塵芥なる

個体発生は系統発生を繰り返す。素粒子レベルでの崩壊と再構築を繰り返し、オオカミの姿に落ち着いた。この姿の隣人はこの国にはもういない。

塵芥なる

個体発生は系統発生を繰り返す。素粒子レベルでの崩壊と再構築を繰り返し、オオカミの姿に落ち着いた。この姿の隣人はこの国にはもういない。

マガジン

  • 生まれてきたからあなたに会えた

    生誕は災厄の始まりだ。でも、生まれたからこそ、あなたに会えた。

  • 永遠よ、さようなら【長編小説】

    科学が世界を説明するこの時代、彼らを信じるものは、どこにもいない。

  • 別れを告げた半身を探して【長編小説|完結済】

    私たちは、かつて神に引き裂かれた半身を探している。

  • 雑記

    日常の、思ったことを、つらつらと。

  • 青く沈んだ夜明けの向こう【長編小説|完結済】

    青白い夜明けで足を止めたその世界で、俺は彼女に出会った。

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【長編小説】あの日の続きをキミと共に歩けたなら(1)

 急に左耳が聞こえなくなって仕事を辞めた。しばらく仕事をせずに休んでいたら、アパートの大家から出ていくように言われた。実家とは疎遠で、叔父が管理する曽祖母の家に移り住んだ。十八年前に曽祖母が亡くなってから空き家になっている、群馬県の山間部にポツリと建っている古い農家の家だ。  無駄に部屋数が多い平屋。広い土間の横にある居間と、茶の間の向こうの部屋を一つ片付けて寝室として、何の目的もない生活を始めたのが今年の春のこと。四ヶ月ほどが経過した現在、深い緑の山は賑やかな夏を迎えている

    • 【長編小説】(8)生まれてきたからあなたに会えた

       テケテケさん理科室バージョンなるわけのわからない恐らく妖怪の類であるものに追われて走っていたところをよりにもよってあの体育科主幹教諭に見られていて、職員室に戻ると待ってましたとばかりに小言を言われた。「いつまでも学生気分でいられちゃ困る」とか言われて、内心「学生時代でさえこんな全力疾走しませんでしたよ」と抗議するが、口には出さない。こういう手合いは黙って時が経つのを待つのが吉。下手に弁明をしようものならそれをトリガーにあれもこれもと話が飛躍するのは目に見えている。 「教師は

      • 【長編小説】(7)生まれてきたからあなたに会えた

         養護教諭はとっくに退勤していて保健室は無人だった。自分でできると何度言っても受け入れてくれない砂月に根負けする形で椅子に座った私は、消毒液を探す彼の背中を眺める。理科教諭の幽霊の方は変なものについてそれなりの知識を有している様子だったが、彼はどうだろう。 「あの人体模型、一体何だったんでしょうか」  ようやく消毒液とガーゼを探し当てた砂月が「あったあった」とこちらを向く。 「あれはテケテケさん理科室バージョンですよ」 「……理科室、バージョン?」 「テケテケさん。知りません

        • 【長編小説】(6)生まれてきたからあなたに会えた

           幽霊やら換気扇の中に蠢く白いウネウネしたもの、教室の隅に溜まってる黒いゴワゴワしたものなんかが見え始めたのは数年前のこと。迅と黎子の話を要約するに、恐らくそれは迅が私を見つけたことをきっかけとしていて、彼と関わりを持っていることによる何らかのエネルギーによって続いているものらしい。  それ以前の私は、当然ながらそんな非科学的なものを見ることはなかった。オカルトや霊的な話は信じていなかったし、幽霊と呼ばれるもののこちらから触れられないとか壁を通り抜けるなんて話を総合するとそれ

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        • 生まれてきたからあなたに会えた
          8本
        • 永遠よ、さようなら【長編小説】
          8本
        • 別れを告げた半身を探して【長編小説|完結済】
          28本
        • 雑記
          7本
        • 青く沈んだ夜明けの向こう【長編小説|完結済】
          58本
        • 短編集【夜】
          3本

