ポータブル

 携帯用玉手箱を持って、お手軽に老衰するのが近年のトレンドだ。

 自死が免許性となり、合法性を獲得してから三年。もはや死に方は多方面に渡って存在するブランドによって支えられている。

 専門誌はもちろん、動画配信による正しい死に方のレクチャーも大人気だ。その中でもやはり老衰死は苦痛がないとされていて需要が高い。

 そこで登場したのが、携帯用玉手箱だ。

 箱をあけた瞬間に極小の無痛針が指に刺さり、瞬間老化剤が注入される仕組みである。見た目には煙が出るが、ただの演出で特に意味はない。

 老化剤は瞬時に全身へ行き渡り、老化を促進してくれる。走馬灯も思いのままだ。

 懸念されるのは若年層の自死問題であり、免許の取得難易度を年齢によって変化させるというシステムだけでは、対応しきれない現実があるらしかった。

 その現実のひとつとして、おれの彼女がいる。

 死にたくなるような悩みがあるわけでもないのに、彼女は自死を望み、二十歳では最難関とされる自死免許をあっさりと取得してしまった。

 私みたいな人はどんどん増えるよ、と彼女は言う。

 保険としての「死の携帯」を求める若者が、これからの時代は増えつづけるという。

「それはさ、やり直したいとか、失敗を無にしたいとか、そういう欲求のせいなの?」
「他人のことは知らないけど、私は違うよ」
「じゃあ、なんで」
「免許があれば、ここが私のピーク、ってときに、すっぱり気持ちよく死ねるでしょ」

 すぎてしまった後で、あの時が私の人生の最高到達点だった、と思い返すのが嫌なのだ、と彼女は語る。

「でもそんなの、いつがそうかなんてわからないじゃないか」
「わかるよ。私とあなたが結婚したら、もうピークは近いもん」

 そう思っている間は、確かにその通りなのかもしれない。

 ならおれは、そのピークをずっと更新し続けてやろう。結婚だって別に、お望みなら何度でもしてやる。そのための離婚も惜しまない。

 ひそかに誓いを立てながら、携帯用玉手箱を生涯のライバルとして、おれは生きていく。

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