今週末の日曜日、焼き鳥屋で日本酒煽って管を巻く…
「ねぇさん、僕バイトしようと思うんだ」
ベビーフェイスの翔太はベビースターラーメンをかじりながら私に言った。
私が缶チューハイを飲み干そうと首を90度まで傾けてみようとして挫折していたタイミングだった。
どこでするのが適切か全く分からないが、一応ここで弁解しておくと翔太は私の弟ではない。
そういう間柄なだけだ。
「そういう間柄」とは単に「ねぇさん」と呼ばれる間柄なのだ。それが年下か年上か問題ではない。
翔太がそう私のことを呼ぶ以上、私はそういう人格なのだ。
「で、どこでバイトするの?」
私は面白みのかけらもないような翔太の話を聞くために、仕方なく、本当に仕方なく、やむを得ず、断腸の思いで、新しい缶チューハイを空けることにした。
翔太はキラキラした顔で「よくぞ聞いてくれました」とばかりにベビースターラーメンを頬張り、挙句に袋のまま喉奥に流し込むように首を120度まで持ち上げようとする姿勢で一気にベビースターラーメンを空にした。
翔太は喉は乾かないのか、ここぞとばかりに何処の馬の骨かわからない私に熱い思いを叩きつけようとしてくる。
私は新しいベビースターラーメンの袋を開いてから翔太に手渡した。
「ざす」
そういうとまたポリポリと食べながらポツリポツリと話し始めた。
「焼き鳥屋で働きたいす」
「焼き鳥最高っす」
「焼き鳥でみんなが笑顔になるのをみるのが好きっす」
かいつまんで、要約して、ざっくりと言うとこんな感じだ。
この話を聞き出すまでに私は追加で缶チューハイを2本あけ、翔太はさらにベビースターラーメンをもう一袋あけた。
お互い肝臓と腎臓が心配になる。
「なぁ、翔太」
「はいねぇさん」
「本当のこと言ってみな?」
「え?本当のこと…?」
「なんで焼き鳥屋なんだ?」
「だから…」
「なぁ、翔太…」
翔太のベビーフェイスは困惑に包まれていた…
別に翔太が嘘をついているとは思わない。ましてや、翔太嘘をついてようがついていまいが私には全く関係ない…
(全く関係ないはずなのに…)
なのに、首を突っ込んだり、口を挟んだり、手を差し伸べたり、肩を貸したりした挙句、背中を任されたりすることが多いことが、「ねぇさん」と呼ばれる原因なんだろう。
なるほど。
納得だ。
翔太はまだベビーフェイスを曇らせている。
(やれやれ…)
缶チューハイを冷蔵庫まで取りに行ったついでに焼いていたスルメをひとしきり食べやすいサイズにさいたうえ、マヨネーズと七味をこんもりとたっぷり盛った皿を恍惚と見つめ。
(これはバエだな…)としばし気を失ったかと思うほど見つめ、危うく本来の趣旨を忘れるくらい時間をかけてから戻っても翔太の表情は変わらなかった。
ベビースターラーメンは空になっていた。
どうやら私の恍惚の時間は単に彼にカロリーと塩分を摂取させてだけのようだった…
「なぁ、なんで焼き鳥なんだ?」
みかねて私は問うた。
翔太は空になったベビースターラーメンの袋を見つめている。
「おい!」
「は、はい…」
翔太は情けない返事をした。
「あのなぁ、なんで焼き鳥なんだ?本当のことを言ってみろよ。なんで焼き鳥なんだ?味噌ラーメンじゃあ世界を笑顔にできないのか?塩ラーメンじゃどうだ?豚骨ラーメンはだめなのか?馬鹿野郎!ラーメンを舐めるな!!」
「す、す、す…すみ」
翔太が言い終わるのももどかしく、私はさらに続けた。
「翔太よぅ…おめぇ、北野監督の映画だったら銃で蜂の巣にされてんぞ…ファッキンジャップぐらいわかるよ馬鹿野郎てなぁ…」
スルメをかじりながらラーメンと北野監督の話をされている翔太が少しかわいそうになった。
なるほど、翔太のベビーフェイスがただの赤ん坊のようになっている。
私は翔太にベビースターラーメンをもう一袋あけてやった。
