乙女は花列車に夢を見る
ルーニンが住む街では、毎年秋になると大きな祭りが行われた。花祭りと呼ばれるそれは三日三晩続く大行事だ。秋の実りと収穫を祝うそのお祭りではコスモスがシンボルとなっており、あちこちに華やかで可愛らしい花弁が咲き乱れている。
今年で十二歳となるルーニンは、そんな花祭りが大好きな少女だった。
ルーニンは花祭りが始まる日の朝、誰よりも早く起床した。
「お母様おはよう! さあ、早くアップルパイを焼きましょう」
「おはようルーニン、そんなに大きな声を出さないでも聞こえてますよ」
「うふふ。ごめんなさい、つい嬉しくて!」
お気に入りの真っ白なフリルのエプロンを身につけて、ルーニンは髪を三つ編みにしばった。花祭りで恒例のアップルパイを、今年初めてルーニンが担当することになったので大張り切りだ。まだ、母親の指示をもらいながらでないと出来ないので、少しそこが歯がゆいけれど。
「さあ作りましょう、アップルパイ!」
歌うようにそう告げるルーニンを、母親はあくびまじりにも微笑ましく思った。
花祭りに欠かせないものは三つある。
シンボルのコスモス。
皆で食べ合うアップルパイ。
そして、コスモスを飾り作られる「花列車」だ。
花列車は毎年たくさんのコスモスをその車体に飾り、街をゆっくりと走るのだ。道路と並行して作られている線路の周りでは、追いかける子どもや一番前で見ようとするおじさんや花に喜ぶ少女たちで溢れかえる。
でも何よりもルーニンの心をときめかせるのは、花列車の先頭で手を振る花娘の存在だった。麦わら帽子にコスモスをつけ赤いリボンを結わえた花娘は十六の娘しかなれず、まだ幼いルーニンにはただ憧れるだけしかない、遠くてまばゆい存在なのだ。
「出来たわ!」
ルーニンはオーブンから出来上がったアップルパイを取り出した。祭り用の大きなアップルパイは結構な手間と労力が必要となり、かなりの時間を要した。ふと柱時計を見ると、ルーニンは「あ!」と驚いた。
「大変! 花列車がもうすぐ来る時間だわ」
「あらもうそんな時間? ルーニン、片付けはしておくから行ってらっしゃい」
「ありがとうお母様!」
ルーニンはウインクをすると、さらりとエプロンを外した。すると背後からたったった、と床を蹴る音が聞こえた。飼い犬のマロンだ。
「マロン、一緒に行きましょう」
栗色の毛並みを揺らし、マロンはわぉんと返事をした。
マロンを従えルーニンが花列車が通る予定の表通りへ急ぐと、そこにはもう大変な人だかりが出来ていた。その中に見知った顔を発見するとルーニンはその人物へと近づいた。
「あんたも来てたのね、トット」
「やぁルーニン」
それはクラスメイトの男の子、トットだった。温厚な彼はルーニンを温かく迎えてくれる。
「もうすぐ花列車が通過するよ、ナイスタイミングだ」
そこまで言って、トットは急に鼻をくんくんと動かした。
「甘い匂い……ルーニン、アップルパイ作ってた?」
「あ、わかる? 今年初めて、作らせてもらえたのよ!」
ルーニンは少しだけ誇らしげに鼻を上げた。アップルパイ作りは、少女にとって大人への第一歩とも言えるからだ。
「そりゃすごいや。全部一人で?」
「う……ま、まぁお母様に見てもらいながらね」
「それでもすごいよ! ルーニンも立派なレディだね」
と、その時。遠くの方から、わぁっと歓声が聞こえた。どうやら花列車が近づいて来ているようだ。
でもレディと言われぼうっとなってしまったルーニンは、そのことに気づかないでいた。
「あ、ルーニン! 花列車が来たよ」
トットにそう言われ初めて気づいルーニンは、慌てて顔をそちらに向けた。
まだ点にしか見えない色鮮やかなものが、遠くで汽笛を鳴らしながらこちらへ走ってきている。
「今年はどんな飾りかなぁ」
花列車は毎年、少しずつだけれど飾り方を変えている。
コスモスの置く場所を変えたり、葉っぱを少し多くしたり、色の比率を変えたり。
そしてそんな花列車の模様は何だか少しだけ、その年のことを表しているようにルーニンは感じていたのだ。
今年はどんな色なのか。
どんな花がその列車に飾られているのか。
「来た!……わぁ、きれいだ」
隣でトットの歓声を聞きながらルーニンは花列車に……いや、花娘に目を奪われていた。
咲き乱れる花列車を引率するように先頭で手を振る花乙女たち。
そんな花娘にいつかなりたいと、ルーニンはトットの歓声を聞きながら思ったのだ。