- 運営しているクリエイター
記事一覧
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」⑦)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢 (前編「殺人」⑦)
「そうか。今回もか――」
上官はまるでため息をつくかのように言葉を吐き捨てた。
「今回もってどういうことだ? なにか知ってるのか?」
「ああ」
上官が実際にため息をついたのか、回線の向こうから深い息の根の音が聞こえた。すると疲れ切った声で語り始めた。
「実は最近似たような事件が全国各地で確認されているんだ。本人の意思
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」⑥)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」⑥)
ターミナルAの事務所に着くと、先ほど電話に出たガーネットという男らしき人物が集荷場のカウンターの前で行き交う配達員を引き留めては身だしなみを注意していた。車両を降りてやってくるサムに気づくや否や、すぐに顔色が変わった。
「FBI公共安全分析課のサム・スコットだ」
サムは胸ポケットからバッジを出すと、男の目によく映るように突
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」⑤)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」⑤)
カルロス・サンチェスの携帯端末は、透明な袋に入ってデスクの上に置いてあった。端末はすでに充電されていた。さすがだ。仕事が早い。起動させるとある画像が映った。彼はニューヨークへ行ったのだろう。ウォール街に何かを睨みつける牛の銅像が表示されていた。画面をスライドさせるとすぐさまロック画面に切り替わった。やはり彼に頼もう。コードを抜い
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」④)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」④)
ホモシミュレーターの電源を切ると、ホログラムは天井にある薄型の投影機へと吸い込まれ、目の前には何もない真っ白な壁が現れた。ホモシュミレーターを操作している時は、情報の板で部屋は埋め尽くされるが、それ無くしてはただの空の箱だった。まるで空港やショッピングモールに備え付けられた礼拝室のようだった。
本館へと戻る途中、サムは頭の中
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」③)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」③)
カーソルを右端の五年三ヶ月のメモリから十分ほど前の位置に合わせた。
01:05:22:00 「――クタクタだ」
01:05:30:41 「ビールでも飲もうか。いや、今日はもう疲れたから寝よう」
タイムコードの数字が秒単位で進むと同時に、目の前の何もない空間からくぐもった声が聞こえてくる。
01:05:45:22 「はあ
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」②)
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」②)
「こちらフィル・ウォーカー。テンダーロインエリア付近にいる」
「そうか。よかった」
「殺人予測現場の住所と時間を教えてくれ」
「ああ。レヴィンワース通り四三四の白いアパート。三階の三〇四号の部屋でソファに座っている男が何かで殴り殺される。時間は一時十分二十三秒だ」
時刻はすでに一時五分だった。
「わかった。すぐに向かう犯人の男はどんな奴だ
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」①)
プロローグはこちら
コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」①)
南部からの西部東部への人の流入が急激に増した。元々南部を拠点としていた大企業の工場地帯でも人を必要としなくなったのだ。大規模設備投資により工場の生産プロセスは全て自動化された。働く者たちは皆リストラされ、逃げ道を失って元いた西部東部へとUターンせざるを得なかった。南部での安い家賃、安い生活費も仕事がなければ意味をなさなかった。
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(プロローグ)
コンピュータが見る悪夢
(プロローグ)
二〇五六年、先進国における平均失業率は五割を超えて危機的水準に達した。十年前の二〇四六年に行われたとある裁判が、その数字を生む大きな要因となった。当時はまだ先進国における平均失業率は二割を切っていた。それから五年の間に、相次いで技術革新が起こった。まずはAIが大きな進化を遂げると、その他の技術、例えばロボティクスや、自動化システム、3Dプリンティング、バ
【短編】『爆破予告』
爆破予告
爆破予告があった。期末試験を明日に控えた中でその知らせは端末を通じて学生全員に一斉に届いた。私はてっきり試験を受けたくない者によるタチの悪い脅迫かと思っていたが、そうではなかった。当日大学は閉鎖され、爆弾処理班も動員されたにも関わらず、爆破は起こった。初めにその事実を知ったのは、学生寮に住む学生たちだった。図書館から煙が立ち昇るのを寮の屋上から確認したのだ。すぐさま消防車のサイレンの
【短編】『美しき欲情』
美しき欲情
※この作品内には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれます。
スーパーのレジ打ちの音で、私は興奮する。その感情の高まりは、特に決まった目的を持っているわけでもなく、シンプルに興奮するのだ。ストレスが解消されるわけでもなく、何かの欲求が増すわけでもない。それは名前のない些細な感情だ。
ピッという音が響く一瞬の間にあらゆる出来事が起こっている。商品のバーコードが読み取られ、その情
【短編】『不便な時代』
不便な時代
巷で人気を博しているスマートフォンがあるという。人気とは言っても姿形は至って普通のスマートフォンと同じだ。側面はペンのように細く、表面はタロットカードのように縦に長い。特別な機能があるのかと思いきや平凡だ。むしろスマートフォンにしてはスマートな方ではない。僕が実際に購入し、使ってみてそう感じたのだ。インターフェースの反応も遅く、つい長く使っていると熱くて触れなくなってしまう。そんな