ポレン・イーター

「日曜どこいこっかー」

 学校の帰り道。
 マスクの中で口をもごもごさせているユイは、ただ喋っているだけではないことを、私は知っている。

 花粉症シーズンはアレルギー持ちの人にとって辛く苦しいものだけど、彼女はそうじゃなくて風邪でもなんでもなかった。

 いや、なんでもないことはない。

 ユイは、花粉を食べているのだ。

 もともとはそんな特殊な体質の子じゃなかった。

 二年前、ユイは風邪のふりをしてマスクをつけ、マスクの中に隠したお菓子をもぐもぐ器用に食べていたら教師に見つかり大変に怒られる、というアホなことをしていた。

 理由を問いただすと、こうだ。

「あのね、マスクしてるときうっかり涎たらしちゃうと、濡れて気持ち悪いじゃない?」
「交換したらいいでしょ」
「換えがないときもあるし、もったいないじゃん」

 もったいない以前に、マスクに涎をたらすという事態が私にはあまりピンと来ないのだけど、ユイの中では日常なトピックらしかった。

「で、そういうとき用にあらかじめマスクにティッシュを一枚かましておくと、スムーズに事が運ぶわけ。それやってるときに気付いたの。あ、これ、お菓子でもいけるなって」
「いけないよ。いかなくていいよ」

 でもいってしまったのだった。

 想像ですませればいいことを実践してしまう、勇気があるというか無謀というか、変な行動力のある子なのだった。

 怒られたにも関わらずそんなことを何度か繰り返しているうちに、あーまたやってると思ってマスクを奪ってみたら何もなく、口あけてみなさいと言ったら、ユイはなにも食べていなかった。

 でもそうじゃなかった。

 目に見えない微細な花粉を、ユイはもぐもぐ試食していたのだ。

「いけるかなって思ったらいけました」

 とは後の言。

 どこへいこうとしているの君。

「おいしいの花粉って」
「けっこう奥深いよ。ワインみたい」
「さすが未成年は言うこと違うわー」

 二年も経つと、学校ではああ、花粉食べる子ね、という感じで認知が進む。

 私の花粉も食べてー、と冗談まじりにみんな寄りつくが「人の肌や服に一回ついたのはちょっと汚そうでやだ」と、なんか普通の対応される。

 世界で唯一の花粉狩りを楽しむ女の子は、花見の席でも花より花粉。

 一緒にいると、お水と一緒に飲むと花粉ジュースになるとか、ご飯と一緒に食べると花粉おにぎりになるとか、そういう彼女以外には活用しようがないダメ知識が増えていく。今は花粉ガムが来てるらしい。

「みんなのアレルギーも食べられたらよかったのにね」
「元を食べてくれてるんだから、ちゃんと役立ってるよ」

 ユイが花粉を食べ続けることで、学区内のアレルギー患者数が減った、とかいうデータは本人も知っている。

 因果関係は証明されていないし、そこまで影響があるなんて本気で信じている人はいないけど、私はわりと信じてるほうだ。

 ただ食べるだけじゃなくて、ユイは花粉を集める力も持っているような気がする。

 ミツバチを誘う花のように、花粉を引き寄せるフェロモンか何かを発しているんじゃないでしょうか。

 そう思って匂いを嗅いでみても、くすぐったがられるだけで、特別な香りはしない。

「花粉に意思なんてないからね?」
「まーそうだろうけどさ」

 ないほうが食べやすいし、気持ち的に、とか言いつつ、ユイは杉の木を見つめる。

 マスクを常用しているけど、それは食べている花粉がまわりに飛び散らないようにという配慮で、だけど私はユイの鼻筋や唇が公開されないのは世界の損失じゃないか、と少し思ったりもする。

「花粉の目的がどこかで芽吹くことだったら、人のくしゃみは花が咲いたみたいなことなのかもね」
「なにいってるかよくわかんない」
「私もわかんないや」

 子孫を残せたわけでもなくて、勝手に人間が反応してるだけだけど、でも、そうすることで、生きてる証が明白に、まざまざとしてそこにある、ような。

 うーん。

 深いことを考えようとして失敗した感が強い。

 そんなよくわからない感慨も、くしゃみをしたら、花粉と一緒にどこかへ飛んでいく。

 ずっと隣にいても、出るときは出るものです。

 鼻がとっても、むず痒い。

 #花粉症 #小説

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