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【H】MMTかPMTか、それが問題だ—『21世紀の貨幣論』を読む(前)

フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』が面白かった。

原題は、Money : The Unauthorised Biographyであり、『貨幣―本人非公認の伝記』といった感じだろうか。このタイトルには、著者の通説的な貨幣観に対する批判が込められている。

貨幣「本人」は認めないかもしれないが、この通説的な貨幣観が支配的となる以前には、一千年近くにも及ぶ「国家・銀行・自然」の三つの貨幣観相互の抗争と和解の歴史があったのだが、最後の自然的貨幣観(=商品貨幣論)が勝利して通説となったあとに、その歴史がなかったことにされてしまったというわけである。

しかるに、邦題の「21世紀の貨幣論」がうまく言い表しているように、このような本が現れたことも含め、21世紀はこの隠された抗争と和解の歴史が、再び未来の現実を決定する問題としてアクチュアルなものとなってくる時代でもあるのだろう。

今シリーズでは、私が本書を面白く思った背景にある私なりの関心を説明した上で、そこから見えた本書のエッセンスを紹介したい。

前編となる今回の記事では、第1節として、この私の関心について述べることとする。中編で本書のエッセンスを紹介し、後編では本書から私が学んだことについて述べる。

1、MMTかPMTか、それが問題だ

いくつかの記事で述べてきた通り、私はMMT(Modern Money Theory:現代貨幣理論)派の貨幣論をさしあたり受け入れている。

MMT派貨幣論の功績は、本書でも通説として位置付けられる自然的貨幣観、すなわち、商品の一つであるゴールドやシルバーなどの自然物をこそ根源的な貨幣とみなす「商品貨幣論」を排除したことに求められるだろう。それは主流派経済学の貨幣観でもあるが、金本位制が終わったいま、完全に時代遅れの代物である。

さて、MMT派貨幣論は、この商品貨幣論を打ち倒した後に二つの別々の貨幣論を並立させていると思う。それが国家の決定を貨幣の根源とみなし、「国家が貨幣と決めたものが貨幣だ」という「主権貨幣論」と、「貨幣とは本来は譲渡可能になった借用書」であるというところから出発し、現代では「銀行から誰かが借金をするときに、借金と同額でお金が生まれる」とする「信用貨幣論」である。

この二つはお互いに必然的に連関するものではないと思う。そのことはMMTという名前とのアナロジーで、私が勝手に(?)Public Money TheoryないしPositive Money Theory、略してPMT(公共貨幣理論・肯定貨幣理論)と呼んでいる立場から明らかになる。

PMTもMMT同様に「商品貨幣論」を棄却するが、その後に現れてくる「主権貨幣論」と「信用貨幣論」を並立させない。PMTは前者の「主権貨幣論」を明確に優位に置き、国家が「借金という一種Negativeなものを通じて生まれるのではないという意味でPositiveな貨幣」「民間、つまりPrivateな銀行によって発行され、利子を通じてPrivateな銀行を富ませることになる貨幣ではない、公共の貨幣、つまりPublicな貨幣」を発行せよと主張する。なかには、この優位を全面化させ、信用創造と呼ばれる民間銀行による通貨発行を廃止するべきと主張する人もいる。

このPMTの視点からみると、MMTは逆に「主権貨幣論」よりも「信用貨幣論」を優位に置いているようにも見える。国家の通貨発行権を言いつつも、PMTのように「政府通貨」の発行を積極的に主張するわけではなく、政府の通貨発行が「国債」という借金のような形態をとることを否定していないように思えるからだ。

私は「商品貨幣論」とそれを前提にする主流派経済学はもはや完全に時代遅れになっており、今後、政治経済学的に有意味は課題は、PMTかMMTか、いいかえれば「主権貨幣論」か「信用貨幣論」か、もっと正確にいえば、そこにどのようなバランスを見いだし、どのような制度構造を理想とするかにあると思っている。

そこで、そもそもなぜ貨幣をめぐる様々な立場の配置がこのように複雑な事態になっているかの背景を含め、この問題について考えるヒントが欲しいと思っていたのだが、マーティン氏の『21世紀の貨幣論』は、まさにこの背景にある(抗争と和解の)歴史を追跡してくれている本だったのである。

すなわち、本書は、商品貨幣論の勝利以前に、「主権貨幣論」につがなる国家と、「信用貨幣論」につながる銀行とが、貨幣をめぐって抗争と和解を繰り広げたことを雄弁に語ってくれているのだ。

この観点から、明日は中編「国家・銀行・自然、マネーを巡る千年戦争—『21世紀の貨幣論』を読む」で、私にとって本書の内容のエッセンスだと思われたものを紹介することとしたい。

続きはこちらです。

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