マガジンのカバー画像

ショートショート

18
運営しているクリエイター

記事一覧

それはなんて青春

それはなんて青春

「青春を失う者は人生を失う」

そう言ったのは80を過ぎた山小屋の老人だった。

もう20年近く前の話だ。

老人は「来年には韓国まで山を登りに行くんだ」と満面の笑みで言っていた。

僕の中に青春というものがあるのなら、まさしくこれだろうというものがある。

あれは、23歳の夏だ。

僕とワタルとリョウイチロウ君は大学に入りすぐに意気投合した勉強仲間だった。

大学を卒業しても3人とも就職はせずに

もっとみる
今週末の日曜日、焼き鳥屋で日本酒煽って管を巻く…

今週末の日曜日、焼き鳥屋で日本酒煽って管を巻く…

「ねぇさん、僕バイトしようと思うんだ」

ベビーフェイスの翔太はベビースターラーメンをかじりながら私に言った。

私が缶チューハイを飲み干そうと首を90度まで傾けてみようとして挫折していたタイミングだった。

どこでするのが適切か全く分からないが、一応ここで弁解しておくと翔太は私の弟ではない。

そういう間柄なだけだ。

「そういう間柄」とは単に「ねぇさん」と呼ばれる間柄なのだ。それが年下か年上か

もっとみる
最近、涙を流したことがありますか?

最近、涙を流したことがありますか?

最近、涙を流したことがありますか?

私はとても疲れていた。

精神的にも肉体的にも。追い込まれていたといっても過言ではないだろう。

金曜日。

朝から頭痛がひどかった。

胃はいつものように痛む。

煙草が不味い。不味くても吸う。

午前中は研修だ。

頭痛がひどく頭の回転が明らかに遅い。

何も考えられない、考えたくもない。

昼からはまた別の研修。

研修の前に何か腹に入れておこうと、ざる

もっとみる
眩暈

眩暈

あれはなんだったっけかな?

僕は頭の中に一瞬降りかかった影を、その影の先っぽを捕まえようとしていた。

隣ではヒナコがうつ伏せになって眠っていた。

細く白い肩甲骨。ショートカット。揃えた前髪。あけたばかりのピアス。

僕は、あの影のことが気になって、ヒナコを起こさないようにそろりとベッドから降りた。

遠慮がちに下着を履き煙草に火をつけた。

煙草には記憶を逆流する作用がある、と僕は信じている

もっとみる
愛という名の

愛という名の

「今度の土日は仕事?」

「ごめん、わからないんだ…」

「じゃあ、次の水曜日は?」

「ごめん、わからない」

「なんでわからないの?」

「わからないから、わからないんだよ」

メッセージのやりとりにほとほと疲れた私は、携帯をベッドに放り投げた。

ベッドのスプリングに少し跳ねあげられ、宙に舞った携帯はその日はなることはなかった。

翌日、目がさめると彼からメッセージが入っていた。謝罪だ。

もっとみる
スーパードライは好きじゃない

スーパードライは好きじゃない

しかし、スーパードライは瓶に限る。

監査も終え、休みなく本日も働き、明日も会社に行くことになるだろう。

神戸は花火大会だけど、僕には関係なく。

「ごめん、まだ仕事かかるから、先に店に入っていて」

今日は仕事終わりに寿司を食べに行く予定だ。

(寿司屋で先につまむか…)