        記事

          【長編小説】(5)生まれてきたからあなたに会えた

           真人間には太陽光が必要とのことで夏の午後の屋外に引き摺り出された私はきっと古式ゆかしい吸血鬼のように灰となって消えるのだと思ったら、迅に手を引かれてしばらく歩いても焼け落ちるどころか熱中症になることさえなかった。山裾の少し高い場所にある我が家の近隣は他より平均気温が低いようで、おまけに山の木々と土が不要な湿気を吸着するのか吹く風は夏の割に温度が低く涼やかだ。  どこに行くにも時間がかかるあの家の立地は便利とは言い難いが、人里離れた場所ゆえに外に出ても滅多に人に出くわさないの

          【長編小説】(5)生まれてきたからあなたに会えた

          【長編小説】(4)生まれてきたからあなたに会えた

           今日が日曜日の授業参観の振替休日だということをすっかり忘れていたのは私の落ち度に違いないが、だからと言ってこっちの世話を勝手に焼いているだけの幽霊にあれこれ小言を言われる筋合いはないと思う。 「お前はいっつもそうだよな。どっか抜けてるというか、アホというか、やる気ないというか、とりあえずもう少し生きてる自覚を持て」 「だから謝ってるじゃん。ていうか、別に私が早起きしなきゃならなくてもそうじゃなくても迅には関係ないでしょう?」 「大アリだっつうの。こっちはお前よりずっと早起き

          【長編小説】(4)生まれてきたからあなたに会えた

          【長編小説】(3)生まれてきたからあなたに会えた

           ギリギリ午前様への変異を免れたと思った帰り道。公共交通機関の全てが眠りについたところを何とかしてようやく家に着くと結局時計の針は午前零時を過ぎていて、もう何もかも面倒になって鞄を畳に放り投げた。 『僕らは自らの意思と無関係に生み出される』  砂月の発した言葉が頭から離れない。言語化されないで私の中にあった空白が、名前を持って意味を得たような感覚だ。ずっと抱えていたモヤモヤに、明確な輪郭が与えられた。  生きるためには金がいる。金を稼ぐには働かなければならない。働いていると嫌

          【長編小説】(3)生まれてきたからあなたに会えた

          【長編小説】(2)生まれてきたからあなたに会えた

           大学を出てすぐに就職した会社の理化学研究職は回った目が遠心力でぶっ飛んでしまいそうなほど忙しくて、三年を数えず体が壊れて辞めた。それから少し休んで再就職したのが今の職場である私立高校。学生時代に特に目的もなく教員免許を取っていたが、理科の実験助手として入職した。 「初めまして、朝陽未来と言います」  そう自己紹介をした瞬間、全生徒から「未来ちゃん」と呼ばれることになった。少子高齢化と人口の都市部への流入が進む昨今、地方の定員割れしている私立高校なんてこんなものだろう。採用区

          【長編小説】(2)生まれてきたからあなたに会えた

          【長編小説】(1)生まれてきたからあなたに会えた

           なぜ、生まれてきたのだろう。  なぜ、生まれてこなければならなかったのだろう。  いつの間にか生まれさせられていた私は、今日も存在し続けるための義務を背負って生きている。  生きるためには働かなければならない。働くには、誰かと関わりを持たなければならない。他者と関われば傷つくことも苦しいこともある。それらは自分で何とかしなければならない。なぜなら、生きるために必要なことだから。  では、どうして私は生きているのだろう。生まれたいと願った覚えはない。生み出してくれと乞うた過去

          【長編小説】(1)生まれてきたからあなたに会えた

          【長編小説】(8)永遠よ、さようなら

           高校に上がって初めてバイトをした時からずっと問い続けてきたことがある。これは答えの出ない命題であり、世界の謎で、超常現象だ。どうしたって証明しようもない、誰も答えを教えてくれない、そして誰も答えがわからないこと。  なぜ、クレーマーは決まって店主が不在の時に現れるのか。 「だから、俺はこの辺の名物が湯葉だって聞いたから、それが食いたいっつってんだよ」  恐らく仕事でこの土地を訪れたのだろうサラリーマン風の中年男がレジに居座り続けてかれこれ三十分が経とうとしている。あやめは男

