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My Mind Wanders

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短編小説をまとめました。 有料部分に小銭を投げ込むと、投げなきゃよかったなーと思うような数行のあとがきが表示されるとか。
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#小説

ソックス事変

 冷え性の冬。

 重ね履きのために買った税込み三百円のソックスは、左右それぞれの足にフィットするような作りになっているらしい。わかりやすいようにエルとアールが刺繍されている。

 安物の消耗品だから見た目はぜんぜんこだわっていないけど、こだわったほうがいいかもしれない問題としては、わたしの足はエルとアールを逆にしたほうがしっくりくるということ。わたしの右足は右足らしくないし、わたしの左足は左足ら

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ナルキッソス

 牢獄のように冷えた視線はマイノリティ。笑顔は角を四つ曲がった先の向こうでワルツを踊っているあの子がぜんぶ持っていったので、今あるのは売れ残りのさみしさだけ。だれでも持ってるけど人のはいらない。水面に映った心は本物よりも美しくみえて、だったら本物なんていらないと投げ捨てたら、水面の心も消えてしまう。その消えた心はこちらで販売しています。本物ですか? 偽物だって偽物しかいないのなら、本物をするしかな

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ポータブル

 携帯用玉手箱を持って、お手軽に老衰するのが近年のトレンドだ。

 自死が免許性となり、合法性を獲得してから三年。もはや死に方は多方面に渡って存在するブランドによって支えられている。

 専門誌はもちろん、動画配信による正しい死に方のレクチャーも大人気だ。その中でもやはり老衰死は苦痛がないとされていて需要が高い。

 そこで登場したのが、携帯用玉手箱だ。

 箱をあけた瞬間に極小の無痛針が指に刺さ

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夜とコウモリ

「ぜったいに光らないって、約束するよ」

 そう言った夜が電灯と付きあいはじめたとき、コウモリは夜とおわかれして洞窟に住むことに決めた。

 光はべつに怖くない。夜はかんちがいしているけれど、コウモリが苦手なのは、電灯が出してくる高周波の音で、これを作ったニンゲンも苦手だった。彼らは朝にも夜にもいい顔をする。

 だからうさばらしに噛みついてやったのに、いつのまにかコウモリのしわざではなく、吸血鬼

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ピラミッドで眠りたい

 砂漠でコンサートを開く夢を見て、その夢は別に叶えたいとか思っていなかったのに、毎週おなじ日におなじ夢ばかり見させられるものだから、ああこれは実行しないと死ぬまで続くなと悟った俺は、アコースティックギターを1本担いで旅に出た。

 観客なんてひとりもいなくて構わない。ともかく砂漠で歌っておけば夢は叶う。

 叶ったことにする。

 現地のガイドは日本人慣れしていて、どこから仕入れたのか最新の芸能ネ

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ドライアイ

 幼少期を振り返れば、泣き虫だったとみんなが口をそろえる。

 確かめるように、疑うように、占うように泣いていた。

 まわりの子どもはみんな泣いていたし、私だって泣けるのだという証を見せたかった。

 だけどそれはいつでも決定的に違っていたし、違いについては私も家族もわかっていた。わかったうえで、泣きかたを覚えることを止めはしなかった。

 私は涙を流さない。

 どんなに辛いことがあっても、ど

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雨を踏む

 雨が降っていたので、外に出ようと思った。

 新しい傘をずっと使っていなかったけれど、傘をさす機会を探していたわけじゃない。

 雨が降っているから出かけない、というブルーな気分の波を、無視してやろうと思ったのだ。

 私は時たまこうして私の気持ちに反乱を起こす。ぷちクーデターと呼んでいる。失敗しても成功しても、政権は変わらない。

 変わるのは街の匂いで、雨の日の匂いは独特だ。

 街の色彩も

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お墓でランチ

 春彼岸に訪れた、午後の墓地。

 天候には恵まれていたけれど、人の数はまばらだった。 

 線香の匂いが漂う中を歩いていると、小さな女の子がひとり、サンドイッチを食べていた。

 ストライプ柄のレジャーシートに座り込んで、ふたの開いた魔法瓶からは湯気が出ている。

 場所が墓前であることさえ考えなければ、ピクニックのようだった。

 私は自分の用事をすませてから、依然としてランチを続ける女の子に

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ポレン・イーター

「日曜どこいこっかー」

 学校の帰り道。
 マスクの中で口をもごもごさせているユイは、ただ喋っているだけではないことを、私は知っている。

 花粉症シーズンはアレルギー持ちの人にとって辛く苦しいものだけど、彼女はそうじゃなくて風邪でもなんでもなかった。

 いや、なんでもないことはない。

 ユイは、花粉を食べているのだ。

 もともとはそんな特殊な体質の子じゃなかった。

 二年前、ユイは風邪

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枯れ葉ネコ

 物事が明るみに出て、表ざたになり、具体性を帯びて実害を生みだすのは、量の問題だ。

 あなたが毎日寝ている布団にも、実はこんなにダニや埃が! とか、何気なく使っている日用品のあれこれに、実はこんな汚れが! とかは、通販番組でよく目にする光景だけれど、ああいうのも、事実を知るまではそれまでの状態が通常で、量が減ったことを実感することがあったとしても、知らないままであれば、「あるなし」は問題にならな

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ノートに魔法陣を落書きしてたらなんか召喚できた話

 ノートへの落書きというのは誰でもやったことがあると思うし、落書きをしないノートというのはノートとしての役割を果たしていないとさえいえるんじゃないか、とマサコは主張するのだけど、それはさておいて落書き遊びに熱中する私たち二人は、学内では飽き足らずに自宅でも落書きを続け、今はオリジナルの魔法陣を描くのがブームなのだった。

 マサコの魔法陣は緻密で正確で、でもなにを表しているのかはまったくわからない

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ハイファイ・ゴースト(2/2)

 物心つくまえから、幽霊は身近な存在だった。

 生きるために必要な栄養として、なくてはならない存在。

 乳幼児のときにどうしていたのかといえば、口移しで与えられていたというのだから徹底している。

 本当になくてはならないのか、絶食ならぬ絶吸を試してみたこともある。けれど結果は歴然としていた。体重はみるみる減っていくし、体力も落ちていく。

 つまり私の家系は人間じゃないのでは、などと父に問い

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ハイファイ・ゴースト(1/2)

 世間はクリスマスムード一色、と見せかけて中はどろどろに混じった廃液みたいなものかもしれないが、少なくとも表面的には真っ白なので安全性は保たれている、ように思える。

 発覚していない不祥事のような、渾身の白さ。

 おれがそんなふうに俯瞰というか腐感(という言葉は多分ないが今作った)して物事を見るようになったのは、友人の長谷川カズカという女のせいである。

 こいつが見る世界を通しておれの世界は

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