
朝井リョウ『何様』①人間の、他人には見せない一面について。
朝井リョウさんの『何者』の続編作品。『何者』は就活をテーマに、正解のなさや人間の醜さやが織り混ざった“何者かになろうする若者”の姿が愚直に描かれていた、とても面白い作品だった。
続編である今回の『何様』は、サイドストーリーとして『何者』に登場するレギュラーメンバーと、かなりサブとして登場して来た人物などを含めた、6人の登場人物視点からの話である。
※以下、朝井リョウさん『何様』また『何者』のネタバレあらすじ内容を含みます。
がっつり内容ネタバレなのでぜひ小説をお読みしてから、ご覧ください🙇🏼
夢は外へ発するものか?内側で守るものか?
第一章『水曜日の南階段はきれい』は、唯一の爽やか青春ストーリーといった印象だ。
バンドをしている主人公が卒業を控えた時期から卒業するまでの恋路とともに綴られた話。
人付き合いが上手い主人公光太郎は、“ピエロになれてしまう”人柄であることからも、校内でも皆んなが志望校や、組んでいるバンドのこと、光太郎の夢を知っている程、周囲から好かれている人気者だが、そんな自分とは対極である“外側は見せない”夕子さんの内なる熱意に惹かれていく。
俺は、夢がぎゅうぎゅうづめになっている教室の中で、とにかく一番大きな音を出さなければ、と、必死だった。自分には夢があると思いたかった。あの人ならミュージシャンになれるかもしれない、そう誰かに思ってもらうことによって、やわらかい覚悟のない夢を固めていきたかった。
夕子さんは違った。ぎゅうぎゅうづめの教室の中で、擦り減ってしまわないよう、摩擦してしまわないよう、外側からの力で形が変わってしまわないよう、両腕でしっかり自分の夢を守ってきた。
会おうと思えばいつでも会える距離に散らばることを嘆きあった友の姿がよく見える南階段から、夕子さんは光太郎の演奏する姿を眺めて力をもらっていた。
初めての通訳の仕事として、好きな人の作った歌詞を翻訳した夕子さんは、確実に夢を叶える一歩目を踏み出していたし、光太郎はこの後の大学生活を経て、夕子さんに会うために進路を決める。「意外と、人のこと見てるよね」と「周りから一歩引いてるのは、同じ気がする」全く正反対に見えるようで、お互いの心の内側を見つめ合えていた2人の青春は南階段の掃除時間がつなげてくれていた。
夢は、外側へ発してその姿が人へ影響を与える者もいれば、自分の内側だけに大切に宿し、守り抜く者もいるのだ。
どちらが良くてどちらが間違いということはない。
違いを尊敬し合える者どおしの繋がりは時間や距離を超えて、分かち合えるなにかやいつのまにか与え合った影響で今後を変えていくことがある。
「自分よりバカだと思う人としか、一緒にいられない。」人への評価と自分の立ち位置。
第二章『それでは二人組を作ってください』より、自分の立ち位置を守るため、人を見下してしまう醜さと、自分よりも賢い人とは一緒にいられなかった過去からのコンプレックスと、女特有の細やかなところへ気づいてしまう視点から、人を歪んだ見方で判断してしまうようになったという主人公理香の話。
『何者』の主人公が“付き合ったばかりなのに、紙皿や紙コップが出てこないのは、お互いにカッコつけたまま、表面ばかりの綺麗さを取り繕い付き合ったことが分かる”と観察していた通り、これから恋人になる、理香の宮本への想いがこちら。
伸びた髪の毛にパーマなんか当てて、通いにくいはずなのにあんなおしゃれなインテリアショップでバイトして、そこまで詳しくもない映画のコメンタリーについて語ったりして、だけど靴や服には一丁前にお金をかけていて、そのくせ車の運転が下手。 この人はバカだ。きっと、私よりも。
闇が深すぎる理香の人への評価と行動、それらは過去の「二人組を上手に作れなかった」経験から来ている。
“女の子と上手に二人組になれなかった。何かを察するように、女の子は私と二人組にはなりたがらなかった。いつでも私は、二人組ではない場所から、二人組をじょうずに組める子たちを見ていた”
大学で仲のいい友だちである朋美も、最高に色んな意味で女らしくていいキャラだ。表面で「面白いよね。おすすめ」と言っていた番組を“芸能人がモニタリングして好き勝手に話すコメント(評価)を聞けること”が正しい楽しみ方だという。
人が何かにイチャモンをつけるのを観て、それに共感できるのが面白いから。と言ったことが番組を好きな本当の理由だった。
「あのガラステーブルもウケるよね、下になんかシャレた雑貨とか飾ってて。収納スペース少しでも確保したいんだっつの、現実のアパートは。だよね?」
ただオシャレなインテリアに興味があって、今どきな若者がシェアハウスをする番組を好きだ、ということの裏にはこういう本音があった。理香はそれがわからず、(実際朋美にはバレていないが)朋美の褒めるこの番組に登場するインテリアを部屋に揃えていたのだった。
