシアに、ラハンはまた「大丈夫だよ」を繰り返した。

幼い頃に両親を亡くしたアッシアを面倒みてきたラハン。
日に日に少女らしくなる幼子に、月日の流れの早さを感じていた。
時の流れは本当に河の流れのように留まることを知らない。
それがどんなに幸せに満ち溢れている時でも、失意のどん底でいる時でも。

「……ねぇラハン。天国はどこにあるの」
「え」
アッシアの突然の呟きに、惚けて河を眺めていたラハンは目を丸くさせた。
「最近ターリン爺さんに聞いた。死んだ人は天国にいるって」
ラハンは近所に住む長老の顔を思い出していた。
「なるほど、天国か……」
ラハンは眉を下げるしかなかった。そんなこと、ラハン自身も知りたかったからだ。
神は死した者を全て天国に迎え入れるとは限らない。けれどそんなこと、幼いアッシアにはまだ言わなくてもいいはずだ。
それに何より。
天国が本当にあるかなんて、ラハン自身にも分からないのだから。
「難しいね」
そう言ってラハンは前方をまた見た。
広がる河はまるで無限に広がる絨毯のように、その煌びやかな橙色を讃えている。まるでこの世の景色とは思えないほどに雄大で幻想的な世界だ。

そうか。つまりそれはきっと……。
ラハンはふっと口を緩ませた。

「僕には正解なんて分からないけど」
アッシアの頭に手を乗せた。彼女の黒曜石のように艶やかな髪がなびく。
「きっとこの河のような世界に天国はあるんだと思うよ」
その答えを受けて、アッシアはまだ難しそうな、不可思議な表情をして見せた。

きっと天国などどこにもない。
この河のように、流れるようにどこかでさまよっているのだろう。
そしていつしか目の前を流れていたことに気づくことができるか。
僕たちはきっと試されているのだ。

ラハンはそう思った。

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