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相容れぬ殺人犯

人は昔から私のことを天邪鬼と呼んでいたんだ。
他人が困ることや慌てふためく様を見ることが何よりも好きでね。幼い頃から小さな悪戯を繰り返しては周囲の大人を困らせていたよ。
中には本気で怒る者もいたが、その顔がまるで茹でたての蛸のように見えてね……ますます笑ってしまう私についには呆れかえっていたよ。


男は淀みなく喋るとそこで不敵に笑った。
口元に寄せられた指先は男性としては細くしなやかで、その指をもってして前髪をすっと流した仕草はどこか妖艶ささえあるように見えた。
鉄格子越しに男を見据えた看守は太い眉間に皺を寄せると「そうか」とだけ返事をした。

一週間前にここに収監された男は世間を騒がせた連続殺人犯であった。
老若男女関係なく被害に遭い、殺し方もバラバラだ。しかし現場にただひとつだけ落とされたメモが、同じ犯人による連続犯行であることを示唆していた。
『捕まえてごらん、鬼さん』
それは紛れもなく警察を挑発するものであった。
しかし警察もバカではない。名誉を、そして何よりも怯える罪無き一般市民を守るために血眼に捜査を重ね靴裏をすり減らし、ついにこの許すまじ連続無差別殺人犯を逮捕するに至った。
ただ一つの、誤算を残して。

看守は男に吐き捨てるように言った。
「しかしついにこうして捕まってしまったわけだ。鬼ごっこは楽しかったか?」
薄っぺらな正義感が犯罪に対しての小さな反抗を看守に言わせる。男はそれさえも楽しんでいるかのようにまた口角を上げる。
「ええ。とても」
犯罪者の心理はとても分かりかねん、と看守はまた「そうか」と言うしかできなかった。口下手な看守に対し、自信に満ちている犯罪者はまた流れるように言葉を発する。
「本当にね、好きなんだよ。人の困っている姿を見るのが。それが特に自分の愛しい者ならなおさらで」
「悪趣味だな」
「ふふ。私は好物は最後にとっておくタイプなんだ。だから最後の被害者は彼にしたんだよ」
「……そうか」
そうか、としか言えない。なぜならそれは看守には到底理解しがたい思考回路だからだ。
なぜ愛しい者の困った顔や泣き顔を喜ぶことができるのだろう。最近愛娘が五歳になったばかりの看守にとっては、目の前の犯罪者の考えることなど一ミリも理解できるものではなかった。
看守が溜息をついた時、男はハッと顔を上げた。
「もう時間だ」
その言葉を聞いて看守は身を引き締めた。男はにっこりと微笑む。
「君にもう少し私の話を聞いてほしかったけれど、残念」
よろしくね、と呟いた男の顔がガクリと落ちた。下に顔を向けた男は沈黙を暫く保つ。看守は息を潜めた。
一分ほどして、男はゆっくりと顔を上げた。
「……ああ。今、何時……?」
「……午後八時だ」
「そう。もうそんな時間……」
もう男の顔には自信に満ちた表情はなく、青ざめた薄暗い顔つきだけが残っていた。
看守は先ほどよりも声を柔らかくして声をかけた。
「今日はもう眠れ。疲れただろう」
「ああ。そうしよう……」
男はのそりとベッドに横になった。
看守は心の中で再度あの男の声を聞いていた。

───本当にね、好きなんだよ。人の困っている姿を見るのが。それが特に自分の愛しい者ならなおさらで。

愉快犯の気持ちなど分からない。
己を愛したいと願いつつも、傷つける犯罪者の気持ちも。
それでも看守は今日も彼らの声に耳を傾け、小さな相槌を繰り返すしかなかった。

#小説

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