Top Of The World
2003年春。
僕は車の助手席で煙草を吸いながら湾岸線の工場地帯の風景を眺めていた。
隣ではワタルが同じく煙草を吸いながらハンドルを握っていた。
カーステレオからは僕たちには珍しくラジオが流れていた。
昨日は久しぶりにワタルとバイトのシフトが一緒だった。あまりにも仲が良すぎる、かつ、お互い仕事に対してまじめに見え難い二人が同時にシフトに入ることがお偉さん方の目に余ったのか、僕とワタルが一緒にバイトに入ることは最近はまれだった。
昨日のバイト終わり、「今日この後どうすんの?」と福島から梅田まで歩きながら僕はワタルに尋ねた。
「予備校で勉強するかなと思いながら車で来ちまったからな。駐車場代がなぁ・・・・」とワタルは煙を吐き出しながら応えた。
僕たちは金がなかった。金がないからバイトをしていたのだけども。
「お前は?」ワタルは尋ねた。
「家に帰って勉強するかな」
久しぶりにあった僕とワタルはお互い離れがたい気分だったのだろう。
「なぁ、ワタルんち、久しぶりにいっていいか?」
「くるか?」
「おう。」
「ダメだぞ。今日はまじめに勉強するんだ。アルコールもなしな」
「当たり前だろ。何言ってんだ。勉強しに行くんだ。」
そうなると話は早い。ワタルは実家暮らしだった。僕も実家暮らしだった。
駐車場で車をピックアップするとそれぞれ実家に電話をかけた。
「今日、ワタルの家で勉強することになったから泊まらせてもらってそのまま明日バイトに行く」
「今日、タケルと一緒に家で勉強するから。なんかご飯作っといて」
駐車場代を半分僕も出した。ワタルは「サンキュ。助かる」といって、僕が出したお金を簡単に受け取ってくれる。大阪の南部まで下道で2時間ほどかけて帰った。
ワタルの家に着くと、ワタルのお母さんが出迎えてくれて、リビングで一緒に夕食を食べた。ビールを勧められたが、「いや、今日は本当に勉強しに来たんです」といって断った。ワタルのお母さんは微笑んでくれていた。
夕食後、2階のワタルの部屋に移動してワタルは机で、僕は炬燵でそれぞれ好き勝手に勉強を始めた。
「なぁ、タケル。ここの論点なんだけど、お前だったらどの説で書く?」
「そうだなぁ。僕は読んでる前田先生が折衷説だからな。僕はそれが性に合うから、それで書くかな」
「なるほどなぁ。俺も個人的にはその説がいいんだけど、予備校のテキストでは違うんだよなぁ。覚えてしまえばいいんだろうけど」
「そうだなぁ。それもいいけど、自分がしっくりする説だったらそれで書いた方が書きやすいと思うけど。結局、論理の流れだろう?」
「じゃあ、どう構成する?」
「僕なら・・・・」といい、くわえ煙草で論点構成をルーズリーフに書きなぐる。
ということをお互い繰り返していたらあっという間に5時間が経過して時刻は1時を過ぎていた。
「結構あっという間だったな。」ワタルが僕に言った。
「そうだな。」首をさすりながら僕は言った。
ワタルの机の上の灰皿も炬燵の上の僕の灰皿も煙草の吸殻でいっぱいだった。
「風呂でもはいるか?」
「いいな。」
「じゃ、温めてくるよ」
そういい、ワタルは階下に下りていった。僕は煙草に火をつけて、ワタルの机のテキストを手に取り眺めていた。
しばらくして、ワタルはもうオッケーだと言ってなぜか一緒に湯船につかりながら、明日のバイトのこと、バイト先のお偉方の話、将来のことなどで花を咲かせた。
風呂からでて、脱衣所で「なぁ、小腹空かないか?」とワタルは僕に聞いてきた。「確かにな。すいたな」「カップ麺でよければ食うか?」「いいな」
服をまとい、キッチンでカップ麺を選び(その種類の豊富さがワタルの家の誇りらしかった)「じゃあ、先に上がっていてくれ持っていく」と言われたので、2階に上がり部屋の前の漫画本棚から気になっていた漫画の続きを4冊ほどもって炬燵に入って読み始めた。
2分後にワタルが階段を上る音が聞こえたので僕は部屋の扉をあけた。
ワタルは盆に僕とワタルのカップ麺とビールを2本乗せていた。
「もういいだろう」
そう言うと、ワタルは僕に缶ビールを手渡してきた。
「そうだな。やったしな」
そういい、二人で特段意味もなく乾杯をし、ラーメンをすすった。
「お前、来年も当然受けるとしてダメだったら再来年はどうする?」
僕は箸をとめて、ワタルの顔を見た。悩んでいるのだろう。
「そうだな。どうするかな」
そう言うと、僕は麺をすすった。
「ワタルは?」
「そうだなぁ・・・・このままじゃいられないもんな」
それから黙々と二人ラーメンの汁まで飲み欲し煙草に火をつけた。
「あんまり迷惑かけられないしな」
ぽつりとワタルが言った。
翌朝、ワタルのおばあちゃんが作ってくれた純和風の朝食をいただき、近所の喫茶店でコーヒーを飲んでから梅田まで一緒に帰った。
家を出る際おばあちゃんは、さんざん僕に「ワタルのこと宜しくお願いします」「いい友達で本当に良かった」「また遊びに来て」「ほんと男前」などいうと、車に乗り込み発車するまで見送ってくれた。
ワタルの家まで帰るときは二人が好きなイエローモンキーをかけていたが、今日はカーステレオからFMが流れている。
ワタルは予備校へ。僕はバイトへ向かう。
泉北有料道路から湾岸線を経由して梅田まで。
カーステレオからカーペンターズが無邪気に流れてくる。
僕は左手に見える工場地帯を横目に黙って聞いていた。ワタルも黙っていた。
「みてえよなぁ、Top Of The World」そう僕は口に出していた。
ワタルは「どんな景色なんだろうな」そう言って煙草の煙を吐き出した。
僕は「ワタル煙草がきれた。くれ」というと、ワタルは無言でキャスターのソフトケースとジッポを渡してきた。顔は前を見据えたままだ。
僕は煙草を1本抜き取ると、ジッポで火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
「なぁ、絶対みてやろうぜ」
「だな。」
あれから16年たった。
ワタルと出会ってから20年を過ぎた。歳を重ねても
ワタルと僕との関係はかわらない。一つの夢はあきらめたがそれよりも大きい夢をお互い今でも追い求めている。
夢をあきらめたからこそ余計に意固地になっているのかもしれない。
だから、やっぱりあの時に聞いた「Top Of The World」は忘れらない。
「みてえよなぁ、Top Of The World」
「どんな景色なんだろうな」
「なぁ、絶対みてやろうぜ」
「だな。」
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