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【短編小説】週3日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に3日(火〜木)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで…
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2024年6月の記事一覧

【短編】『僕が入る墓』(序結編)

【短編】『僕が入る墓』(序結編)

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僕が入る墓(序結編)

 救急車に乗り込む頃には、貧血で明美はすでに意識を失っていた。僕は明美の名前を何度も呼んだ。義父も義母も僕の後から娘の名前を叫んだ。すでに止血は済んでいたためこれ以上血が流れることはなかったが、血管が破損していたため緊急手術が必要になった。救急車は夜中の田んぼ道を全速力で走行した。

 義父と義母は手術室の外のベンチに座りながら、膝に腕を乗せで必死に祈ってい

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【短編】『僕が入る墓』(後後編)

【短編】『僕が入る墓』(後後編)

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僕が入る墓(後後編)

 屋敷に戻ると、義母が冷たいお茶を四人分机に出してくれた。今までより一つ少ないのがもの寂しかった。僕と明美が屋敷に来てからずっと義父と義母は忙しなくしており、お祖父様が亡くなったことを悲しんでいる暇もないといった様子だった。僕たちが駅に着いた時に義父が車の中で寝ていたのも自ずと理解できた。ようやくお祖父様の葬式と火葬を終えて緊張が解けたようで、二人は気を楽に

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【短編】『僕が入る墓』(中後編)

【短編】『僕が入る墓』(中後編)

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僕が入る墓(中後編)

 山陽新幹線に乗るのは今月で二回目だった。明美の横を過ぎ去る景色は、ついこの間乗った時よりもどこか色味のなさを感じた。それは日が沈みかけているからなのか、明美に対する同情からなのかわからなかった。

「そういえば、葬式休暇をもらおうとしたらさ、数日なら連続で有給取ってもいいって言うから三日間くらい休みとっちゃった」

明美は外の景色を眺めていた。すると僕の方

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【短編】『僕が入る墓』(序後編)

【短編】『僕が入る墓』(序後編)

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僕が入る墓(序後編)

一同は、目の前に映る異常な光景に言葉を失っていた。義母はその場でしゃがみ込んで何かを叫び続けていた。義父はお祖父様が尻餅をついて必死に起きあがろうとしているのを手伝った。僕は先ほどバケツに水を汲んだことを思い出し、あたりを探した。バケツは炎の届かぬ場所にそっと置かれていた。僕はすぐに両手でバケツを抱えて墓に向かって水を大きく振りまいた。一瞬、火柱がなくなった

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【短編】『僕が入る墓』(後中編)

【短編】『僕が入る墓』(後中編)

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僕が入る墓(後中編)

近くを飛んでいた小蝿や蛾が一斉に明かりの灯った電球の周りに集まった。

「大丈夫?」

「――」

「スイッチここね。わかりづらいよね」

「――」

「電気つけるとほら、虫がすごいのよ」

彼女の言葉は僕の耳には入ってこなかった。ただ響くのは激しく脈打つ心臓の鼓動の音だけだった。僕は気を落ち着かせてからやっとのこと口を開いた。

「一瞬――」

「え?」

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【短編】『僕が入る墓』(中中編)

【短編】『僕が入る墓』(中中編)

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僕が入る墓(中中編)

 土砂降りの中、義母はお手のものといった様子で次から次へと外に面した戸を閉めていった。義父やお祖父様は依然として居間に座ったままで食事を続けていた。すき焼きの具が鍋の中でぐつぐつと小刻みに揺れるのを眺めながら、明美は母親を思ってかテレビに釘付けの義父の後ろを通り過ぎて何も言わず居間を出ていった。僕も明美について行こうと一瞬床に片膝をついたが、義父とお祖父様が

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【短編】『僕が入る墓』(序中編)

【短編】『僕が入る墓』(序中編)

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僕が入る墓(序中編)

明美は戸を全開にして、僕に向かって手招きした。

「元気にやってるか?」

「はい。元気です」

明美の後ろから顔を出すと、お祖父様がベッドの上に腰掛けて体に湿布を貼っていた。顔の所々に薄茶色の染みが目立ち、白髪をすべて後ろに綺麗に流して、いかにも厳格な人物といった顔立ちをしていた。しかし、体格の方はと言うと、整った顔立ちの割に骨が見えるほど痩せ細り、肩

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【短編】『僕が入る墓』(前編)

【短編】『僕が入る墓』(前編)

僕が入る墓(前編)

 目の前に広がる田園風景を真っ二つに分けるように一本のアスファルトでできた道がどこまでも続いていた。僕は先を行く明美の黒くしなやかな後ろ髪から溢れた残り香をたどりながら、これ以上距離を離すまいと歩数を増やして後を追った。明美の腰のあたりにはまるで大気にひびが入ったかのように陽炎が揺らめき、明美の体にまとわりついていた。

「早くー」

「待ってくれよ」

「もうバテちゃったの

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【短編】『瞑想/迷走』

【短編】『瞑想/迷走』

瞑想/迷走

 煩わしい電話の着信音が聞こえなくなると、再び私は瞑想に耽った。緊急の電話ならまた再び鳴るに違いないと思いながら、一時の不安な感情を忘れ去り、暗闇なのか空白なのかわからぬ曖昧な世界へと感覚神経を沈めていった。

 遠い向こうから何やら小さな物体がこちらへと向かってくる。その姿は徐々に大きくなり存在感を増していく。と次の瞬間あっという間に私の横を通り過ぎて行ってしまった。それは昨日乗り

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【短編】『赤い鉛』(後編)

【短編】『赤い鉛』(後編)

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赤い鉛(後編)

 目を覚ますと、いつもの自分の部屋の天井とは違い、黒い細かい斑点の入った天井が目に映った。ベッドはクリーム色のカーテンに覆われて自分が今どこにいるのかすらわかりかねた。周りからは人の声が聞こえるが、それもうまく聞き取れなかった。腕にはチューブが刺さり、頭上にある袋の中から液体が体内に入っていくのを感じた。

「お目覚めですか?」

気がつくと、目の前に看護師がいた

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【短編】『赤い鉛』(中編)

【短編】『赤い鉛』(中編)

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赤い鉛(中編)

第一章 「病」

冒頭で主人公の男が女と別れる。すると、運命的にも高校の同級生の女に遭遇する。女はそれとなく男の表情から失恋を察すると、男をとある豪邸でのパーティーに招待する。そこでまたゆっくり話そうと言って去っていく。

男がパーティーへ行くと、同級生の女が踊っていた。主催者は同年代の富豪だった。男は失恋で心を病んで酒を飲み続ける。とある妖精の格好をした女が男の

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【短編】『赤い鉛』(前編)

【短編】『赤い鉛』(前編)

『赤い鉛』(前編)

 彼は歯を食いしばった状態で僕の顔をまじまじと見つめながら最後の言葉を告げようとしていた。顔はすでに真っ赤に染まり上がり、汗が全体を覆って照明の光を白く反射させていた。彼は自分の首を縛っている縄を必死に両手で掴み、内側の血管が締め付けられないようにと全意識を指先と首の付け根の筋肉に集中させた。僕は彼の最後の言葉を聞くまでは殺すまいと一定の力でもって両腕を固定させていた。もしか

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