          【長編小説】(8)永遠よ、さようなら

          【長編小説】(7)永遠よ、さようなら

           一時間に一本のバスに乗って三十分。駅から少し離れたほぼシャッター街と化した商店街にある弁当屋があやめのバイト先だ。  他の人に災の姿が見えないとわかっているもののどうしても拭い去れない緊張を抱きつつガラス引き戸を開けると、客のおばさま方に囲まれた店長が「いらっしゃ」まで言いかけて、「おはよう、あやめちゃん。今日もよろしく」と笑った。どうやらちゃんと災は見えていないようで安堵する。店内に入り、災が通る時間を少しだけ取ってから戸を閉める。カラカラとどこか懐かしい音がした。 「あ

          【長編小説】(7)永遠よ、さようなら

          【長編小説】(6)永遠よ、さようなら

          「あやめ、本当に行くの?」 「行くよ。働かないと生きていけないもん」 「僕が代わりに働くよ」 「無理だよ。身元を証明できない人を雇ってくれるところなんて無いから」 「僕は災だよ。禍津災。君がくれた名前だ」 「そうじゃなくて、住民票とか経歴とか学歴とかそういうやつ」 「それは、無いけど……」  あやめがバイトに行くのは今日が初めてでは無いのに、今日に限って災は寝起きからずっとこの調子だ。支度をするのについて回り、「本当に行くの?」と何度も訊ねてくる。 「外は危険だよ。人間は何を

          【長編小説】(6)永遠よ、さようなら

          【長編小説】(5)永遠よ、さようなら

           黒柴の姿のしっぽに首輪とリードをつけて、夏真っ盛りと言えど祭りでもないのに着流しは目立つだろうと災にユニクロで買ってきたTシャツとジーンズを着せて、さて散歩に出ようと家を出たのが数時間前。やっぱり道に迷ったあやめはその事実を認めたくなかったけれど、太陽が赤く色づき始めてしっぽが「おなかすいた」と頭だけ狗神に戻して呟いたので、仕方なく災に道案内を頼むことにした。 「もっと僕をつかってよ。いつでも、どこでも、君の望みなら僕はなんでもやるよ」  隣を歩く災が、生き生きとした人間ら

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          【長編小説】(4)永遠よ、さようなら

           描き上がった絵をイーゼルに乗せて、使っていない広間の片隅に置いて写真を撮る。短いコメントと共にインスタグラムにアップすると、すぐにいいねとコメントがついた。 『今日も死神画家は絶好調ですね』 『これは蝉の死骸?今のシーズンにぴったり』 『写実的だけどどこか幻想的。ありふれたモチーフなのに不思議と新鮮に感じます』 『後ろは和室?柱は随分使い込まれた感じの立派なものだね』  いつの間にか「死神画家」などと呼ばれている所以は、あやめが生き物の死骸や廃墟や打ち捨てられた何かとか、死

          【長編小説】(4)永遠よ、さようなら

          【長編小説】(3)永遠よ、さようなら

           鳩羽あやめ、二十三歳、独身、彼氏なし。職業フリーター。ただし、ゆくゆくは画家として生きていきたいと思っている。  住んでいる家は大正時代に建てられたという超のつく古民家。元々は祖父母の家だったが、家主は二人揃って二年前に他界した。最初に祖父が死に、それを追うように祖母が。「あやめちゃんの大学の卒業式を見に行くのが楽しみだわ」なんて祖母は言っていたけれど、それよりも愛する人の元へ行くことの方が上だったらしい。  ど田舎の限界集落のまだ人が住んでいる家々から橋を一本渡った場所に

          【長編小説】(3)永遠よ、さようなら

          【長編小説】(2)永遠よ、さようなら

           朝、目を覚ます。山間の限界集落にある古い平屋の古民家は、夏真っ盛りの時分においても朝晩は少しだけ肌寒い。肩まで掛けたブランケットから抜け出し、寝巻きのTシャツの上に薄いパーカーを羽織って立ち上がる。一人暮らしに万年床を咎める者など存在しない。いい加減そろそろシーツを洗って布団を干さなければなどと考えるけれど、考えるだけ。実行に移すことはしない。  山の沢から来ている水道水は冷たい。冬は氷を液体にしたような凶器と化すが、夏にはキリッと心地良い。大雑把に顔を洗ったあやめは、まだ

          【長編小説】(2)永遠よ、さようなら