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介護

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#エッセイ

午後5時、病院からの帰り道

午後5時、病院からの帰り道

 出たくなかった。誰でもそうだろう。夜、ケータイの画面に表示された名前は、母がお世話になっている、ショートステイからだった。担当者の男性職員が、時々停滞する様な物言いをする。つまり簡単に言うと、母がコロナ陽性者になったという連絡だった。思わず、体温が上がった様に感じた。

 一晩明けた今日、保健所から指定を受けた病院へ行きレントゲンや血液検査をしたと連絡が入った。熱は下がり、36.6度平熱だったそ

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あなたと一緒なら

あなたと一緒なら

 頭が禿げる夢を見た。夢占いで調べてみると、体力の低下、ストレスの蓄積に注意と書いてあった。気がかりを確かにふたつ抱えている。ひとつは、父の持っている借家が漏水している件。もうひとつは、父の転院の件だ。
 

 父が入院して、実家が無人になった。そこで私は、借家に住んでいる方へ「何かあったら私の携帯にかけて欲しい」と連絡をしていた。古くて小さな借家だ。管理会社と契約してもない。ある日電話があり、玄

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夏日

夏日

 いつまで迷えば良いのだろう。朝から衣料品売り場で、男性の下着のズボン下を選んでいた。そう、昔で言う『ももひき』である。外は30度を越す夏日でも、冷房の効いた部屋は父には肌寒いかもしれない。さてはて、『ももひき』は薄手でいいのか?Tシャツくらいの綿100%の厚さでいいのか?わからないから、両方とも3枚ずつ選び、靴下も購入した。

 店を出ると逃げようのない猛暑。ギラギラした太陽と、照り返しからくる

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パールのネックレスと、ラベンダーとカモミールの香り

パールのネックレスと、ラベンダーとカモミールの香り

 降水確率90%の今日、大きめの傘を持って家を出た。英国人が好みそうな緑のタータンチェック柄の傘。一昨年、実家から貰ってきたものだ。杖なしで歩けなくなった両親は、その頃から自分で傘を持つことさえ出来なくなった。雨はすぐ止み、大きめの傘と、大きめのバックを抱えて実家へ行った。明後日からお世話になる、母のショートステイの荷物を揃えるために。

 買った靴下は履き口が伸びやすくて、足首が痛くならないもの

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何処までも何処までも

何処までも何処までも

 湿気を含んだ風はどんより重かった。ベランダの薔薇は咲ききって、だんだんと黄色から白に変化してきた。少しだけ水をやり、指先で花をそっとなぞった。柑橘系の香りがする部屋へ入り、冷たくなったミルクティーを飲んだ。太陽は陰り、肌寒さを感じた午前11時、風邪を引かないよう薄手のデニムのパーカーを羽織り、実家へと向かった。



 家へ着くと早速、母の愚痴が始まった。デイサービスで入浴介助を受け、美味しい

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雨上がりの1日

雨上がりの1日

 窓を開けると柔らかい陽射しと、湿度を持った風が流れ込んできた。蕾をつけたミニ薔薇に水をやろうと、ベランダに出た。少し湿った植木鉢の表面を確かめながら、根元から水を与えた。凄い勢いで伸びる若い茎からは、赤く力強い葉っぱがにょきにょきと生まれていた。

 窓を全開にし、カーペットをベランダに干した。床にかんたんマイペットを吹き掛け、クイックルワイパーで擦り、仕上げに水拭きをした。アンティークローズの

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実家にて 〜 日暮れまで 〜

実家にて 〜 日暮れまで 〜

 ピンポンとバスの停車ボタンを押す。ショルダーバックを開け、紺色の長財布を取り出す。財布のチャックを開け、小銭が入ったチャックをもう一度開け、230円取り出す。そして、またチャックをふたつ閉める。ショルダーバックに財布を入れたタイミングで、バスは止まる。急いでバックを肩にかけ、傘を手に持ち、運賃箱にチャリンと230円入れてバスを降りる。

 2日間同じ坂道を歩く。ようやくたどり着いた実家の玄関は開

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静かな世界

静かな世界

 ホール兼食堂に行くと夕食を待っている患者さんで溢れていた。食事カートを周りにぶつけないように運ぶ。窓の外には、垂れ込めた灰色の雲が山々を覆っているのが見える。夜勤入り、今日の勤務は始まったばかりだ。

 食事カートの扉を開けると右側が温かいもの左側は冷たいものと、ひとつのトレイで食事の温度が違う。引き出す時、時味噌汁がこぼれないように気をつけて配膳する。その様子を見ている患者さんの視線は、早く持

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パンが好きな父、ワンピースを作る母

 今日もいつものように両親の入浴介助の為実家へ行く。今年92歳の父は一人で入るので、入浴の準備だけ、今年91歳の母は車椅子なので風呂の中まで入り介助する。仕事柄慣れているのがありがたい。職業選択を正しくできたと思う今日この頃だ。

 お風呂の後は洗濯、そして昼食だ。お弁当の宅配を頼んでいるので夜と朝はそれを食べている。昼食はパンなのでまとめ買いをして持っていく。今回は黒糖蒸しパン、どら焼き、カステ

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実家にて 〜 唐突に終わるその日まで 〜

 今日も暑くてビールが美味い!そう思える日常に感謝なのだ。ビヤガーデンに行かなくっても、家庭内ソーシャルディスタンスで、ひとりご飯だとしても、ありあわせのおかずとビールで満たされて、心穏やかである。

 今年は1月から母(89歳)が圧迫骨折で入院して、3月に老健へ入所。そこを6月に退院してショートステイと自宅で1ヶ月過ごし、7月からようやくずっと自宅で過ごせるようになったのだ。

 目まぐるしい日

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カスタマイズ グランマ

カスタマイズ グランマ

いきなりですが、自分の母親がザリガニもしくは【風の谷のナウシカ】のオウムみたいになった姿をどう思いますか?

自宅で90歳の父と生活する事を決断した要介護3、89歳の母は車椅子生活に突入してしまいました。

身長が140台ということは、当然手のリーチも短くて、普通の車椅子では肘掛が邪魔して車輪を漕げません。

肘掛をスポーツカーのドアなみに上へ開放して、足でちょこまか床を蹴りながら車輪をまわす、こ

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バス停の先に見える景色

バス停の先に見える景色

「出来ると思ってたけど、何にも出来ない」

一時間前にはずっと家にいると宣言した母はパンツもきちんと上げれず、よっちらこっちら歩きながらため息をつく。

来月からショートステイは行かない、家で出来ることをゆっくりやりたい、そう言い張るが、実際どうなんだろうね。

ショートステイだと自分が自分で無くなるもどかしさ、家では己の身体に責任をもつ事への不安感で揺れているんだろう。

その度にケアマネさんに

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