『「いいね!」戦争』を読む(19)人間が「フェイク」化しつつある件
▼ロシアが、たとえば「トランプを熱烈に擁護するアメリカ人」のアカウントを捏造してきたことは、国際的な大問題になったから、すでによく知られるようになった。
筆者は『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』の第5章「マシンの「声」 真実の報道とバイラルの闘い」を読んで、2017年にツイッターに登場した「アンジー・ディクソン」という有名な女性女性が、〈ツイッターを侵食し、アメリカの政治対話をねじ曲げる単一の「ボットネット」(ネットワーク化されたボット軍団)の中に、6万以上あるロシアのアカウントの一つだった。〉(221頁)ことを知った。
こうした捏造アカウントが、〈フェイクの自動アカウントの広大な銀河〉にはたくさんあるそうだ。
▼おなじみ、2019年7月13日11時現在で、レビューはまだゼロ。
▼なぜ世の中に偽情報がこれほど出回るようになったのか。それは人間の「脳」にアタックする手練手管が急激に発達して、本人が知らないうちに、誰かに、いいように操られるからだが、「脳科学」だけではなく、「資本主義」に埋め込まれた論理にも、肝心なカラクリがある。
〈ソーシャルメディア企業の資産価値はユーザー数しだいなので、たとえ偽アカウントであってもアカウントの削除には消極的だ。〉(225頁)
▼結局、「偽アカウントの銀河」は、通販よりも、政治の世界で最も多用されるようになっている。
「偽アカウントの銀河」は2016年のアメリカ大統領選挙を通して国際的な大問題になった。ツイッターやフェイスブックなどのSNS企業はようやく重い腰をあげた。
〈2017年、世論と議会の圧力の高まりを受けて、ソーシャルメディア企業は仕方なく、2016年のアメリカ大統領選挙の期間中に自社のプラットフォームで展開されたロシアのキャンペーンを明らかにし始めた。しぶしぶながら開示された数字は驚異的なものだった。〉(230頁)
詳細は本書を読めばわかるが、たとえばツイッターでは、少なくとも大統領選の〈投票日前の1カ月半で、ロシア発のプロパガンダがユーザーに4億5470万回配信された〉そうだ。(230頁)
これは把握されただけで、実際の数はもっと多い。
▼国の戦略によって雇われる人、個人で広告収入を狙う人、そして、機械が人間になりすます「ボットネット」、さまざまな形態を介して「偽情報」は蔓延(はびこ)る。
ここで思い出してほしいキーワードがある。ロシアの「ソックパペット」だ。「ソックパペット(靴下人形)」。ロシアの学生たちが政府の戦略にのっとって、小遣い稼ぎに〈複数の別人になりすまして仕事に取りかかる〉、あれだ。
▼第5章は、要約すると、ロシアが主導した「人間とボットの連合軍」で、アメリカ人の「脳」をコントロールする手練手管を駆使した結果、トランプという人がアメリカの大統領になった、その手練手管は世界中に拡散し、技術は進化し、「脳」への浸透は深化している、ということだ。
気付いてみたら、〈人工的な声〉が〈どの程度の考えなら容認されるかの境界まで変えていた〉。(232頁)
これは重要な点であり、すぐ後の頁でも繰り返されている。〈ソックパペットとボットは民意らしきものを作り出し、それに他者が順応し始めて、どんな考えなら表明していいと見なされるのかが変わりつつあった〉(234頁)
ここには、さらっと、恐ろしいことが書いてある。
歴史上、かつてない質と量で、「差別」や「人格攻撃」のレベルが変容している、ということだ。
▼アメリカ大統領選挙をめぐるある研究は、ツイッター、フェイスブック、(トランプ応援隊の)ブライトバードの3つの「戦場」を分析した。これらの「戦場」で移民排斥を訴え、ロシアを擁護・称賛する書き込みが増えたことは有名だが、〈反ユダヤの言葉も3つのプラットフォーム全体で顕著な増加を示した。〉(234頁)
オンラインでの変化は、必然的にリアルな世界の変化につながる。
これは「日本語の壁」に守られている日本社会にも押し寄せていて、たとえば全国各地で起きているヘイトスピーチの暴力は、明らかにオンラインの影響を受けて凶暴化している。
▼〈個人の営利目的の嘘調達人〉のことを、本書では〈雑魚にすぎない〉と位置付けている。(212頁)
その「雑魚」たちと、ロシアが開発して他国にも増えている「ソックパペット」と、「ボットネット」によって行き着いた第5章の結論に、筆者は背筋が震えた。
それは、「脳」を「兵器」に見立てた戦略の、必然的な帰結であるともいえる。一部上記と重複するが、重要な箇所なので繰り返しておく。適宜改行。
〈ソックパペットとボットは民意らしきものを作り出し、それに他者が順応し始めて、どんな考えなら表明していいと見なされるのかが変わりつつあった。
反復される単語と語句はすぐに最初にそれらをまいた偽アカウントの外まで広がり、各プラットフォームの人間のユーザーが使う頻度も増した。
憎悪に満ちたフェイクは実際の人間を装ったが、
逆に憎悪に満ちたフェイクを生身の人間たちがまねるようになった。〉(234頁)
人間の中身が、「フェイク」と化しているのである。
ちょうどこの第5章が、本書全体の折り返しにあたる。(つづく)
(2019年7月13日)