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闇雲にYouTubeチャンネル登録者数を伸ばしてもつらいだけ|Google広告12万円分使ってみた

今はやっているのかわかりませんが、ある時Google広告で「6万円使用すると、6万円相当の広告枠をもらえる」というキャンペーンがあったので、それで12万円分使った、ということです。

こんなことをしているからすぐ金がなくなるんだ……。(自戒)

思うことを書いていきます。


ただ再生数を伸ばそうとしても続かない

Google広告は、YouTubeの再生回数とチャンネル登録者数を増やす目的で使いました。

広告枠は、おすすめの欄に表示される権利

を買って。

あまり詳細を書くと何かの規約に抵触してしまいそうなので、これくらいにしておきます。

で、上のスクショにあるように、「ハーバリウム」という自作曲

に広告を適用したら、それだけで再生数が5万回を超えて、チャンネル登録者数が1,080人を超えました。

いや、嬉しかったですね、はい。

……で終わるわけなくて、記事タイトルにあるように、「それはつらいだけだ」ということを書き連ねていきます。

何がどうツライのか、それには様々なことがあるのですが、一番は

  • 好きなように表現することができなくなる

ということです。
気にしすぎと言えば気にしすぎなのかもですが、しかし気になるものは気になるのでこれを書いています。

もちろん、上の動画を見てもらって、高評価をいただいたのも嬉しいです。

が、僕が「”ハーバリウム”のような動画を作る人だ」と認知されるのは、なんか違くて。

何を作りたいのかというと、ただその時その時で自分の内から湧いて出た衝動、情動、エネルギーの爆発のようなものを作品として形にしたいだけなのです。

だから明るい雰囲気のものが完成することもあるし、めちゃくちゃネガティブなものが出来上がることもある。
そしてそれらはどれも大切な自分だけの宝物であって。

どれだけの人が「本当に好き」でいてくれるのか

確かに広告で露出を増やせば、それはそれだけ人目につくのでアクセス数が増えるということはわかりました。勉強になった。

が、しかし、どれだけの人が本当に僕の作品を、僕のことを好きでいてくれているのだろうかと。

「なんか動画の雰囲気がオシャレだと思った」
それでチャンネル登録をしていただくのも、嬉しいことに変わりはありません。

ですが、例えば「なんか最近のものはオシャレじゃないから登録するのやめた」
となったら、ああ、本当に好きでいてくれたわけではないのだなぁ、僕のことを深くまで知ろうとは思ってくれなかったのだなぁ、なんか目に入ったからとりあえず登録してみたんだろうなぁ、と感じます。

踏み込んだ言い方をすると、本当のファンではなかったのだな、というか。
ビジネスライクな言い方をすると、ロイヤルカスタマーではなかった。

もちろんそれを否定しているわけではないです。登録〜解除は完全に個人の自由だし、誰もそこに介入することはできません。

ただそう思ったというだけ。

そして、その気持ちを作りだしたのは、他ならぬ僕自身なわけで。

無計画に宣伝をし裾野を広げてみたところで、それは効果的なマーケティング戦略では全くなかった、というわけですね。

なんか、マーケティングをずっと担当されている方が見れば「そりゃそうだろ」って思われそうなこと書いてんなって今になって気がつきました。

収益化はできていない

動画に広告をつけてその収益を受け取るには、

  1. チャンネル登録者数1,000人以上

  2. 動画再生時間累計4,000時間以上

というものがあり、僕は全く達成しそうにありません。
広告で再生された分の時間は、累計再生時間にカウントされないのですね。

うーん、とても巧妙にできている。

登録者数ってどうでもいいのでは。

負け惜しみに聞こえるのだとしたらそれは全く本意ではないです。

登録者数が多くても少なくても、それ自体は収益に直結しているわけではありません。
確かにある程度のインパクトや権威性を窺い知ることはできるものの、他に意味するものは特にないわけで。

めちゃくちゃチャンネル登録者数が多い人でも、再生回数があまりにも少ないとか現にいるわけじゃないですか。それも少なからず。

僕はブランド品などに大して興味がない性格ということもあるのかもしれないですが、意味のないものに本当に意味を見出さないというか。

……じゃあなぜあの時Google広告に6万円払ってまでして人に見てもらうとしたかというと、その頃はメンタルがかなり崩壊していて、生きる意味がわからなくなっていたからです。

今は人生の行く道を定義し直したので復活しているのですが、当時は本当に絶望の底にいて、地獄を味わっていました。だから、とにかく一人でも多くの人に見てもらって、注目を浴びたかった。

今思うとこれ、やっぱりだいぶ危険な精神状態ですね。

ただ、地道に創作と向き合うしかない

結局、これしかないということがわかりました。

人生において、何かがいきなり大きく上手くいくことなどまずないし、そして今回のように突然そういったものを掴んだとしても、すぐになくなってしまう。

自分は一体何を表現したいのか、どうやってそれを表現し続けていくのか。
それを常に考えながら、ただ、やるしかない。

そしてそれができないなら、それは向いていないのでやめた方がいい、最初からやらないほうが良いということです。

なんか厳しそうなことを言いましたが、これは紛れもなく思っていること。

もし「ちょっとYouTube始めてみようかな」とか、「すぐにお金になるかもしれない」と思っている方がいれば、僕は止めます。

  1. なぜ、それを表現する必要があるのか

  2. なぜ、YouTubeでなくてはならないのか

  3. 伸びなくても続けようと思うのか

これらを明確にしておかないと、ストレスで継続できません。
見ず知らずの他人から低評価〜高評価〜コメント〜をもらうのって、めんどくさいことの方が多いです。

それを乗り越えてまで表現したいという情熱がないと、続かない。

「うるさい! やりたいからやるんだよ!」

という答えが聞けたら、それはパーフェクト。ぜひ始めることをおすすめします。

「なんかめんどそうだからやめておくか」となるならば、それは賢明な判断なので、始めないほうが最適解であるということになります。

40人くらい減った、しかしnoteが40人くらい増えた

YouTubeはあれから登録者数が1,080人から1,040人に減りました。
そしてこのことは妥当であり、やっぱりそういうものだよな、と納得しています。

だって、勢いでお金を使って一時的に背伸びをしたところでそれが長続きするわけがないじゃないですか。

それは何だって同じでしょう。

自分の技量にあったことを、現実を直視し続けながら、ただ、やるしかない。

”ハーバリウム”に広告を適用したおよそ半月後にこのnoteを始めたのですが、そこからYouTube登録者数が減りはじめることと反比例するように、フォロワーの方や、記事を読んでくださる方が増えています。

なんで増えたのだろうと考えたのですが、それはきっと、自分が本当に表現したいことをただありのままに書き続けてきたからではないかな、と。

他のSNSで宣伝、とか色々な人のところへ書き込み、とかそういったことは何もしていなくて、ただ自分が思ったことをそのままに表現してきただけで。

でも、だからこそ、どなたかの心に深く届くことができているのではないかな、と感じております。

……

これまでなんやかんやでYouTubeとnoteを続けてきて、非常に勉強になりました。本当に様々なことを学んだ。

そしてなにより、表現することが最高に楽しいです。

最後に

なんか最近めっちゃ連続でnoteを書いている気がします。
やっぱり書くのが楽しいし、伸ばしていくぞ!という気持ちに溢れているからかな。

偉そうなことを言ってきてしまいましたが、YouTubeに動画投稿している身として感じていることをご紹介しました。

いつも見てくださっている方、ありがとうございますm(_ _)m
それが全てなんだ。

新キャラ? を描いてみました

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philosofy
(´・ω・)つ旦

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