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神を切ってはなりません

相変わらずテレビのコマーシャルで、噂の美少女タレントがロングヘアーを風にたなびかせているのを、美羽はうんざりと横目で観た。
「キューティクルを育てる」がキャッチコピーの自然派シャンプーは最近の流行りらしく、美羽のクラスメイトも何人か愛用していた。
風に舞い上がる黒髪がやけにCGめいて吐き気がする。美羽は朝ごはんをかき込むと乱暴に茶碗を置いた。

「ごちそうさま! 行ってきます!」

そうして立ち上がると、適当に髪ゴムでしばったポニーテールが腰あたりで揺れた。うざったいと美羽は思う。
行ってらっしゃい、と手を振る母親は自身の髪をコテアイロンで巻いていてこっちを見もしなかった。

『髪を切ってはなりません。髪を断つことは神を断つことに通じるからです』
どこぞの神はそう言いました。

ああ馬鹿らしい、と美羽は思う。
けれど信仰深い今の時代のこの国民は、それを信じて疑わない。
辺りは一面長髪だらけで、女性はもちろん男性だって髪の手入れを欠かさない。
年に一度、神に許された断髪日にのみ毛先を梳くくらいしかしないので、国民全てがラプンツェル状態だ。
病気や生まれつき伸びにくい人さえ肩身を狭くするこの世の中にヘドが出る。
美羽は髪を切りたかった。
重くうざいこの髪を肩より上でちょん切ってしまって、すっきりしたいと常々思っていた。
けれどまわりは当たり前のようにロングヘアーを手入れしているものだから、そんなことを言うことは出来なかった。だからだろうか。

「まるで周りが敵だらけみたいな顔ですね」

登校中にそう声をかけられ、足を止めてしまったのは。
「は?」
近道である裏道途中で声が聞こえ、美羽は足を止めた。
すると細い路地裏から、パーカーのフードを頭に被った若い男がこっちを見ていた。
闇に潜むように立っていた男は透き通るような大きな瞳で、美羽は無視することができなかった。
男はこちらに来るでもなく、美羽にだけ聞こえるような声で言う。
「貴方も感じているのでしょう。髪を切ってはならない理不尽さに」
ぐっと息を飲む美羽に対し、男はさらに言葉を続ける。

「髪を伸ばすことが信仰心に繋がるなんて、バカらしいと」
「それなのに周りは皆それを信じているなんて、おかしいと」
「でも切ることができない己にも腹を立てていることに」
「ねぇ」
男は囁く。
「仲間に、なりませんか」

「……仲間?」
ようやく美羽は声を出すことができた。
気づけば男に近づくように路地裏に歩み寄っていたことにも気付かず、ツバをごくりと嚥下する。
目の前の男がハラリとパーカーのフードを下ろした。

「ええ。貴方も『神切り』になりませんか」

美羽は息を飲んだ。男が短髪だったからだ。
耳を丸出しにし短く刈り込まれた髪を凛々しく立たせたその髪型は、歴史の資料として見たことはあったが本物を目にするのは初めてだった。
「じょ、冗談はよしてよっ」
「冗談ではありませんよ。今僕たちは、仲間を集めているのです」
仲間? その単語に美羽はハッと惹きつけられた。
美羽と同じように、今の信仰を疑っている人たちがいるということだろうか。それは美羽にとって、孤独感を救ってくれるような事実だった。
畳み掛けるように男は言う。
「今の信仰は間違っています。可笑しな風潮を押し付けそれを守らせることによって、一方の少数派を追いやっているなんて。なぜ髪を切ってはならない? 自分の髪なのに。神のものでもないし、そんなものを押し付ける神なんて貴方は信じられるのですか」
「それは……っ」
「安易な慣習を守らせることによって己を崇拝させる。そんな神でいいのですか」
美羽は言葉を詰まらせた。
そして共に熱く感じたことを認めた。

そう、私は。
神なんて信じていないのよ。

美羽はカバンからハサミを取り出した。
そして己の無造作に縛られた長髪をバッサリと切り落とした。
長く伸びたその髪はどっさりと地面に落ちた。
頭がすっきりとした感覚に美羽は感動する。
「神なんて、くそくらえよ」
そう言い放った美羽に、短髪の男はニヤリと笑った。


#小説

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