お墓でランチ
春彼岸に訪れた、午後の墓地。
天候には恵まれていたけれど、人の数はまばらだった。
線香の匂いが漂う中を歩いていると、小さな女の子がひとり、サンドイッチを食べていた。
ストライプ柄のレジャーシートに座り込んで、ふたの開いた魔法瓶からは湯気が出ている。
場所が墓前であることさえ考えなければ、ピクニックのようだった。
私は自分の用事をすませてから、依然としてランチを続ける女の子に声をかけた。
「ひとりで来たの?」
「毎日来てる」
ちらりと私を一瞥して、それきり興味をなくしたように女の子はサンドイッチを頬張る。
お墓は、たぶん女の子の親類の誰かなのだろう。だとしても毎日はおかしいし、親に叱られそうなものだが。
「お参りに来てるんだよね」
「ちがうよ」
即答で否定される。女の子はハンカチで丁寧に口元を拭ってから、シートの上におかれた桜色のリュックサックを開いた。中から、色とりどりのビーンズが入った小瓶が出現する。
瓶のふたがあけられずに悪戦苦闘していたので、私は手伝いを申し出る。
「お墓参りじゃないんだ?」
「なじんでるの」
ふたを開けて手渡すと、女の子は微妙にわかるかわからない低度の角度で頭を下げて、小声でもごもご何か言った。
お礼をいわれたのだと思うことにして、私は微笑んだ。
小さな子にはとにもかくにも、敵意のなさを表さなくてはいけない。
女の子は、ジェリービーンズを指先でぐるぐるかき混ぜながら、どれにしようか選んでいるようだった。
「あんまり、こういうところでご飯は食べない方がいいよ」
「うん。でも、だいじだから」
「なじむのが?」
「なじまないと、引っ越したあと困るし」
そこまで言われてようやく、私は女の子の目的がわかる。
この子は、引っ越すつもりなのだ。お墓に。
「お墓に住むの?」
「まだだけど」
言いながら、女の子はリュックからスマートフォンを取りだす。
なれた手つきで操作しながら、ああ、まだいたのという風に私を見つめる。
「あと、78年たったらね」
帰宅してから気付いたのは、女の子が言っていたのは、日本人女性の平均寿命のことだったのでは、ということだった。
だとするとあの子は今、8歳。
たしかにまだ、お墓に引っ越すには早すぎる。
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