「なぁ、翔太。初めて焼き鳥食べたのはいつだ?」
「あれは…確か小学生の頃です」
「何年だ?」
「へ?」
「だからぁ、何年生の時だって聞いてんだよ!」
翔太は自分を落ち着かせるよう、ベビースターラーメンを右手親指、人差し指、中指でつまんだ。そして、一気に口に運び咀嚼した。
(なるほど、ベビースターラーメン少々か…)
「あ、あ、あれは…確か…5年生の時です!」
「なんで5年生だって思ったんだい?」
「ええと、あれは確か運動会の後で」
「馬鹿野郎!運動会は6年間あるだろうが!だから、なんで5年生って特定できたんだって聞いてんだろうがよ。このすっとこどっこいが!」
知らぬ間に私は缶チューハイから一升瓶の酒を傍に湯呑みとで日本酒を飲んでいた。
(やっぱりスルメには日本酒だよね…マヨと七味だそうかしら…あぁ、一升瓶と湯呑みとスルメ…バエ…)
「あのですね…恥ずかしいんですけど…」
「馬鹿野郎。今更恥ずかしいことなんてあるのかい。てやんでぇ。粋じゃないねえ本当に…」
翔太はゴクリと唾を飲み込むと恥ずかしそうに
「実は運動会の時に大好きだった子とフォークダンスで手をつなぎまして…」
翔太のその笑顔。音に表すと「デヘデヘ」
「ふーん…」
私はしばし手に持ったスルメを躊躇うように眺めていた。
「で、うまかったのかい?」
「か、か、彼女のことですか?!」
「馬鹿野郎のトントンチキだね、本当にあんたは。焼き鳥だよ、や、き、と、り」
「うまかったっす。こんなうまいもんあるのかな?て思いましたね!ほんとに!!」
「そうか。誰といったんだ?」
「え?家族で…」
「だから、誰が一緒にいったかって、きいてるのですよ。本当にあーたはにぶいったらありゃしない」
「親父と、お袋と、妹と」
「お、妹ねぇ、いいじゃないかい…何才なんだい?」
「ええと、今は15っすね。」
「だから、当時だよ!ほんと鈍いなぁ…うちがプロレス事務所だったら、あんた、パイプ椅子で頭割られてるよ!」
「えっと…4才か、5才か…」
「ふーん、いいじゃないか…。妹さんうまそうに食ってたかい?」
「はい!むっちゃよろこんでました!最初は串が怖いってお袋に串から外してもらって食べてましたけど親父が『こうやって串から食べるのが焼き鳥の醍醐味で一番うまいんだ』て言ったら一生懸命串から食べて『父ちゃん、串のまま食べるのがダイゴメだね!むっちゃ美味しいよ〜』て妹が笑って…『なんだ、そりゃ、粗大ゴミみたいじゃねぇか!』て笑いながら盃を空にして『一丁前ねぇ…』てお袋が笑いながら親父に日本酒を注いで…」
「幸せだったかい?」
「はい!」
「それだろうがよい」
「は?」
翔太は呆けた顔をしている。
「だからさ…」
私は湯呑みを翔太のほうに向けると翔太はおずおずと一升瓶から酒を注いだ。
「あんな、あんたはさぁ、焼き鳥さいこーっすとか言ってるけど、あんたは焼き鳥を食べるのが好きじゃないの?」
…
沈黙…
「あんたはね、焼き鳥を食べて幸せになってる人を、みるのがすきなの?わかる?」
「わ、わ、わかります…」
「あんたがね、焼き鳥を食べたいのは昔の記憶があるから。あんたが焼き鳥屋で働きたいのはその気持ちをお客さんと共有したいから。お客さんの笑顔が見たいから。だろ…??」
いうやいわんや、私は湯呑みを翔太に押しやった。翔太はおずおずと湯呑みを受け取る。私は一升瓶から日本酒をなみなみと注ぎ入れた。それこそ、溢れんばかりに。
私は畳に寝転ぶ。
(はぁ、どうでもいいや…)
数日後、どうやら翔太は焼き鳥屋で働くことになったらしい。
私は
今週末の日曜日
「ほら、私を、幸せにしてみなさいよ」
と焼き鳥屋で日本酒を煽って管を巻く…
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