そして思う。「ああなんだ、私は朋美を表面の言葉だけで決めつけていたのかもしれないけれど、この人は私よりずっと賢いのだ」と。
そして“だから一緒にいられない。自分より賢い人とは。自分よりバカな人としか一緒にはいられない。”に繋がる。
“二人組をじょうずに作れない”ことがコンプレックスだという登場人物が揃った『いちばすきな花』というドラマが昨年あった。
二人組は、学生時代何かと作らさせる機会が多かった気がする。「いつもあまりになってしまう」ことや、「表面だけの付き合いしかできない」、「二人組を作った後に、やっぱり別の人がいい」と解消されてしまう人、容姿がいいばかりに「男子からは性的な対象にしか見られず、女子からは妬まれて友だちができない」タイプ、それぞれの“二人組へのトラウマ”が重なり、ひょんなことから仲良くなっていく変わった4人組の話だった。
個人的には二人組というか、一対一な繋がりが好きな私からすれば、あまり共感できないことだったのだが、そういったことに毎回ストレスや悩みを抱えている人がいるのだなと思った。
確かに、いつも一緒にいるくらいの人を見つけるとなると簡単ではないのかもしれないが、“いろんな距離感の人(二人組)がいてもいいよね!”と思えると、楽になる気がするのだが、そんな単純なことではないのだろうか?
逆算。私が本当の意味で生まれた日はいつ?
正直この話には驚いた。「え、そんなこと考えたことある人がいるんだ」といった感想を持った。
人のコンプレックスというものは、本当に計り知れない。
この話の主人公である女性は「自分が生まれた日ではなく、本当の意味で自分の存在ができた日」を気にしていた。過去の経験(元カレから言われた)から「自分は両親がクリスマスに勢いで舞い上がってセックスをしたことで仕込まれて生まれた人間だ」と思い込み、そこにコンプレックスを感じている、というもの。(実際は違ったのだが)
“朝井リョウ、よくこんな設定を思いつくな…(やっぱりこの人変態だな。)”と感嘆としてしまった。
人の誕生日を知った時、必ず勝手に「逆算」をして、“その人の存在が生まれた日”を計算してしまうという。
そして、そのコンプレックスからの癖と、自分のリアルな恋愛経験の少なさから、「いろんな人に自分は追い越されて来た」と感じている。
“高校球児。サッカー日本代表。箱根駅伝のランナー。オリンピックの金メダリスト。生涯の相手と出会ったときの友人。ごくせんのヤンクミ。サザエさん。そして、私を生んだときのお母さん。もう、全員、こんな私の後ろにいる。”
街中にあふれる恋人や夫婦を見ると、その人たちがそうなったきっかけを勝手に想像してしまう。子どもがいなければ交際歴を、子どもがいればその子どもの年齢を勝手に想像して、勝手に遡り、その先にある営みを、その営みをするきっかけとなる特別な何か、その人たちが乗り越えてきた人間として真っ当な何かを見つけようとしてしまう。
どれほどの壮大で真っ当な理由、きっかけをこの主人公は求めているのだろうと思った。
「全てのことが、そうなるに至ったまでの最初の点はどんなに素晴らしい決意だったのだろう?」という感覚だったのかもしれない。
“最初の心持ちが素晴らしければ、そこから始まることはとても美しい”という認識があってこそ、辛くなれてしまう。
その考えからすると、“最初の地点は素晴らしく美しいものではなくてはならない”からだ。
これを受けての、会社の先輩である沢渡さんの言葉がとても的をついている。
「子どものころ、車って、人も殺せちゃうわけだし、大人しか合格できない特別な試験とか通らないと運転しちゃダメって思ってなかった?
だけど、教習所着いたらいきなり運転するんだよ。俺、あの衝撃がけっこう忘れられなくて」
きっかけとか覚悟とかって、多分、あとからついてくるんだよ。
後から振り返ったら、あれがきっかけだったんだろうな、って、それくらいでいいんだよ。
“なにかやらなきゃいけないときに、その瞬間に覚悟できるやつなんて、そんなにいないって。皆、後から、あのときはああだった、こうだったって、きっかけや覚悟を後付けしてるだけなんだと思うよ。”
特別なきっかけなんてそうそうないけど、だけど、生きていけるし、それでいいんだよ。
沢渡先輩は、『何者』でも、永遠と他人を観察することばかりに必死だった主人公へ「想像力がないのはお前の方だよ。」と指摘しただけあって、言葉が的確だなと感じる。
そんな沢渡先輩こそが、両親がクリスマスに勢いでやっちゃって生まれた子であったというオチが、この上なく笑ってしまったのだが。
続く4.5.6章についてはまた改めて綴りたい。
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