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蔦の檻

近所の子どもに評判のお化け屋敷は、私の家から徒歩十分ほどの場所にあった。
町の外れにあるそこはいわゆる廃屋というやつで、いつからそこにそうして建っているのか、当時幼かった私は知らなかったし知ろうとも思わなかった。
いつでも日の影になるその場所は、世界の暗い部分を全て引き受けているような貫禄でそこにあった。蔦生い茂るその姿は、どこか長老のようなどっしりとした佇まいを感じさせる。私はその廃屋がなぜか気に入って、夏休みのある日こっそりとそこに侵入しようと思ったのだった。

中学生に上がったばかりで、もう小学生のようなことをしていられないなという変なプライドが芽生え始めていた私は、廃屋にこっそり入ることを自分だけの秘密にしようとした。
仲の良い友人に声をかけたくても、最近大人びてきた奴らに馬鹿にされそうで少し怖かったのだ。
私は一人、廃屋の窓から侵入した。
実は幼い頃友人と忍び込もうとした経験があったので、侵入できる窓があることは知っていたのだ。けれどその時は怖くて結局入れなかった。
でも今は違う。一人でだって平気だと、意気揚々と侵入した。
しかし侵入して驚いた。蔦が、中にまで伸びていたのだ。
侵食と言ってもいいくらいの蔓延りようだ。
一体いつからこうして蔦が中にいたのか、私にはわからなかった。
見上げて一人感嘆を吐く。
天井にも壁にも、蔓がびっしり。埋め尽くされている。
私はそのまま服が汚れることも気にせず、廃屋の中で横になった。
窓から差し込む光は弱々しく、聞こえてくる町の音もどこか遠い。
まるで、一人世界から切り離されこの廃屋に締め出されたかのようだ。実際は、中に入っているだけなのに。
天井にも伝う蔦は、だらりと葉を下げていた。一部日の当たりが良くない部分は枯れていて、どこか物悲しさを感じさせる。手にも見える蔦がまるで、寝転がる俺に助けを呼んでいるようだ。
とその時、強い風が舞い込んできた。
ざあぁっ、と強い悲鳴を蔦が上げた。
一斉にたなびく幾つもの軽い葉が、強風にさらされ舞い踊る。

───ああ、弱い葉だ。強風に煽られ、簡単に舞って乱れる。

私はぼんやりとそんな事を思い蔦を見ていた。
そしていくつかの弱い葉は、ひらひらと舞い落ち地に落ちた。
しがみつく事のできない葉は簡単に落ちるものなのだ。

私はその様子をしばらく見ていると、なんとも言えぬ焦燥に駆られ身を起こした。
辺りを見渡し、手頃な棒を一本その手に持つ。きっと元は何かの机の脚だったのだろう。長めのそれを、思い切りぶんまわした。
それは天井にまで届き、蔦を乱した。
天井や壁にへばりついていた蔦が、自分の持つ枝に絡みつくたびに重さをその手に感じた。
ぶちぶち、ぶちぶち、と蔦が弾け飛ぶ。葉はざぁ、ざぁ、と暴風のような悲鳴を上げ舞い落ちる。そして私の周りに降り注ぐ緑の豪雨は、たちまち廃屋の地に落ちただの落ち葉と化した。
私は落ち着くと棒を投げ捨てその廃屋を後にした。その背後に沢山の散った蔦の葉が、踏み散らかされ息絶えていた。

あの時の感情が何だったのか今となっては分からない。
けれど実は誰もが秘めているものではないかと私は思っている。
あの蔦の葉に私が感じた、一時の苛立ちと焦燥を。そして。
舞い散る葉に見た一瞬の───羨望を。



#小説

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