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I like it!

前の会社でお世話になった元上司が訪ねてきてくれた。ヨーロッパでの仕事の帰り、わざわざ地球を一周してサンフランシスコに住んでいた私に会いに来てくれた。

たった1泊2日の滞在だったが、
精一杯のもてなしをしたかった。
気を利かせたつもりで、彼の大好物の鯖を日本食マーケットで探してきて、朝食はご飯と味噌汁と鯖の切り身をお出しした。

ひとくち、ふたくちだけで、
完食なさらなかった様子を見て、ん?
日本では、行きつけの寿司屋から「鯖が入りましたよ」と連絡が来るほどの鯖好きが、
どうしたのかな、お口に合わないのか、遠慮なさっているのかと思ったが、格別気にはしないまま、その日の午後のフライトで日本に帰国するため、空港までお送りした。

出発までの待ち時間、空港内のカフェでお茶している時、何気なく放たれた彼の言葉を、思わず2度聞きした。

「空港内に病院はあるかな。連れていって欲しいのだけど。」
え!具合悪いのですか?どこが?

幸い、国際線の待ち時間は長い。
時間は十分あった。
大急ぎで空港内の病院の場所を確認しながら、
一見、なんの変化もあるように見えない彼の体調を問い正した。

「いや、今はなんともないのだけれど、、
これからなんかあったら困るから、飛行機に乗る前に診てもらった方がいいと思って。」
と彼、穏やかにでも、決意をこめて。

ど、どこがどういうふうに「なんかあったら困る」のですか?と食い下がる私に

「鯖」とひとこと。
さ、鯖がどうかしたんですか?
「僕、鯖アレルギーなの」

え、だって、鯖大好物じゃないですか、
いつも召し上がってるじゃないですか。

「あ、あれはね、いつも食べる前に薬を飲んでるから大丈夫なの。」
そんな!
あんなに美味しそうに鯖を食べる人は見たことがないくらいの「鯖好き」だから、そんな事情があるとはつゆ知らず、鯖を食べさせてしまった私。

薬を飲まずに鯖を食べてしまった場合、
最悪、どうなるのですか?
「、、大したことないの。」

どうなるのですかっ!

「呼吸困難になるの」「息ができなくなるの」
「一度、薬を飲み忘れて鯖を食べた時にそうなって。飛行機の中でそうなったら、困るかなぁと」

わ、わ、わ、わ、、、
辿り着いた空港内の医院でアメリカ人のドクターに事情を説明した私は、相当焦っていたと思う。

落ち着いた初老のドクターは、
元上司の身体に現状なんの異変も起きていないことを確認した上で、該当するアレルギーの薬を処方してくれた。もう大丈夫ですよ、と薬を渡しながら聞かれた。

「どうして鯖にアレルギーがあるとわかっていたのに、食べたの?」
それは、、
「私が悪いんです!」と事情を追加説明しようとした私より先に、元上司

"I like it!"

ああ、この日本人独特の「気遣い」、つまり
「本当のこと(本音)を打ち明けて、その場の雰囲気を壊してしまうより黙って受け入れる行為」をこのアメリカ人ドクターにわかってもらえるわけがない、とため息をつく私。

わかったわかったとドクター。
(小学生じゃあるまいし、という苦笑い)

手厚くお礼の言葉を述べながら、
診察室を出ようとする間際、
ふと、思いついたように、元上司の背中に最後の質問をしてきた。

「日本には河豚という猛毒のある魚があると聞くけれど、まさか、それ、あなた食べませんよね?」

薬を手に入れた元上司、安心したのか、
診察室のドアで振り返りながら、再び
"I like it!"

その満面の笑みを見たドクター、
”Have a pleasant trip” と私達2人を見送った。
変な日本人、付き合いきれない、と彼の顔に描いてあった。

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