と思いながら、立ち飲み屋に吸い込まれるように入る。

何度かきたことがある店だ。

いつものテーブル席が空いている。ここ

もっとみる
それはなんて青春

それはなんて青春

「青春を失う者は人生を失う」

そう言ったのは80を過ぎた山小屋の老人だった。

もう20年近く前の話だ。

老人は来年には韓国まで山を登りに行くんだと満面の笑みで言っていた。

僕の中に青春というものがあるのなら、まさしくこれだろうというものがある。

あれは、23歳の夏だ。

僕とワタルとリョウイチロウ君は大学に入りすぐに意気投合した勉強仲間だった。

大学を卒業してからも交友は続き、たまに会

もっとみる
我輩は猫である

我輩は猫である

僕はこう見えて高校時代はラグビー部に所属していた。

その旨を言うと大体驚かれる。それくらいラグビーが似合わない体格だし、人格だと自分でも思っている。

昨日は高校ラグビー部のキャプテンと呑んだ。

ラグビー部のキャプテンは通称「もりも」という。おそらくこの時点で勘のいい読者は彼の姓をあてるだろう。一文字くらい省略せずに言えといいたい。

彼は高校1年生の時に自分のことを「もりも」ってよんでくれと

もっとみる
Sun Flower

Sun Flower

2018年5月4日。

彼はいつもの通り、早起きだった。

時刻は6時を過ぎたところ。

彼は服をまといリビングへ行ったようだった。

冷蔵庫を開ける音。

水道を使う音。

私は彼のそばに行きたい衝動より勝る、眠気の気怠さにベッドから出ることはできなかった。

彼は早起きだ。昨日あんなに飲んだのに・・・・

彼曰く、「休みのほうこそ早起きしなきゃもったいないだろう?」

それから笑って

「僕は

もっとみる
政治は百年後に真価を問われる(ショートショート)

政治は百年後に真価を問われる(ショートショート)

「まったく・・・・本当にたまらんよな・・・・」

時刻は23時15分だった。

犬飼修は、イライラとしながらデスクの上にある葉巻に手をやり、マッチで火をつけた。

アジア経済文化圏、日本州の官房長官である犬飼は、執務室で頭をかいていた。明日は新元号の発表の日である。

「たく、誰があんな悪法を・・・・・」

「コールです」

電子音声が伝える。

犬飼は舌打ちをすると、執務室の中に置かれている、ヘ

もっとみる
Top Of The World

Top Of The World

2003年春。

僕は車の助手席で煙草を吸いながら湾岸線の工場地帯の風景を眺めていた。

隣ではワタルが同じく煙草を吸いながらハンドルを握っていた。

カーステレオからは僕たちには珍しくラジオが流れていた。

昨日は久しぶりにワタルとバイトのシフトが一緒だった。あまりにも仲が良すぎる、かつ、お互い仕事に対してまじめに見え難い二人が同時にシフトに入ることがお偉さん方の目に余ったのか、僕とワタルが一緒

もっとみる
「サランラップはまた明日」(超絶ショートショート in ベトナム)

「サランラップはまた明日」(超絶ショートショート in ベトナム)

ホーチミンの夜は意外と涼しい。

僕は長そでを羽織って家を出た。

近所の複合施設まで歩いて日用品を買いに行こうとおもい、アパートメントを後にした。

道すがらいつもいく馴染みの居酒屋がある。

見つかると「飲んでいけ」「こっちのテーブルあいている」などとベトナム語でいってくる。

僕は見つからないように下を向いて歩いていた。

20メートル、30メートル、誰にも声をかけらない。

どうやらやり過

もっとみる
私と、とある新聞記者の話(別章「私は青レンジャーだ」)

私と、とある新聞記者の話(別章「私は青レンジャーだ」)

「記者さんと坂井田さんが初めて二人で待ち合わせて飲んでいた時はびっくりしましたね。僕たちは大学生ですが社会人の人達にも店に来てもらいたいんです。常連さん同士が仲良くなるのは本当にうれしいです。『え?あの二人が待ち合わせ??』って本当にびびりましたよ」

他のバーのスタッフは言う。

「私たちの中で、記者さんと塾長さんと坂井田さんの3人がそろって飲んでいるのを見ると幸せな気分になるって言ってます」

もっとみる
私と、とある新聞記者の話(終章)

私と、とある新聞記者の話(終章)

社会人になってからの友人て何人いるだろう?

ふと、そんな疑問が頭の先端をかすめた。

アルコールの肴には上等だろう。

友人の定義を述べよと言われたらそれはとても難しく面倒だ。

私が大学の教授になったらその種の論文試験を出すのも面白いかもしれないが、その可能性は今のところ酒を断つことくらいの可能性しかない。

私は、友人は少ない。

そんな私でも少ないだけで多からず少なからずの友人はいる。

もっとみる