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小悪魔に嘘をつく

「素直な人が良い人とは限らないよね」

サキちゃんが缶チューハイ片手に口を尖らせている。
七畳ワンルームのアキラの部屋では、他のサークル仲間がいびきをかいて寝転がっていた。午前一時。起きているのは二人だけ。アキラは緊張を隠しながらも、初めて見るサキちゃんの酔い顔に見惚れていた。
「そうかなぁ?」
「そうよ! だってさ、普通女子に対して『あれー、太ったねぇ』なんて言う?」
「それって……アツシのこと?」
「当たり前でしょ! 正直バカのあいつ以外誰がいるのよ」
いつもサキちゃんの横に陣取っている派手な男、アツシ。その姿を脳裏に浮かべてアキラは密かに舌打ちした。口の悪さを顔の良さと人懐っこさでごまかしているアツシを、アキラはどうしても好きにはなれない。まぁ理由は、それだけではないのだけれど。
「あーあ。何であんなバカと付き合ってるんだろ……」
サキちゃんの呟きに、アキラの心臓は跳ねた。
そうだよね! と言ってしまいたいが、こんな風に弱気なサキちゃんに言うのも躊躇われる。そんな卑怯者にはなりたくなかった。
「でもバカ正直なところが、好きって言ってたよね?」
「う……」
赤くなるサキちゃんが可愛い。
何故自分がアツシなんかのフォローをしているのかと悔しくもなるが、悲しそうなサキちゃんを見ているのも辛かった。好きな人には笑っていてほしい。アキラはそう思っている。
そんなアキラの想いを知ってか知らずか、サキちゃんは紅くなった顔を向け吐息を漏らすように呟いた。
「それも分かんなくなっちゃった……アキラが、彼氏だったらいいのにな」
「えっ」
想像していなかった言葉に、アキラの鼓動は一際大きく跳ねた。しかしそれは、すぐに平静を取り戻される。
「なーんて、言ってみただけだけど」
「あ……そう」
小悪魔なサキちゃんを憎むことは出来ない。それが惚れた者の弱みなのだろう。

それにアキラはとうの昔にサキちゃんと付き合うことは諦めているのだ。
高校時代からの付き合いだというサキちゃんとアツシ。大学から一緒になった自分とは、距離も時間も違いすぎる。
だから嘘をついてサキちゃんの愚痴に付き合うのだ。
二人なら大丈夫だよ。応援しているよ。
そんな反吐が出そうな嘘も、ついているうちに上手くなっていった。それに……。
「あ、そうだアキラ。ナプキン借りていい?」
「あるよ。何、きちゃったの?」
「ううん、今日は帰るつもりだったから余分持ってきてなかったの。でもこれ、お泊まりコースよね」
「まぁそうだね。周り皆起きないし」
アキラは苦笑しながら自分達を囲うようにして眠るサークル仲間を見渡した。
皆女の子なくせに、だらしなくいびきをかいたり、お腹を出したり。
でもこのサークルでサキちゃんに出会えたのだから、感謝しないととアキラは思う。
トイレに向かったサキちゃんを見送ると、アキラは毛布を準備しようと立ち上がった。
胸の痛みはもうそんなに、アキラを悩ませはしない。

一番難しい嘘を、一番最初についているから。
決して届かぬ恋心を一番奥に隠して。
アキラは今日も些細な嘘をサキちゃんに向ける。


#小説

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